第17話 ヨウコソ平和ナ未来ヘ!
「これから向かうのは、第三地区の地下にある巨大な町、通称ハチヨンだ。」
私達はダブルさんに連れられてエレベーターの中へ。ダブルさんは行先ボタンを押す代わりに、自分の腕をエレベーターに接続して何やら操作。すると、エレベーターはひとりでに動き出したが、階が出る文字盤は真っ暗。
「コウメイは俺の知り合い。そんでもって、この地区のもう一人の地区長でもある。」
ダブルさんが説明するが、タビが首を傾げた。
「タビ、こーめーって人知らない。」
「まあ、あまり表に出れないのさ。訳アリでな。知ってるのも俺と局長くらいだ。」
「表に出れないって、危ない人なんじゃ……。」
「はっは!まあ危ないと言えばそうだと言えるな!」
「にゃっ!?」
「そうそう。皆はこれを着てもらわなきゃな。」
ダブルさんがエレベータの壁を叩くと、壁がパカッと開いた。中に入ってたのは腕や脚にロボットっぽい部品やボタンが付いたスーツ。フルフェイスのヘルメットも付いている。
「さっきも言ったが、地下は危険すぎる。地下に行くときは必ずこれを着るんだ。俺も含めてな。」
そう言って、ダブルさんは自分の装甲とスーツの装甲を付け替え始めた。私達もスーツに袖を通す。結構重い。
『じゃあ、次の確認だ。』
「わっ!?耳元でダブルさんの声が。」
『通信機だ。ハチヨンに着いたら、通信機で会話するようにしてくれ。右手のボタンだ。』
通信機の動作確認をしているうちに、エレベーターが到着した。ドアが開くと、そこはトンネルの中だった。低い天井に、じめっとした空気。所々に緑の小さなライトがついているだけで辺りがかなり暗い。足元には水たまりの様に黒い油の池がいくつも出来ている。
『ここ、本当に第三地区なんですか?』
思わず私はダブルさんに尋ねた。地上と違い人気は無く、私達の歩く足音だけが響く。
『間違いなく第三地区だぜ。ただ、上とは由来になってるシロイトが違うってだけだ。』
ダブルさんに付いていくと、トンネルの先に真っ黒な壁が現れた。びっしりコードやパイプが張り巡らされていて、どうやら壁の向こう側にまでそれが続いているらしい。壁の奥にはビル街があり、その中にひときわ高い塔があった。これにもやはりコードやパイプが巻き付いている。
『あれがハチヨンの中心、第84番区だ。で、あの塔が政治の中心であるAI、BBだ。』
AI!?あんなに大きいの!?
『塔の中は元々、市役所みたいなものだったんだが、今はBBを構成するコンピュータで埋め尽くされてる。』
『野球場のナイターの明かりみたいだ。』
先輩の言う通り、BBだけはスタジアムの明かりみたいな、真っ白で強烈な光を放つライトがいくつも付いている。周りのビルは明かりがなく真っ暗なので、そこに浮かび上がる塔は神々しくすらある。
『おっと、待ってくれボウズ。』
ダブルさんが先に進もうとした先輩を手で制した。
『来る時間がまずかったか。』
赤い一つ目のマネキンみたいなロボットが、別のロボットたちを引っ立てながら壁の前にやって来た。引っ立てられた五体のロボットは所々装甲が取れて、基盤がむき出しになっている。その後ろから、別のマネキンロボ達が今度は車輪の付いた大きな鉄のベッドのようなものを持って来た。
「嫌だ、俺は無実だ!」
縛りつけられたロボットの一人が絶叫し抵抗する。しかし、マネキンロボは黙々と彼らをベッドに縛り付け、垂直に立てた。
「罪人たちよ。今こそ世界の糧へと生まれ変われ。」
「BBに栄光あれ!」
『希美!見ちゃ駄目だ!』
バリスタさんが私の眼をヘルメット越しに覆う。しかし、マネキンたちの高らかな宣言と駆動音、そして先ほどよりも大きな絶叫はスーツ越しでもはっきり聞こえた。
「……うっ!」
『希美!』
耐えられず、私はしゃがみ込む。やがて駆動音が止み、歓声らしきものが聞こえた後、当たりが静まり返った。おそるおそる振り返ると、残っていたのはねじ切れたロボットの腕や首。
『すまねえ希美ちゃん。辛いもん見せちまった。』
『今の、は』
『公開処刑だ。BBに楯突いたやつをああして殺し、体の部品や金属だけ取り出して再利用するのさ。』
「おえっ。」
今度は先輩がしゃがみこんだ。
『ハチヨンはBBが絶対権力者として治める監視国家。BBの為に生き、死ぬ事を求められる超格差社会。勿論、逆らえば死刑だ。』
『通信機を使うのも、BBの監視を逃れる為か。』
『ご名答だ、バリスタさん。ついでに言えば、監視カメラ対策でもある。そのスーツは、ハチヨンでよく見られる機体のデザインなのさ。』
そういえば、地上で見るロボットよりちょっと古いデザインだった。所々壊れたような作りになってたし。
『下手に新しいと目立つんでな。それに、BBは密告を推奨してる。誰かを貶めてBBに気に入られ、楽な暮らしをしたいってやつがわんさといるんでな。ピカピカのボディだとそういう奴らのひがみ、反感を買う。』
『自分の為に、誰かを差し出すんすか。終わってるよ、この国。』
同感。ディストピアだ、と私は思った。SF小説で読む分にはいいけど、実際に目にすると気分が沈んで来る。
『そうだな。だが反抗すればさっきの憲兵だ。あのコンテナに収納されてる。一つにつき50体、かな。』
ダブルさんが指さした先には、いくつものコンテナ。壁に寄り添うように置かれている。兵隊の数を考えるとぞっとした。
『BBの話はこのくらいにしよう。次は町の構造についてだ。』
ダブルさんが歩きながら説明する。
『ハチヨンは中心にある第84番区と、その周りに円形に広がる83の区から成り立ってる。それぞれの区はトンネルで繋がってるが、第84番区とそれ以外はさっきの壁で隔てられている。壁の中はBBに忠誠を誓い、優雅な生活を送る一握りの貴族たち。』
『町、真っ暗だけど優雅なの?』
タビが言うとダブルさんが首をひねった。
『そこは俺も疑問だがな。ま、でも壁の外よりましだ。外にいるのは労働力として壊れるまでコキ使われるか、電力不足になるかの二択しかないロボットたちだ。』
『電力不足?』
いまいちピンと来ない私達に、ダブルさんは沈んだ声で説明する。
『人間でいう餓死だな。ハチヨンにある発電所はどれもBBが押さえてて、壁の外にはほとんど供給しない。ハチヨンの郊外に行くほど供給が細るから、毎日取り合いになる。……ロボットが他のロボットを破壊して、バッテリーを取り出し自分に充填するんだ。』
話しながら進むうち、私達はまたトンネルの前に来ていた。最初にエレベーターから降りてきたトンネルよりも作りが堅牢で綺麗な感じ。中の壁は白色で、小さな機械がいっぱいついている。そしてライトも白。あの黒い壁から伸びてきた無数のパイプとコードが、天井を這っている。
『このコードが、電気の供給用。パイプは、ハチヨン中からシロイトを搾取して壁の向こうに送るものだ。』
『ひどい。自分達が生きてればそれでいいって事?』
『優れた奴だけが生き残ればいい。それがBBの考え方だ。そして、自分こそが最も優れたロボットだと考えてるのさ。実際、大したもんだぜ、現れて数年でこの絶対政権を敷いたんだからな……。』
口ではそういうダブルさんだが、声には怒りがにじんでいるのが分かった。
トンネルは途中何度も分かれ道があり、ダブルさんを見失えば即迷子になるところだった。やっと抜けたと思ったら、辺りは真っ暗。BBの光はもう届かず、町の電光掲示板や街灯もついていない。スーツに赤外線カメラが付いてなかったら歩くこともままならない。
「第25番区だ。ここまでくると、監視も無い。通信機をオフにしていいぜ。」
周囲には似たような形の鉄骨コンクリートの建物が並んでいるが、どれも見るからに古く、半壊している建物も多い。建物の外には、壁にもたれかかるように座るロボットたちがいる。でも、誰も動かないし、こちらを見ても、黙ったままで何もしてこない。さらに、汚れてたりさび付いているロボットばかりのような気がする。
「生きる気力を感じない、廃人のようだ。監視するまでもないね。」
「そうっすね。それに、どこか壊れてるロボットが多い気がする。故障しても、直せる施設がないのかな。」
先輩とバリスタさんが交互に言った。
唯一形を保っている建物は、壁の外にあったものと同じ憲兵コンテナだった。ダブルさんがその一つに近づいた。私は悲鳴を上げそうになった。
「だ、ダブルさん危ないよ!」
「大丈夫だ。こいつはダミーで、中身は空っぽなんだよ。」
ダブルさんはそう言って、コンテナをぱかっと開ける。確かに、中は空っぽ。
「中に入ってくれ。一人ずつな。」
おそるおそる言う通りにすると、コンテナの底が丸くくりぬかれ、丁度同じ大きさのマンホールのふたがはまっていた。開けると、はしごが下へ続いている。降りていくと、そこは下水道のようだったが、肝心の水が一滴も流れていない。使っていないのだろうか。
「下水道としてはそうだな。道としてはよく使うけど―お、来た!」
前方から、小学生ぐらいの男の子が近づいて来た。汚れたTシャツにあちこち破れたジーパン。その服装とは不釣り合いなほどに整えられた短い茶髪と、人形のような顔立ち。眼はグリーンだ。
「ようコウメイ!久しぶりだな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます