第15話 回想・悔恨

 ……?何だろう、体がすごく重い。自分が寝てるのか、起きてるのかいまいちよく分からない。多分、目は閉じている……気がする。周り、真っ暗だし。

「……けない。」

 ん?何か聞こえた。

「だめ。…………売った絵。」

 とぎれとぎれに声が聞こえる。絵、って言ってる?まさか、

「ほのか?!」

「あだ!」

 私は叫ぶと同時に飛び起き、その勢いで何かに頭突きしてしまった。

「あたた……って、千草先輩!?」

「だ、だいじょう、ぶ?」

「先輩の方こそ大丈夫ですか!?」

 先輩は私の頭突きでおでこが真っ赤になっただけでなく、顔に真新しい沢山のひっかき傷を作っていた。これは、私じゃないよね?

「あーっ!希美起きた!」

 タビとバリスタさんが駆け寄ってくる。私は真っ白な部屋のベッドで寝かされていた。

「えっと、ここって。」

「ジャスティスタワーの医務室だ。」

 バリスタさんが答える。確か、防衛軍の拠点って言ってたタワーだよね。あれ、でも私、なんでここに来たんだっけ。

「朝倉さん、ホントごめん!」

「へぇえっ!?」

 突然千草先輩が土下座したので、私はびっくりして声が裏返った。

「俺のせいで、ほのかだけじゃなくて朝倉さんまで危険な目に遭わせてしまって。」

「ほのか……。」

 思い出した。局長の言葉、脳内で反響する声。

「!大丈夫だ、希美。深呼吸。」

 また手が震え、息が荒くなる私を見て、バリスタさんが背中をさすってくれる。

「希美っ!バリスタさんのコーヒーだよ。飲める?」

 タビが慣れない手つきでコーヒーを私の手元まで持ってくる。私はコーヒーの湯気に顔を近づけ、ゆっくりと香りを吸い込んだ。それだけでも、少し落ち着いて来る。

「ごめん。ありがとう二人とも。」

「良かった~。」

 タビはほっとしたように言うと、ベッドの上に飛び乗り、私の手にぐりぐりと頭を押し付けてきた。甘える時はいつもこうだ。でもきっと、私を慰めようとしてくれているのだろう。実際、手の震えも止まって来た。

「あの、私パニックになったんだよね。ぼんやりしか覚えてないけど、すごい苦しくなって、それで……。」

「……話しても良さそうだね。」

 バリスタさんが言った。

「ほのかさんがギョクに迷い込んだこと、そして、この世界に取り込まれたかもしれないと聞いた希美は、クビナシになりかけたんだ。」

「クビナシって、クロワタまみれになった人だったっけ。」

「そう。で、カクに戻っても抜け殻みたいになっちゃう人の事。」

 タビが補足してくれた。私が、それになりかけた?

「希美、すっごい泣いて叫んでた。ずーっとごめんなさいってばっかり言って……。で、クロワタが希美からも生まれたし、周りからもいっぱい集まって来たの。バリスタさんもケガしちゃって」

「えっ!」

 そう言えば、さっきと服装が違う。

「服が溶けて、腕と背中が火傷みたいになっちゃったの。」

 パニックを起こして倒れそうになった私を支えていたから、クロワタを避けきれなかったのだ。

「ごめんなさい!」

「大丈夫、もう包帯も巻いてもらったからね。それに、晃平君が動いてくれたおかげで、すぐクロワタは止まった。」

「先輩が?」

「手段は最悪だったけどねー!」

 タビが不服そうに言った。

「希美を思いっきり殴って気絶させたんだもん!許さん!」

「わたしが止めるまで、タビさんずっと晃平君を引っかき続けてたからね……。」

「ほんとに申し訳ない!それしか思いつかなかったんだ。」

 先輩は再び額を床に付けて土下座した。

「朝倉さんのクロワタを触った時、色んな感情がぐちゃぐちゃに流れ込んできた。でも、確かなのは、自分をすごく責める声がしてた事で。」

「……。」

「このまま自分を責めて、そのまま『自分がいなくなればいい』って考えてしまったら、クビナシから戻れなくなる。ひとまず考える事を止めさせないとって思って。手段があれだったのは、本当に申し訳なかった。」

「いえ、あの。助けて頂いてありがとうございます。」

 私は頭を下げた。

「いや。もう一個俺は謝らないといけないんだ。」

 先輩は、唇をかんだ。「ほのかがいなくなったの、俺のせいなんだ。」

「えっ。でも、それは」

「朝倉さんは、ほのかに絵の事をはっきり言わなかったせいだって思ってるんだよね。あっ、えっと、勝手に覗いたみたいで悪いんだけど」

「大丈夫です。あの、クロワタを見たんですよね。」

「うん……。」

 きまりが悪そうにうつむく先輩。

「……私、中学の時美術部だったんです。親友と一緒に入って。」

 私はまた震えそうになる手を握りしめて話し始めた。

「その親友は、私の絵が好きだって言ってくれたんです。でも、その子は絵がすごい上手で、私はひがんで素直にその子の言葉を受け取れなくて。そうしたら、大喧嘩になって……。」

 当時、私は相手と自分の間には大きな実力差を感じていた。だから相手が褒めてくれても、相手が私に気を使ったんだと思い、怒ってひどい言葉を投げつけてしまった。その後は、怒りに任せたひどい言葉の応酬。仲直りも出来ないままその子は転校し、会えずじまいになった。それ以来、私は絵に限らず誰かの作品を批評する事が出来なくなってしまった。

「考えてみれば、私は同じことをほのかにしてしまったんです。一番傷つくって、自分でもよく分かってるのに……。」

「そっかー。だから希美は『言いたい事絶対言わないマン』だったんだねー。」

「タビ……その変なあだ名はちょっと。」

「そうか。でも、あの状況で怒ったのはほのかが悪いと俺は思うよ。」

「でも」

「それに、ほのかがあの時怒ったのは、タイミングもある。」

「タイミング?」

「実は、朝倉さんの絵を描く前から、ほのかはスランプ気味だったんだ。あいつ、4月ごろから作品を描いては捨ててを繰り返してて。『賞を取りに行ってる絵しかかけない。これは審査員に媚びてる』って言うんだ。俺が見ただけで、キャンバスを十枚は破ってた。」

「随分破っているね……。」

 バリスタさんがそう言いながら先輩にもコーヒーを淹れた。

「でも、そうは言いつつ『どうやったら自分の素の絵が描けるのか。』って悩んでた。じゃあいっそ、誰かに頼まれて絵を描くって体験が息抜きになんないかと思って。」

「それで、文芸部の挿絵を。」

「そう。表向きは、部員減に苦しむ美術部の宣伝の為って言って。」

「タビ知ってる。こーいうの、職権乱用って言うんだ。」

 確かにそうだよなあ、と頭を掻きながら先輩は言った。

「相手が朝倉さんなら楽しく描けると思って。いつもと違ってモノクロっていう縛りもあるし。新鮮かなと。」

 実際、ラフの時はかなり楽しそうに描いてたそうだ。ところが、下書きで苦戦し始め、また絵を描いては捨てるを繰り返すようになってしまった。

「これ、最初のころの下書き。」

「え、持って来れるんですか?」

「枕元に置いとけば出来るよ。」

 先輩が見せてくれた絵を、私、バリスタさん、タビが覗き込む。

「わー。ペンで塗りつぶされちゃってるよ?」

「でも、こっちの方がラフに近いし私のイメージ通りかも。」

「シロイトが出ているね。」

 バリスタさんが絵から伸びたシロイトを引っ張った。

「……楽しそうだが、苦悩の方がはるかに多い。希美、見てみる?」

 私は頷き、シロイトを握ってみた。描いている時のほのかの視点が映像として流れ込んで来る。最初は気合十分という感じで鉛筆を走らせていたが、だんだんとしんどいという気持ちの方が強くなってきた。

「何度描いても、納得いかない。拙いって感じちゃってた。」

 確かに、絵の上手さで言えば破った方に軍配が上がる。こっちは竜がトカゲに見えるし、ロボットもただの人形に見える。とうとう怒りが爆発し、絵をサインペンでぐりぐりと塗りつぶした。こんなに苦労してたんだ。教室で会った時は、「楽しくやってるよ!」って言ってくれてたのに。

「これを捨てた後描いたのが、あの破った絵。描いてるアイツに、俺はっきり言っちゃったんだ。竜もロボも背景も誰かの真似って感じ。自分の絵風にした下手な模写って。」

「さ、さすがに言い過ぎです!」

「いつもそんな感じだよ。むしろ言わないと、ほのかは怒る。」

 ごまかす事をほのかが嫌がるのは身に染みて分かったけど。でも辛辣すぎる。

「それに、俺が言った分だけ、あいつも俺の作品をボロッッカスに言う。普段はな。」

 普段はな、と言った時の先輩の顔は虚ろだった。

「でもあの時は違った。『のぞみんの小説に載せるんだから、別に自分の画風じゃなくてもいい。小説に合ってれば。』って言うんだ。それ聞いたとき、俺かっとなって。俺だったらこんな下手な絵は載せて欲しくない。誰が描いたか分からないような絵ならほのかに頼まない。そう言ったんだ。」

 だが当然、ほのかはキレた。これは先輩のために描くわけじゃ無い、口出すなと怒鳴ったらしい。ついには二人で激しい口論になり、見かねた副部長が仲介に入って両成敗で終わったそうだ。それが、私の所に下書きを持ってくる日の一週間前の事。そういえば文芸部にほのかが入り浸るようになったのもその頃からだ。私が見る限り、二人は顔を合わせれば普通にしゃべっていたように見えたけど、ずっとわだかまりがあったのか。

「で、破った日の保健室でアイツ言ったんだ。『こー兄はいいよね。ロボとか金属とか上手だもんね。』って。」

「ほのかが!?」

 信じられない。ほのかが誰かをひがむような事を言うなんて。

「その時やっと、ほのかが追い詰められてるって気づいたんだ。もう遅かったけど。」

 千草先輩がまた大きく息を吐いた。

「……だから、責任を取る。ほのかを絶対連れ戻す。そう思って、ずっとギョクで探し回った。でも、今日はコテツに任務を解かれちゃって」

「それで、独りでこのエリアに入ったのだね。橋渡し猫もつけずに、一人で。」

「危ねーのは分かってたけど、ほのかはもっと危険な状態だろうから。」

 そのとき、ドアをノックする音がした。

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