第14話 見つけたもの・見つからないもの
「クナー!」
男性の声がした。ガシャガシャという金属が擦れる様な音と一緒にロボットが数体、こちらに走って来る。先頭を走っているのは、白い四角張ったボディに、緑色に光る眼をしたロボット。クナさんが人間寄りの姿をしたアンドロイドなら、こちらは戦隊ヒーローに出て来る、車やジェット機に変形するタイプのロボットって感じ。
「W-74隊長!」
クナさんがその白いロボットに気づいて、気を付けの姿勢になる。
「すまん遅くなった!怪人は―」
「ダブルさん、もうタビ達とクナちゃんが倒したよ!」
「おおっそうか!ありがとよ!ん?そっちのお嬢さんは初めましてだよな?」
ダブルさんは私の方に向きなおると、ヒーローそのものの口調とテンションで自己紹介した。
「オレはW-74!この第三地区の地区長であり、防衛軍隊長として日々怪人や怪獣から町を守ってるもんだ、よろしく!」
後ろにいた隊員たちも自己紹介をしてくれた。すごい、ヒーローショー見てる気分。
「救護班、クナを見てやってくれ。俺は生存者と敵勢反応を確認する。ワイドスキャーン!」
おお、これが噂のダブルさんの得意技か。ダブルさんの眼から出たグリーンの光線が工場内をさっと走る。
「んっ!?誰かいるぞ!人だ!」
「はっ!しまった、私としたことが!」
「オレが様子を見に行くから安心しろ!」
立ち上がろうとするクナさんを制止し、工場の奥へと走っていく。ほどなくして、10歳ぐらいの男の子を抱えて戻ってきた。それを見て私は思わず叫んだ。
「は、ハヲリだー!」
「この方、住宅街の方で怪人に襲われていたのです。しかし彼を庇いつつ戦うのは困難なのです。だから、ひとまずここに隠したのです。」
クナさんが説明する。
「ですが、怪人はここをかぎつけてしまったのです。」
それでクナさんは怪人の注意を工場から逸らすために大声で叫んで攻撃を仕掛けたのか。
「希美、シロイトの結び目見える?」
「うん、今ほどくよ。」
私は男の子の背中にあった結び目を思いっきり引っ張った。シロイトがちぎれる音がして、男の子からはらはらとシロイトの束が落ちる。その中から出てきた人を見て、私はまた叫んだ。
「ち、千草先輩!?」
「おいおい!何だってボウズがハヲリになってんだ!?」
ダブルさんが叫んだ。ダブルさんだけでなく、防衛軍のロボットたちも、タビもバリスタさんも目を丸くしている。
「こーへー!起きてこーへー!」
「タビ、千草先輩知ってるの?」
「え?希美も知り合いなの?この子も紡で、コテツ局長の飼い主だよ。」
「ええええええええええええ!?」
「あ、起きた。」
千草先輩は小さなうめき声と共にうっすらと目を開けた。ぼんやりした様子でしばらく私達の顔を見ていたが、急にはっとした顔になって起き上がった。
「やべえ、俺、えっと」
「ボウズ、おはようさん!」
「うぐぉっ。」
ダブルさんがポンっと千草先輩の肩を叩いたので、先輩がつんのめる。多分、ダブルさんは加減しているんだろうけど、やっぱりロボットだからそれなりに力強いんだろうな。
「何でここにいんだ?確か、コテツの旦那は今日お前さんを任務から外してなかったっけか。」
「それは……。」
「ははあ、旦那に言えねえことなんだな。でもバレてると思うぜ。」
どもってしまった先輩を見て、ダブルさんはあごに手を当てながらいたずらっぽく言う。ロボットなので表情は全くないのだが、多分笑っているんだろう。不意に、私のスマホとダブルさんの腕から同時に通知音がした。
「そぅら来た!」
ダブルさんが自分の右腕を軽くたたくと、空中に画面が現れた。局長が映っている。
「うっす旦那!お仕事お疲れさん。」
『W-74、いつもありがとう。ところで、そこにボウズいる?イルヨネ?』
「聞くふりして出せって言ってるよな、旦那。そりゃ脅しだぜ?」
諦めたらしい先輩が、ダブルさんの出した画面の前に進み出る。すると、
『たわけがぁ!!!!!』
局長の怒鳴り声に、私もタビも耳がキーンとなる。画面の局長は毛を逆立て、裂けんばかりに開いた口は炎のように真っ赤だった。というか、炎だった。さすが妖怪。
「クロワタを抱え込んだお前に、任務は無理だと伝えたはずだ!なぜギョクにとどまった。それも第三地区だと?通行手形があるとはいえ、今のお前は呑まれかねん状態なんだぞ!」
「いくらコテツに言われても、今回は無理だ。じっとしてられない!ほのかが居なくなってギョクでは4日経ってる。なのに、足取りがほぼ追えてねーじゃんか!」
手と足から熱がすっと消えるのが分かる。血の気が引く、とはこういう事を言うんだと思った。
「ほのか……行方不明なんですか?」
「えっ?」
千草先輩が私を振り返って目を丸くした。どうやら、今やっと私の存在を認識したらしい。
「なんで、朝倉さんが?迷い込んだの?」
『そうか、ボウズと同じ高校だったね。希美さんはタビの飼い主で、最近紡になった。』
千草先輩は口をあんぐり開けたまま、しばらく声を出せずにいた。が、その後しまった、という顔になってうつむいた。
「ほのかというのは、希美が喧嘩したと言っていた子だね?同級生の。」
バリスタさんの問いに、私は頷いた。
『……この際、希美さんにもお話ししよう。竹内ほのかさんはギョクに迷い込んでいると分かった。カクで言う3日前の夕方から。』
つまり、私と言い合いになった日の帰りからという事だ。でも、体調不良のはずじゃ?
『ギョクの話は信じてもらえないからネ。ボウズは希美ちゃんがギョクを知ってるとは思わなかったからそう嘘をついたんだ。どうか責めないで欲しい。』
「ほのかは無事なんですか?!」
「絶対、なんかあったに決まってる。」
千草先輩は呻くように言った。
「おかしいんだ。ハヲリになるまでにも、それなりに時間がかかるから目撃証言だって得られるし、観測局もシロイトから追跡が出来るはず。」
ハヲリになる前はギョクの人でも見わけが付くんだから、シロイトまみれになっているカクの人はかなり目立つはずだ。ハヲリだって、シロイトを落とすからそれを辿る方法もある。
「なのに、足取りがまるで追えてない。分かるのは、第三地区に迷い込んだって事だけだ。」
『だからと言って、ボウズが焦ったところで何になる。』
「ギョクは今シロイトが減ってるんだろ!?それを補うためにカクから人間をとりこみやすくなってる可能性があるってコテツ言ってたじゃないか!ほのかがもしそれに巻き込まれてたら、カクに二度と戻れなくなるだろ!」
ほのかが、戻れなくなる?
「ちょ、ちょっと待ってー!」
タビが二人の間に割って入る。
「局長!シロイトが減るとカクからの迷子が増えるってホントなの!?」
『統計上は、そうだネ。』
局長は淡々と答えた。
『感情が元になる物質である以上、シロイトはカクの情勢に左右されやすい。カク全体が閉塞感に包まれている最近は、こちらに流れ込むシロイトの量が減っている。』
第二、第三地区だけじゃなくて、ギョク全体の問題だったのか。
『そして、最近は迷子の数も増えてきた。この事から、ギョクはシロイトが減ると自分を保持するために、シロイトを生み、また内包している人間を取り込もうとするのではないかと考える者もいる。』
「取り込む、ということは」バリスタさんが息を呑んだ。
「中に入った人間そのものを、シロイトとして吸収するという事ですか。」
『確証は無い。でも事実なら、その人は消えてしまう。可能性がある以上、無視できない。』
局長さんの言葉に、私の心臓が激しく脈打ち始めた。私があの時、もっとほのかと話さなかったから、ほのかはここに迷い込んだんだ。そして、二度と帰れなくなるかもしれない。それどころか、ほのかという人間自体が、いなくなっちゃうかもしれない。
「―ぅッ!」
不安、恐怖、罪悪感。洪水のように押し寄せたそれらは、私の心と脳を決壊させた。過呼吸になり、全身の震えが止まらない。自分の鼓動で胸が痛い。涙が止まらず、視界が霞む。
どうしよう。私、取り返しのつかない事をしてしまった。
自分のせいで、ほのかはもう二度と帰らないかもしれない。もしかすると、もう既に消滅しているかもしれない。そう考えると、ますます頭の中の洪水は勢いを増した。
もし正直に言って、ほのかが傷ついたら嫌われちゃうもの。―■■には怒ったくせに。
「っあああああああああ!」
「希美?希美!」
「希美ー!だめーーーっ!」
皆の声が遠くでする。でも、私の脳内はクロワタを触った時の様に、あの時の光景と自分を罵倒する私自身の声で埋め尽くされてゆく。
嫌われたくない?傷つけたくない?
よく言うよ。お前は■■を傷つけたじゃないか。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
醜い!きったない人間だ!
■■がいなくなったのは、お前のせいだ!
そうだ。私なんか、いなくならないと―
バチン!という稲妻が脳内で走った。同時に、私の意識は真っ暗な中へ落ちて行った。
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