第13話 助けろヒーロー!
「あ!見つかった。」
辛抱強く探した結果、私は街路樹に引っかかったシロイトを見つけた。第二地区で迷子を捜した時より小さいし数も少ないが、何とか辿っていく。
「でも、もしビル街の方にいたら危ないよね?」
「いや、かえって安全かもしれない。怪獣との戦いが日常だからね、人命救助にも慣れている。」
「タビたちが駆け付ける前に迷子を送り届けてくれることも多いもん。何だっけ、ワイドスキャーン!ってダブルさんよく叫んでる。」
「広いエリアを瞬時に分析して、救助する対象を見つけ出す得意技だね。」
「ヒーローっぽい。」
私達みたいにシロイトをちまちま追うより早そうなのは分かる。もっとも、ハヲリかどうかは分からないから、紡に確認してもらわなきゃいけないようだ。
「あ、もう一個見つけた。」
シロイトを辿って行くと、徐々に建物の数が減って来て、しかも古びてきた。錆が見えたり、ひびが入っていたり。中には屋根が溶けている建物もあった。怪獣に襲撃されて、そのままなのだろうか、明らかに傷んだ建物が放置されている。誰かが居そうな気配もない。
「本当に、こっちに迷子なんて」
ズガーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
耳をつんざく轟音に、私はうずくまり、タビはびっくりして飛び上がった。怪獣が何かを壊したのだろうか。
「でも、音はあっちからだよ!」
タビが示したのは、ビル街とは反対側。ここから見ても、街並みが廃れているのが分かるし、ますます人の気配が無くなりそうだ。
「希美、わたしが先に行くよ。」
バリスタさんが前に出た。
「先ほど言いかけたが、この町に出るのは怪獣だけじゃない。怪人も出るんだ。」
「怪人?」
壁づたいに歩いて、というバリスタさんの指示に従い、慎重に進んだ。音の頻度が上がり、段々近づいてくる。ひときわ古びた、コンクリートの高い壁。しかし、所々崩れていて、道端にはその瓦礫が転がっていた。壁にぴったりと体をくっつけ、向こう側を覗く。
「……やはりそうか。」
バリスタさんが呟いた。壁の向こうにあったのは、屑鉄が沢山集められた工場らしき建物。
そこに、全身が岩で覆われた、体長2メートルほどの怪人がいた。体が所々ひび割れていて、そこからくすんだ黄色い液体が漏れ出ている。顔と思しき場所からシューッという音を立てたと思うと、全身から黄色い液体がほとばしった。
「!!」
声を出さないようにするのが精一杯。液がかかった壁はどろどろと溶けた。壁が厚かったおかげで穴は開かずに済んだけど、次は貫通して私達にも降りかかるだろう。
「この町は、怪人の脅威にもさらされているのだよ。だが妙だね。誰もいない場所を、怪人はわざわざ壊したりはしないのだが。」
「あいつら、襲うために現れるもんね。無人の場所だと大人しーよ。」
なんて質の悪い。と思っていたら、怪人に向かって無数の弾丸。
「怪人!お前の相手は私だ!」
よく通る女性の声がした。見れば、私達がいる壁とは反対側の壁の上に、黒髪のきれいな女性が立っていた。肩、胸、両腕両足はいくつものパーツで出来た装甲で覆われ、互いにコードで繋がっている。特に沢山のコードとパーツが付いた右手には銃が握られていた。
「ク、クナちゃんだ!」
「タビ、知ってるの?」
「うん、防衛軍の一人で、ダブルさんの部下だよ。」
怪人はクナさんに狙いを定めたのか、雄叫びを上げると今度は口から液を噴射した。クナはさっと足のブースターで飛び上がり、再び弾丸の雨を降らす。怪人の肩や手足、腹に無数の傷が出来、怪人は怒り狂いながら腐食液をまき散らす。
「あわわわ!クナちゃんが危ない!」
「ちょっとタビ!アンタが飛び出す方が危ないって!」
「だって、クナちゃん怪我してるもん!」
「えっ。」
液体をひらりひらりとかわすクナ。しかし、よく見れば体の装甲が所々溶けている。さらに、左腕のひじから先がどろどろになっている。
「きっとアイツの攻撃で腕が溶けちゃったんだ!クナちゃんの左腕は必殺技が撃てる凄いやつなのに!」
「つまり、一番の武器を失ってるって事?」
おそらくそのせいだろう、クナさんはなかなか怪人を追い詰める事が出来ない。右手に持っていた銃を怪人に撃ち落とされ、今度は腕を青白く光る剣に変形させた。しかし、相手の外皮が硬いのか、斬りつけても思ったより攻撃は通っていないらしい。それどころか、距離を詰めざるを得ないため、一歩間違えば腐食液をもろに浴びてしまう。
「クナちゃーん!助太刀するーーー!」
「タビ!ダメ!」
タビは私の腕からするりと抜け出す。慌てて私も追いかけるが、タビは工場の方へ。
「えっそっち!?」
真っ暗な工場の中に入ると、突然エンジン音がして、何かか猛スピードで工場の奥から走って来る。走ってきたのは、なんと
「フォークリフト!?」
運転手不在のまま、右に左にと揺れながらぐんぐんスピードを上げて走って来る。運転席の端からちらっとタビの尾が見えた。おそらく、背が足りないからアクセルを踏もうとするとハンドルには手が届かないのだ。怪人は突如現れた暴走車に狙いを定め、液を吐こうと息を吸い込む。
「タビーーーーーっ!」
私は怪人に向かって足元に転がっていた鉄パイプを投げつけた。
カーン!
クリアな音がしてパイプは怪人の頭に命中。衝撃で上を向いてしまった怪人はそのまま腐食液を発射。液はフォークリフトにはかからず宙に孤を描いた。私は左腕をさすりながら、今度は床に打ち捨てられていた一斗缶の空き缶を放り投げる。また頭に命中。怪人は目を覆ってたじろぐ。
「とにゃーーー!」
そしてタビが飛び出して、本当に誰もいなくなった暴走フォークリフトが怪人に突っ込む。ドーン!という雷のような音がして怪人にフォークリフトが衝突。怪人が跳ね飛ばされる。
「やった!?」
しかし、怪人はむっくりと起き上がった。さすがに無傷とはいかず、腹に大きくひびが入っているが、それでも動いている。怪人と私の目が合う。タビがきゅっと体を小さくする。私はそれを抱き上げ、後ろに下がった。
「……来るな、この!」
私は近くにあった鉄パイプをさらに投げた。怪人はそれをあっさりと腐食液で撃ち落とす。その後も私は手近なものを投げつけたが、次々撃ち落としながら、怪人はじわじわ距離を詰めてくる。液を直接飛ばしてこないのは、私達をなぶり殺すためなのだろうか。
「あっ!」
手に取ろうとしたオイル缶を、先に溶かされてしまった。怪人の口から、ぎっぎっぎ、という軋んだ歯車のような音がした。嘲笑っているのかもしれない。
「の、希美ぃ……。」
「大丈夫、まだ、気づいてない。」
「どこが!間違いなく狙われてるよー!」
「大丈夫、だから静かに。」
抵抗できる武器がいよいよなくなり、私は相手を睨んだまま後ろに下がり続けた。背中に、ドラム缶の端が当たった。私は足を止め、タビをそっと離した。
「希美!?」
「タビ、合図したら逃げて。」
「だ、駄目だよ!希美が死んじゃうよ!」
「大丈夫。」
仁王立ちする私と、足元から離れないタビを見て、怪人がぎっぎとまた音を立てた。そして、大きく息を吸い込む動作をして―
「今だ、希美!」
バリスタさんの声に合わせ、私とタビはドラム缶の後ろにさっと隠れた。
ズガーーーーーーーーーーーーン!!!!
轟音と共に眩い光が工場を貫き、熱風が吹き荒れた。やがて光と風がおさまると、怪人が立っていた場所にはシロイトが砂塵となっていた。
「……助かった。」
「そうだよ、タビ……。」
「あ、希美!」
へたり込んだ私の顔を、タビがぺろぺろと舐めた。
「はぁ~……緊張した。」
「全くだ、肝が冷えたよ。」
顔を上げたら、バリスタさんがいた。その横にはクナさん。
「ありがとうなのです!君の機転のおかげで助かりましたです!立てるですか?」
敵と戦っていた時とは打って変わった、元気で可愛らしい声で話しかけてくる。差し出された左手はコーヒー色。バリスタさんの作った仮の腕だ。
「もしかすると、元の腕より精巧かもしれないのです。チャージスピードも速いし、威力も十分!ちょっとジェラシーなのです。」
「間に合って何よりでしたが……タビさん!」
バリスタさんが𠮟りつけるようにタビに言う。
「あの状況で飛び出すなんて無鉄砲すぎます!フォークリフトだって希美にぶつかる可能性がありましたよ!?」
「ご、ごめんなしゃい……。」
「希美も希美だ。タビさんを追いかけていったと思ったら、パイプを投げて……あれ、わざと怪人を挑発しただろう?」
「パイプはとっさにだよ。……その後は挑発だったけど。」
フォークリフトにびっくりしていた時、私はバリスタさんが描いたブラスターをクナさんが右手で構えているのを見た。だが、ブラスターは上手く動かなかった。バリスタさんはブラスターの形は覚えていたが、中の仕組みは知らないからだ。
「タビさんが飛び出すのとほぼ同時くらいに、バリスタさんが仮ブラスターを放って寄越してくれたのです。でも、それは私の背中にあるエナジータンクに繋がってなかったから、ブラスターをチャージ出来なかったのです。」
「これは完全にわたしの悪手だ。見かけだけ覚えて知ったつもりでいた。」
バリスタさんが唇をかむ。
「描き直す時間は無いし、希美もタビさんも危ない。だからクナさんに防衛軍へ応援を申請してもらいつつ、コーヒーで応戦しようかと思ってたんだが。」
私が怪人にパイプを投げつけたので、注意が今度は私に向いた。そこで私はバリスタさんに目配せとジェスチャーで伝えた。左腕描いて、と。
「多分、クナさんの左腕を完成させた方が早いと思ったの。相手が怪人なんだから、普通の武器を出しても勝てないって思って。」
「クナちゃんの剣ですら弾かれてたもんねー。アイツ超硬かった。」
バリスタさんの出したミニチュアを思い出してみると、どれも第一地区にあるものばかりだった。SFや特撮に出てくるような、超強力でどんな仕組みか分からないスーパーメカは無かった。
「言われると悔しいのだが、確かに、わたしには第三地区の武器やロボは描けない。仕組みがさっぱり分からないのだよ。」
「普通、防衛軍含め我々ロボは自分の設計図を医者以外には教えないのです。バリスタさんが知らなくても仕方ないのです。あ、医者というのは人間がいうところのエンジニアです。」
その大事な設計図を、クナさんはホログラムでバリスタさんに見せ、それを頼りに今度こそバリスタさんは左腕を具現化した。そして、必殺技がさく裂し、怪人は無に帰した。
「ここに来るとき聞いたズガーーン!っていうの、クナちゃんのバズーカだったんだね。」
「あろうことか、一発目を相殺されてしまったのです。まさか腐食液でこちらの熱光線を打ち消すとは思わなかったのです。手強かったのです。しかし―」
クナさんは怪人が居た場所にしゃがみ込んだ。シロイトがほんの少し残っている。
「苦労に見合わないのです。怪人は普通、束ほどのシロイトを生むのですが。」
「ここも、シロイトが減ってるんだね。」
私はタビにそう言いながら、第二地区の湖を思い出していた。
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