第12話 ようこそ明るく平和な未来へ!

 翌日になっても、ほのかは来なかった。ラインを見たが、既読も付いていない。やっぱり、私の事を怒っているせいだろうか。頭から離れず、部活にも身が入らない。

「失礼します。朝倉さん、ちょっといいか?」

「……千草先輩?」

 一瞬誰だか分らなかった。先輩はいつもはつらつとして、身だしなみが整っている人なのに、今日は髪もぼさぼさで制服もよれている。

「その、ほのかが破ってしまった絵の事なんだけど。まだ残ってる?」

「あ、一応、持ってます。」

 ほのかが破り捨てた挿絵を、私はどうしても捨てられずクリアファイルに入れておいた。千草部長はそれを元の通りに並べて、しばらく眺めた。唇がぎゅっと結ばれて、泣きそうな顔。

「朝倉さん。この絵もらってもいいか?」

「え。あ、はい……。」

「ありがとう。悪いね。」

「あの、千草先輩。ほのかって……。」

「欠席の事?」

「はい。ラインしても返事が来ないから。」

「……体調不良だよ。」

 千草先輩は小さな声で答えた。

「ごめん、俺も今日は用事があるから、これで。」

 千草部長はファイルを抱えて、急ぎ足で部室を出て行った。声と言い服装と言い、明らかに憔悴しきっていた。ほのかの体調が心配なのかもしれない。あるいは、ほのかがあれほど喚いて暴れた事は、先輩にとってもショッキングだったのかもしれない。そう思うと、ますます申し訳なくなった。

 その夜、私は例のごとくバリスタさんの事務所でコーヒーを頂いていた。タビも付いてきている。ギョクはまだ朝の10時くらい。カクで眠ってここに来てるのに、ギョクではまだ日が高かったりするから変な感じ。

「もし深夜に希美が来たら気づけないかもしれないな。事務所も閉めているからね。」

「今日は、早速何か仕事をしたの?」

「いやまだだ。今日は魔術の練習をしていたところだよ。」

「なるほど、それでか……。」

 事務所の中はミニチュアでいっぱいになっていた。どれもバリスタさんがコーヒーで描いて出したものだ。

「知っている物でも時々練習しないと、いざという時に召喚出来ないからね。家でこうして写真を見ながらミニチュアを出したりしているんだ。」

「緊急車両が多いような?」

「一番需要があるのだよ。消防車とか救急車とかね。クレーン車やショベルカーもよく使うかな。」

 車や建物などはさすがに毎回実寸大で描くわけにはいかない。初めての題材は実物を見て描くが、その後はこの方法で十分勘が戻るらしい。すごい。

「そうそう。水槽車、だったかい?あれも実物を見に行ったよ。まだマスターしたとはいえないがね。」

「あ、ほんとだ!」

 テーブルの上に一つ、水槽車のミニチュアがあった。バリスタさんは納得していないみたいだけど、かなりリアル。ちょっと欲しいくらいだ。

「こっちの戦闘機は?」

「あ、それは私が出したものじゃないんだ。第三地区で飛んでいる戦闘機のプラモデル。やっと作ったんだが、まだ色を塗ってないんだ。」

 バリスタさんが机の下から箱を出した。

「前話したかな?近未来っぽい街があると。ここがまさにそれだ。」

 戦闘機が飛んでいる近未来の街?どんな地区なんだろう。宇宙戦争とかがある?

「あ、希美。今日のお仕事きたよ。その第三地区みたい。」

 タビが私の代わりにスマホを操作して言う。第三地区、マキシサイバーシティ郊外とある。

「前から思ってたけど、観測局ってどうやって迷子を察知するの?あちこち監視カメラがあるとか?」

「違うよ。観測局だから、シロイトを毎日観測してるんだよ。」

 タビが言った。

「観測局のホントの仕事は、ギョクに流れて来るシロイトの量を計測することなの。減りすぎると、ギョクで災害が起こりやすくなるから。」

「へー。」

「でも、迷子が来ると、そのエリアだけシロイトが変な増え方するの。迷子は、大きなシロイトの塊でもあるから。それで迷子が来たなーって分かるの。」

「人間をシロイトの塊って呼ぶの、ちょっと……。」

「カクの人にとっては、あまりいい気分はしないだろうね。」

 バリスタさんが苦笑した。

「しかし、そのシロイトの反応を追う事で、迷子の足取りが掴めるのだよ。指紋と同じで、人によって性質が異なるから、観測したシロイトの構造を調べ、ギョク全体でスキャンすれば、かなり居場所は突き止められるのだよ。」

「あ、でもハヲリになると、反応消えちゃうの。だから、時間との勝負!まあ、ギョクでハヲリになるには10日ぐらいかかるから、よっぽど大丈夫だけど。」

 タビがスマホを見ながら言った。

「今回の人は……まだ迷い込んだばっかりだね。でも、ぜんざいは急げ!」

「善は急げ、ね。行くよ、タビ。」

 バリスタさんの車に乗り込み、私達は第三地区へ向かった。

「すっごい!映画みたい!」

 私は風景を見て思わず叫んだ。マキシ・サイバーシティは、SF映画に出てくる近未来都市そのものだった。建ち並ぶビル群、それらをつなぐチューブの中を走る超高速鉄道。地上を走る車は全て自動運転のソーラーカー。街でショッピングを楽しむロボットと人。その様子を見ながら走るバリスタさんの車は、普通のガソリン車。

「ここのテクノロジーはどうも真似るのが難しくてね……。」

「ロボットが普通にいるもんね。カクじゃ思いつかない技術ありそう。」

「ここを治めているのもロボットだよ。W-74という方でね。」

「ダブルさんってみんな呼んでるよ。すっごくいいおじちゃんなの。」

 おじちゃんみたいなロボットってどんなんだろう。逆に気になる。

「まずはそのダブルさんに話を聞こう。ジャスティスタワーにいるはずだ。」

 バリスタさんが指さしたのは、町の中でひときわ目立っていたガラス張りの塔。チェスのキングの駒に似たデザインで、塔のてっぺんには剣のような飾りが載っている。ジャスティスって名前が、戦隊ヒーローものっぽいなあ。

  ビーッ!ビーッ!

「おっと!」

 けたたましいブザー音が響いたと同時に、バリスタさんが急ブレーキをかけた。前を見てびっくり。道路の途中に切り込みが入って、そこから地面がひとりでにせり上がっていってる!さらに、道路の両サイドからも壁がせり上がり、そこから出てきた扉で前がふさがれてしまった。町全体に、すごいしかけ!

「防衛軍だ。きっと怪獣が出たんだよー!」

「怪獣?!」

「やむを得ない。ここから離れるとしよう!」

 車はUターンして猛スピードで走り出した。後ろを見れば、さっきバリスタさんに見せてもらったプラモデルの元であろう戦闘機がいくつか飛んでいた。行く手には、まさに特撮映画に出てきそうな、巨大な怪獣。怪獣が戦闘機を払い落そうと大きな腕を振り回す。戦闘機はそれをかわしながらミサイルを発射して攻撃していた。

「ああいう怪獣が現れては町を壊そうとするから、町を守る防衛軍の戦闘機や巨大ロボットが出動するのだよ。道路が遮断されたのも、町の防衛システムだ。」

「怪獣ってクロワタの権化だったり?」

「だいじょーぶ!むしろ、いないと困っちゃうんだよ。怪獣もシロイトだもん。」

 タビの答えに、ちょっと驚く。でも、特撮やSFへの感動からこの町が生まれてるなら、怪獣もシロイトから生まれて当然か。私も、特撮に出てくる怪獣のデザイン、結構好きだし。って、こういう考えが出てくる時点で私、だいぶ慣れてきたな……。

「怪獣が倒されシロイトに還ることで、町が復興、発展するのだよ。第二地区における湖の役割を、怪獣が担っているんだね。いや、怪獣だけではないが。」

「え?」

 車は目的地だった塔からどんどん離れ、ビル街を抜けた。デザインが前衛的過ぎて分からないが、どうやら住宅エリアのようだ。建物が比較的低いので、防衛軍と怪獣の戦いがよく見える。戦闘機が合体して一つのロボットになった。すごい、戦隊ヒーローの世界が目の前で展開されてる!

「ここまで来れば、ひとまず怪獣に襲われることはないだろう。」

 バリスタさんが言った。

「ダブルさんに会えないのは残念だが、まずは私達だけで捜索を開始しよう。シロイトの痕跡は、残りにくいかもしれないがね。」

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