第11話 シロを辿って着いたのはお菓子の家ではなく


 森の中では、川のせせらぎと鳥のせせらぎだけが聞こえた。木々は紅葉しており、倒れた木は苔むしている。精霊や妖怪がいてもおかしくなさそうな、人里から隔絶された場所って感じがする。

「タビさん、ここにシロイトが落ちてます。」

 バリスタさんが拾い上げたのは、シロイトが絡まって出来た、直径3センチぐらいの毛糸玉。でも、なんでここに?

「ハヲリやなりかけの人が歩いた場所には、シロイトが落ちている事が多いんだ。その人に絡まったシロイトがちぎれて、玉になるみたいだね。」

「これ、迷子の人が作ったの?」

「いや、本人のシロイトではない。周りから集まって来たものの一部だ。」

 バリスタさんが言う。

「昨日は車や人の行き来が多いエリアだったから、迷子が落としたシロイトも飛んでいってしまった。だが、ここはその心配がない。」

「じゃあ、これを辿れば迷子も見つかる?」

「でも、時間が経つとその土地に吸収されちゃうんだよ。だから急がなくっちゃ。」

 タビが補足しながら、早速辺りをきょろきょろし始める。うっそうと木や草が生い茂り、下は落ち葉でいっぱいの森で小さな糸くずなんて見つかるのかな……と思ったら

「あ、あった!」

「え!希美凄い!」

 シロイトはそれ自体が発光しているかのように銀色に輝いていた。そっと拾い上げると、クロワタに触った時みたいに、頭に映像が流れ込んできた。木登りをしている男の子が見える。手には巣箱を持っていて、どうやら設置したいようだ。が、足が滑って木から落ち、派手にしりもちをついた。

「わっ、痛そう!」

痛い思いをした上に両親にはこっぴどく叱られた悲しさと、巣箱を置けなかった悔しさが伝わってくる。でも、クロワタの時みたいに映像は繰り返されず、私の意識は現実に返って来た。体が重苦しくなったり、頭がぼーっとしたりもしない。

「今見えたの、シロイトが生まれた時の光景?」

「そうだね。クロワタほどは呑まれる心配がないのだよ。」

 バリスタさんが答えた。

「木登りの思い出だったね。第二地区は、自然に対しての感情が元になったシロイトが集まりやすいエリアなのだよ。」

「思い出としては、楽しいというよりちょっと苦い感じだったけど。クロワタじゃないんだ。」

「シロイトは心が動けば生まれるよ。だから、悲しいとか寂しいという感情からも生まれる。問題は、そこから精神力を失ってしまった時だ。希美も、ゼロとは言わないがかなり減っているね。」

 バリスタさんの視線は、私の指に向けられていた。クロワタが昨日ほどじゃないがまだ湧いている。……自分の心を見える化されると恥ずかしい。

「自分の飢えに気づかず、さらにすり減らすよりはずっと良い。」

「そうそう!だから、めいっぱいギョクで充電してね、希美。」

 タビがしっぽを私にぴと、とくっつけた。

「勿論、お仕事の後だけど。タビも、元気な希美の方が好き!」

「もー!おべっかだけは一人前なんだから!」

 そうは言いつつも、私はちょっと顔がほころんだ。

「あっ、あそこにもある。」

立っている場所から数歩歩いた先にもう一つ見つけた。その後も、間隔が大きく開くこともあったが、順調にシロイトを辿る。なんか、ヘンゼルとグレーテルみたい。森は決して歩きやすいわけではなかったが、カクではなかなか経験できない手つかずの自然を全身で感じて歩ける。そのおかげか、体は疲れても不思議と嫌な感じは無い。

「あっ!!」

 歩き続けていると、突然目の前が開けた。透き通る水をたたえた、大きな湖が現れたのだ。空の青、湖を取り囲む赤や黄色の広葉樹。それらを全て水面に写し取っている。何とも鮮やかだ。私達のいる岸の反対側には、喉を潤しに来た鹿の親子が見える。時々水面に模様が浮き出るのは、魚が跳ねたのだろうか。

「すごい、湖の中も……。」

水にぐっと顔を近づけると、水中の様子が見えた。若葉色の水草が森のように広がり、所々に小さな白い花を付けている。その間にはエビが隠れている。マスやアユに似た魚が泳ぎ、時々水面から突然黒く長いくちばしがそれらを捕えんと伸びる。鳥の影は見えたが、姿をはっきり見る前に消えてしまった。

「希美、希美。」

 タビに服のすそをひっぱられるまで、私はずっと景色に見入っていた。だから、自分がシロイトまみれなことに全然気づいてなかった。

「うわ!し、しまった!」

「あ、大丈夫だよ。それは絡みつかないから。」

 タビの言う通り、シロイトは私の周りにこそあるが、手足には全然絡まってない。どんどん糸の束になって積み重なっている感じ。

「これは、希美が今作り出したシロイトだ。自分が生み出したシロイトでは、ハヲリにはならないのだよ。むしろ、これからのギョクを作る材料になる。」

「私のシロイトから、新しい木や動物が生まれるかもしれない?」

「そういう事だ。」

 バリスタさんがほほ笑んだ。「とはいえ、迷子の痕跡が埋もれてしまったね。」

「あっ……。」

「ねえ!あそこに誰かいるよ!」

 タビが指さす方向に、シロイトにぐるぐる巻きにされた人を発見した。今回探していた迷子の人だ。気絶しているが、命に別状はないようだ。絡みついたシロイトを取っていたら、この人のクロワタも出てきた。頭に流れ込んできたのは、会社と自宅を行き来する光景と息苦しさ。そう言えば、服もスーツだし、仕事に疲れてそのまま眠って迷い込んだのかも。昨日助けた子みたいに、何かショッキングな出来事が引き金とかではなく、積もりに積もって耐えられなくなった、という感じのようだ。

「ん?」

 頭に流れてきた映像には続きがあった。くたびれた体でスマホを開くと、友人と映った写真が現れた。大学時代の山岳サークルのようだ。

「そっかー、山が恋しいんだ、この人。」

 同じくクロワタを見ていたらしいタビが言った。

「やりたいのに出来ないって、クロワタを生みやすいんだよ。何がしたかったのすら忘れちゃうよりはいいけど。」

「そうなると、クロワタは?」

「倍以上出るよ。」

「うっわ。」

「あら。結構作ってくれたのね。」

 声に振り返ると、ゲンゲさんが私の作ったシロイトを見ていた。

「丁度良かった。湖の水位が下がって困っていたの。少しはましになるわね。」

「この湖、水が減ってるんですか?」

 馬鹿にされるかと思いつつ私が尋ねると、ゲンゲさんは思ったより暗い表情で頷いた。

「ここの水は、川の水源であり、このエリアでシロイトが一番集まる場所なの。ここの水が川になって海にそそぐことで、地区全体にシロイトが行き渡るわけ。」

その水が減ってるってことは、シロイトそのものが減っているって事だ。

「そういう事よ。だからあんまり迷子に来られると困るのよ。ハヲリにシロイトをどんどん消費されるから。あなた、紡なのよね?」

「は、はい。」

「だったら、シロイトもっと作ってくれない?」

 ええっ!?それも仕事なのー?

「だから紡ぎ、なんでしょ?」

「うん。そうだよ。」

 タビ!私それ聞いてない!

「いい?アタシたちはクロワタも作らないけどシロイトも作れないの!だから、アンタ達が気張らないとアタシたちがピンチなの!だから、カクで踏ん切り付けてクロワタ消して、シロイトいっぱい紡ぎなさい!」

「えっ。」

「え、じゃない!クロワタは根っこから叩かないと駄目なの!アンタが何に悩んでるか知ったこっちゃないけど、悩む暇あるなら動きなさいよ!心が動かないなら足動かすしかないでしょーが!」

「げ、ゲンゲさん。希美はちゃんと動いてますから、あまり焦らせないで下さい。」

 バリスタさんがフォローしてくれたが、ゲンゲさんはフン、と横を向いた。私はと言えば、マシンガントークに圧倒されて返事も出来ない。

「ね、ゲンゲさん優しいでしょ。」

 でも、タビが小声で言ったこの一言は、ちょっと頷きたくなった。

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