第7話 お嬢さん、その羽織ものは
「消防隊員の人がね、シロイトがいっぱいくっついた女の子があっちに走って行くのを見たって。」
消防隊も野次馬もいなくなり、静かになった火災現場でタビが言った。
「火災でドタバタしてるのに、隊員の人もよく見逃さなかったよね。」
「それだけ目立つのだよ。シロイトが絡みついているうちはね。」
私の疑問にバリスタさんが答えた。
「ハヲリになってしまうと、ギョクの人と見分けがつかなくなる。急がないと、目撃者もいなくなってしまう。」
バリスタさんが車を描き、エンジンをかけた。私も乗ろうとして、またシロイトに足を引っかけた。
「希美、前会った時よりシロイトが多くないかい。」
「今日、友達と喧嘩しちゃったんだって。それでクロワタを抱えてるから」
「もータビ!勝手に喋らないでよ。」
自分でも語気が強くなっているのが分かった。完全な八つ当たりだ。そんな自分が嫌になる。
「ああっ、またクロワタ!右手の指!」
タビが言った。
「駄目だよ希美、クロワタを出す場所は考えて!バリスタさんにとっては猛毒だよ!」
「猛毒!?」
「ギョクの人は、体がシロイトで出来てるもん。クロワタがくっつくと相殺が起きるから体が溶けちゃうの!」
「ちょ、そういうの早く言ってよ!」
助手席に座っていた私は、少しでもクロワタをバリスタさんから遠ざけようと窓側に体を向け、右手を抱え込むように座り直す。
「希美、慌てなくて大丈夫だ。カクの人間一人のクロワタなら大丈夫だよ。」
「本当に?」
「ああ。それに、わたしが魔術で使うコーヒーだってシロイト由来だ。だから、私より先に車のシロイトで相殺されるだろう。」
おそるおそる手を広げて見ると、クロワタは既に消えていた。その代わり、シートベルトに少し傷が付いていた。バリスタさんがスプーンを軽く振って直す。
「さあ、シートベルトを締めて。速度を落として走るから、窓から迷子を捜してくれ。」
バリスタさんがそう言って車を走らせる。私は言われた通り、窓の外に目を凝らす。
「なんか、洋風の建物が増えてきた?」
窓の外は、時代劇の風景から明治時代の錦絵にあるような、レンガ造りの建物が並ぶ風景へ。行き交う人も着物だけでなく洋服の人も出てきた。ただ、現代の服じゃなくて、タキシードとかドレスみたいな、ちょっと身分の高い人の服。
「第一地区って、時代ごとの町があるの?中心街はもっとごちゃまぜだったのに。」
「むしろ、中心街が例外なのだよ。普通は似通った性質のシロイト同士が集まるから、あそこまで建物の作りや住人が多様化することは無い。」
「あ、そうなの?」
「中心街はね、ギョク全体の中心でもあるんだよ。だから色んな人が来るの。観測局はギョクの要だもん!」
タビがえへんと胸を張る。
「4つの地区ごとにリーダーがいてそれぞれ管理はしてるけど、カクの迷子を調べたりギョク全体の平和を守るのは観測局の仕事なの。さっきみたいな火事にもかけつけるし。」
「へー。タビ、結構頑張ってるじゃん。」
「まあね!だから、ご褒美ちょーだい。高いネコ缶。」
もう、すぐ調子に乗るんだから。でも、大変そうだし、一個ぐらいならいいかな。
「……んっ!?」
「どうしたのタビ?」
「今、匂ったかも、ハヲリ。」
嘘!?私は窓から顔を出した。目の前にひときわ大きな建物がある。
「これ……学校?」
今の学校に比べたら建物自体は小さいけど、白い漆喰の壁に西洋風の窓と青いトンガリ屋根が付いてておしゃれ。生徒と思しき女の子たちが出て来る。みんな同じ黒いワンピースみたいな制服を着ているが、その中に一人だけ、ひときわ目立つ人がいた。服からほつれた糸のようにシロイトが無数にたなびいているのだ。
「あの人!体からいっぱいシロイト出てる!」
「よぉーーっし!ハヲリぃー!待てーー!」
タビが窓から勢いよく飛び出して、女性めがけ走っていく。
「ちょちょタビ待って!」
「希美も待って!車を停めるから!」
バリスタさんは車を道の端に寄せ、術を解いた。私達がタビに追いついた時、タビは既に女の子の背中に乗って引っかいたり噛みついたりしていた。
「いやああ!何ですのこの猫!?」
「希美も手伝って!どこかにあるシロイトの結び目を探すの!」
「結び目?」
そう言われても、タビを下ろそうと女の子は激しく動き回っているからよく分からない。ひとまず落ち着いてもらわないと。
「このー!大人しく全部脱ぎなさーい!」
「タビ!その言い方はまずいって!」
「な、なんて破廉恥な猫ですの!」
女の子がますます怒り出し、とうとうタビの首根っこを掴んで乱暴に放り投げた!
「いにゃああ!」
「タビーっ!」
間一髪!タビが車道に飛び出す前にバリスタさんがコーヒーで描いたタモでキャッチ。でも、女の子はなおもタビに向かって、校庭にあった箒で叩こうとしている。
「こらぁああああっ!」
と、女の子の向こう脛に向かって思いっきり蹴りを入れた。女の子は両手が箒でふさがってたし、私は相手の脚をすくい上げるように蹴りを入れた。だから女の子はバランスを崩したまま、受け身も取れずに前に突っ伏した。
「うちの、はあ、タビに、暴力は許さ……あ。」
倒れた女の子の腰に、シロイトが沢山集まった結び目を見つけた。私はその結び目に手をかけて、思いきり引っ張った。
ぶちちちち!
糸がちぎれる様な音がして、ワンピースがみるみるほどけていく。その下から、現代のセーラー服を着た女の子が現れた。
「の、希美……。」
バリスタさんに抱かれたまま、タビが戻ってきた。
「!タビ、怪我無い?」
「うん……。あのね、希美がタビのために怒ってくれたの、すごい嬉しかった。」
タビが私の所へやってきて、喉を鳴らしながら頭を私の手に摺り寄せた。
「でもね、女の子が痛そう。」
「あっ……。」
慌てて起こしてみれば、女の子は鼻血を出して気絶していた。悪い事した……。
「ティッシュと保冷剤はあるよ。」
バリスタさんが旅行鞄から応急セットを出してくれた。
「ただ、そちらは無理だ。」
「そちら?あっ!」
女の子の腕や足には、クロワタがたっぷりくっついていた。ちぎれたシロイトが再び集まってくる。これじゃあまたハヲリになりかねない。私はクロワタを手ですくって女の子から取り除こうとした。
「うわっ。」
するとまた、映像が頭に流れ込んで来る。返って来たテストを見ているようだ。どれも80点以上と高得点。クロワタって、確か生み出した時の本人の気持ちを追体験するんだったよね。ってことは、テストを見てるのはこの女の子か。でも、嬉しいどころかひどく落ち込んで見える。
「ん?隣に誰かいる……。」
こちらのテストを覗き込む男の子が映った。その子のテストは、僅差だけど女の子を上回っている。男の子はそれを見てガッツポーズ。「よっしゃ、今回も俺の勝ち!」と笑顔。それを聞いた瞬間、カッと体が熱くなるのを感じた。何なのあの勝ち誇った顔!
「なんでいつもアイツに勝てないの!私の方が頑張ってるのに!」
だが、そこまで考えが辿り着くと、今度は一気に心が冷え込むような感覚。
「そうだよ。こんなに頑張ってるのに、点数も前より下がってる。ひょっとして、頑張るだけ無駄なんじゃない?もう私、ここで限界なんじゃない?」
お腹に石を詰められたような重苦しさを感じる。体に力が入らず、頭がぼーっとしてきた。
「……私、だめな子だ。何やったって意味無いじゃん。」
「チェストオオオオオオオオオオーーーーー!」
脳天に衝撃が走り、網膜に火花が散る。映像が途切れ、私は我に返った。女の子の横にしゃがんでたはずなのに、いつのまにか私は倒れていて、顔の上には何か柔らかいもの。何だ?と思う前にそれがどかされ、バリスタさんが覗き込んできた。
「希美!気が付いたかい?」
「ば、バリスタさん……。」
「もうっ!ミイラ取りがミイラになってどーするの!タビが顔面体当たりしなかったら呑まれてたよっ!」
「……タビさんが希美を起こすために飛びかかったんだよ。クロワタに呑まれかけたら、叩くか冷水をかけないと駄目だって言って。」
「そ、そうなんだ……。ありがとう。」
そういえば鼻っ柱が痛いし、爪がひっかかって顔中傷だらけだ。出来れば冷水の方で起こして欲しかったなと思いつつお礼を言う。
「自分のだけじゃなくて、人のクロワタにも呑まれることがあるんだ。」
「そうだよ。嫌な気持ちって、伝染するでしょ?」
「言われてみれば。」
女の子はまだ目を覚まさない。私が取り除いた分だけましにはなっているが、また少しずつクロワタが湧き始めている。そして、シロイトも集まってきている。
「またクロワタが増える前に戻ろう。」
「じゃあタビ、局長に連絡しとく!迷子見つかったよって。」
私達は車に女の子を寝かせ、事務局に向けて車を走らせた。
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