第6話 たとえ火の中水―は無かった

 バリスタさんによると、見失った迷子は中学生の女の子だそうだ。

「走って行った方角は、中心街の外れだ。その辺りは古い町並みが残ってて、住んでいる人も着物姿の人が多い。洋服姿の彼女はかなり目立つはず。」

「昔の宿場町みたいな街並みって局長が言ってた。タビにはしゅくばまちってよく分かんないけど。」

 確かに、建物も行き交う人も、時代劇に出てきそうな雰囲気。こんなところを、私達は車で通るからちょっと目立ってる。

「まあ、ここに車がないわけではないがね。」

 バリスタさんが苦笑する。

「救急車や消防車は配備されているし、車を保持している一般の方もいる。うおっと!」

 噂をすれば何とやらで、消防車が私達を猛スピードで追い越していった。

「あっぶないねー!」

 とタビ。見れば、通りに居る人達もそわそわした様子で同じ方角へと走っていく。

「ひどい火事なのかな?ねー、そこの人!」

 タビが通行人の一人を捕まえて話を聞いていたが、急にしっぽがボンっと太くなった。驚いた時の反応だ。

「大変!あっちの方の火事、女の子が一人、取り残されてるって。」

 女の子って、まさか……。

「タビさん、首ひっこめて!」

 バリスタさんがアクセルを強く踏み込む。車がうなり声をあげて街中を疾走する。火災現場はすぐ見つかった。そこだけ人だかりが出来ていたからだ。黒々とした煙が立ち上るのが見えるが、肝心の建物は見えないし、女の子がどこにいるのかも分からない。

「通してください!」

 バリスタさんが呼びかけても、皆火事にくぎ付けになっていて全然どいてくれない。

「タビ、あそこの屋根から現場見える?」

「分かった、待ってて!」

 タビは人だかりから少し離れた建物の屋根にひょいひょいと上った。

「……見えた!消防車がいるけど、全然火が消えてない。」

「女の子は?見える?」

「いる!二階に取り残されてる。」

「タビさん、わたしが消防車を術で出します。現場に入れそうな道はありますか?」

「えっと、車じゃないなら、こっち!」

 タビの案内にそって、私とバリスタさんは走る。細い路地をくねくねと抜けるうち、頬に熱風を感じた。

「……ひどい。」

 燃えている建物は、一つでは無かった。おそらく火元らしい建物は既に真っ赤な炎に包まれ、骨組みが辛うじて見えるだけになっていた。そして、周囲の三軒の建物に火は燃え広がっており、そのうちの一つに、女の子が取り残されているのが見えた。はしご車が近くに停まっているが、炎の勢いが強く、隊員たちが近づけていない。

「急がないと!」

 バリスタさんは消火活動中の消防車を見ながら手を動かし、あっという間に消防車を描き上げた。続いて隊員を描き上げると、コーヒー色の消防車で放水を開始した。

「バリスタさん、雨雲とか描いて雨降らせられない?」

「それが出来たらいいのですが。」

 タビの問いに、歯痒そうにバリスタさんが答えた。

「わたしがコーヒーで出せるのは、過去に見た人工物のコピー。それも、自分が正確に描けるものだけです。見た目も性能も、オリジナル以上の物は出せない。」

 だが、火の勢いは一向に収まる気配が無い。

「駄目か。消防車の数を増やさないと―」

「待ってバリスタさん!」

 私ははっと気づいてバリスタさんを止めた。

「あの車は消防ポンプ車だから、これ以上増やしても消火出来ないよ!」

「えっ?」

 きょとんとするバリスタさんに、私は慌てながらも必死に言葉を選ぶ。

「えっと、つまりあの車は、他から水をくみ上げて火を消すタイプなの。ここにはもう消火栓も防火水槽もないから、車を増やしても消火活動出来ない!」

 私達が消防車と呼ぶものは、消火栓などにつないで水をくみ上げるタイプと、車自体が水を積めるタイプとがある。水源が無くては、いくら前者を増やしても意味が無い。

「バリスタさん!水槽車って分かる!?」

「すまない、名前は知っているが、まだ構造が……」

 う~ん、せめて、女の子だけでも助けられたら―

「助ける―そうだ、バリスタさん!」

「は、はい!?」

「ウォータースライダー!」

「!」

 驚きつつもバリスタさんはすぐにスプーンを動かし、すぐにプールとウォータースライダーを描き上げた。入り口が、女の子に向かって伸びる。

「それに入ってーー!」

 私がありったけの声を出して女の子に呼びかける。だが、女の子は怖がっているのか、でなかなか足を踏み出さない。後ろに火の手が迫っている。このままだと、建物が持たない。

「何とか降りてくれないと―」

 ふと、ウォータースライダーに登るはしごを見つけた。バリスタさんは過去に見た実物をコピーするって言ってたから、不要な物もかかないといけなかったのだろう。だが、好都合だ。私ははしごをかけ上がり、女の子の所にやって来た。いきなり来た私にぎょっとして固まる女の子。

「ごめん、怖いかもしれないけど、説明してる暇無いの!」

 そういって右手で女の子を抱っこし、ウォータースライダーに腰かけ、左腕で体を前へ押し出す。たちまち、コーヒーの水流に乗った体がスピードを上げて下っていく。

「ひやあああああああアアアアアーーーーっ!?」

 このスライダーくねくねしてて意外と長い!ちなみに私、こういうプールは大の苦手!絶叫しながらも女の子は離さないようにした。そして、最後には勢いよくコーヒープールの中へ放り出される。

「ぶはあっ!」

「希美!」

 浮き上がった私を見て、バリスタさんが駆けて来た。スプーンでプールサイドを叩くと、ウォータースライダーもろとも消え、私は地面の上に立っていた。

「バリスタさん―」

「何てことをしたんだ!」

 バリスタさんが私の両肩にがっと掴みかかり怒鳴った。目は見開かれ、唇は震えている。私は驚いて声が出なかった。

「ギョクはもう一つの現実なんだ。夢幻では無いのだよ!?怪我をすれば血も出るし痛みもある。まして命を落とせば―」

 まくしたてるように一気にしゃべった後、バリスタさんは俯いて大きく息を吐いた。

「……とにかく、無事で良かった。本当に。」

 先ほどとは裏腹に、か細い声だった。よく見たら、背中が小さく震えていた。

「もう、二度とこんな事はしないでくれ。……いいね?」

 私の目を見るバリスタさんの目にも、私を戒める声にも、もう怒りの気配はなかった。しかし、どちらにも、どこか泣きそうな気配を感じた。そこでやっと、自分がいかに無謀な事をしていたかよく分かった。そして、どれほど心配をかけたかも。

「ごめんなさい。」

「……いや、すまない。希美を叱るのはお門違いだ。」

 バリスタさんがゆっくりと離れた。「元をたどれば、巻き込んだのはわたしだ。すまない、危険な目に遭わせて。」

「い、いえ。その!勝手な事したのは私だから。」

「ねーえ、二人とも―!」

 私達の間から、突然タビが顔を出した。

「お説教もいいけどさ、そろそろ女の子離してあげなよ。」

「女の子……あ!」

 腕の中で、女の子は放心状態だった。火事に遭うだけで怖いのに、さらに見知らぬ人に強引にウォータースライダー乗せられたんだもんね。無理もない。

「ごめんごめん!怪我無かった?」

「申し訳ない事をしたね。そうだ、これ、食べて。」

 バリスタさんが旅行鞄からクッキーを出し、女の子の手に握らせた。そこに、親と思しき女性が救急隊員の人と一緒にやって来た。娘をひしと抱きしめた女性は私達に何度もお礼を言った後、救急車に乗って病院に運ばれて行った。

「もうバリスタさんが怒ったからタビはあえて言わないけど、希美!めっ!」

「あだっ、ごめんなさい……。」

 タビが、私のおでこをべちっと叩く。

「あの女の子が助かったのは良かったけど。ただ、あの子ハヲリじゃないよね?」

「うん。シロイトは無かったよ。」

「そうか。迷子探しはふりだしだね。」

 バリスタさんが言った。「でも、希美は―」

「あの、私ならもう大丈夫。」

 バリスタさんの言葉を遮るように私は言った。

「もう危ない事はしないから。それに、シロイトはカクの人じゃないと見えないんでしょ?」

「それは、確かにそうだが……。」

「迷子の人だって、早く家に帰りたがってると思うし。急ごう、バリスタさん。」

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