第4話 かけないひといえないひと

「う~!結構進んだな。」

 私は、文芸部の部室で伸びをした。書き進めていたのは、文化祭で販売する自分の小説。ジャンルはファンタジーで、主人公のロボットが自分の住む町を救うために、誰も到達していない古代遺跡の最奥部にある宝を取りに行くという話。ほのかの挿絵が載る作品だ。いつもキャンパスで見るあのタッチで、自分が考えたキャラクターたちが描かれると思うとわくわくする。もっとも、小説を書き終わってから絵を描いていては間に合わない。ほのかにはキャラクター設定と話のあらすじを話し、そこからキャラクターのデザインを一緒に考えた。そして、私が絶対に入れたいと思うここ一番のシーンを描いてもらう事になっていた。

 正直なところ、私は熱心な部員ではない。サボることはしないが、ほのかのように「やりたくて仕方ない!」というほどの熱意を持っているわけでもないのだ。ここに入ったのは、他に出来そうな部活が無かったからという消極的な理由。結果的には先輩にも恵まれて、楽しい部活動を送れている。だが、ほのかの絵が載るとなれば気合が入る。

「部誌が白黒なのが惜しいなあ。」

 ほのかのカラフルな絵が載せられないのは残念。それでも以前見たラフには、ほのからしさが溢れていた。完成したらどんな絵になるだろう。私の小説の方が負けちゃうかもしれない。

「お邪魔しまーす。」

「あ、ほのかいらっしゃい。」

 ほのかは私を見つけると横の席に座った。手にはスケッチブックとキャンバス。今日も美術室には戻らないつもりだろうか。

「こー兄にバレずに持って来れた☆あ、見て。のぞみんの夢の絵、色塗り始めたの。」

「おお!一気に楽しそうな雰囲気になった。」

 ふと、昨日の夢の話をしたらほのかはどう思うだろう、と考える。夢は実はもう一つの世界なんだよって言っても、ほのかなら信じてくれそうだ。

「で、こっちが挿絵の下書きなんだけど……。」

「見せて!」

 ほのかから差し出されたスケッチブックを、私はわくわくしながら受け取った。

 あれ?

 描かれていた絵は、ラフで見たものとだいぶ違っていた。いや、構図はラフ通りだ。主人公であるアンドロイドと、それに襲いかからんとするドラゴン。アンドロイドのつるりとした皮膚と所々に見える配線のような部分、ドラゴンの体を覆う金属のような鱗。質感の違いが描き分けられているのは、さすがだと思う。でも、だからこそ違和感がある。ほのかの絵なのに綺麗すぎる。いつものようにキャラが全然デフォルメされていないし、まるでゲームのパッケージみたいな絵。スタイリッシュだけど、ほのかの絵に見えない。

「のぞみん?」

 ほのかの声に私は我に返った。ほのかは、ちょっと沈んだ顔をしている。

「やっぱ変だよねこの絵。描き直そうか。」

「い、いや。この絵とてもいいと思う!」

 私は反射的にそう言った。私が黙ったせいで「描き直そう」と思わせてしまったのが申し訳なかった。

「構図もイメージ通りだし、全体的にすごく洗練されてるっていうか、かっこいいというか。いつもと雰囲気違うけど、とてもいいと思う。」

「いつもと雰囲気違う……。」

 ほのかはさっとスケッチブックを私から取り上げた。「そうだよね、これ違うよね……。」とぶつぶつ言いながら絵を睨んでいる。

「やっぱり、この絵やめる。」

「え?何で?カッコいいよその絵。」

「だって、のぞみん。さっき絵を見た時にさ『え、これ?』って顔してたよ。」

 言葉に詰まった。ほのかの声には非難も怒りもなかったが、表情には明らかに落胆が見えた。

「絵を見てびっくりしちゃったのは、いつもと全然雰囲気が違ったからだよ。もしそれで気分を悪くしたなら」

「のぞみん。」

 有無を言わせぬ強い声だった。「優しいのはのぞみんの良い所だけどさ、ごまかされると、

 辛い時もあるよ。」

「そんなこと……」

「はっきり言って!」ほのかが声を荒げた。まわりにいた文芸部員がぎょっとした顔で振り返る。私は声も出せずにほのかを見つめた。

「雰囲気違うって言ったけど、つまりこんな絵は駄目っていいたいんでしょ!自分でも分かってるもん!でも、描けないんだよ!」

 ほのかは喚きながらスケッチブックを破り始めた。せっかく描かれたさし絵の下書きが、ズタズタになる。ほのかはそれに飽き足らず、持って来たキャンバスを振り上げた。

「―止めて!」

「いた!おいほのか!」

 間一髪のところで、千草先輩がほのかからキャンバスを奪い取った。怒りをぶつける先を失い、ほのかは床にへたり込んでわんわん泣き始めた。

「……コイツは保健室連れて行くんで。」

「お願いします。」私は頭を下げた。「キャンバスは、後で部室に持って行きます。」

「ありがとう。頼むね。」

 先輩は頭を下げ、ほのかをおぶって部室を出て行った。静まり返った部室で、私は絵の残骸を呆然と見つめた。

 ただの紙きれになった絵。ほのかが、これをやった。

「違う、私がほのかにそうさせたんだ。」

 と頭の中で1人目の私が言う。

「私がはっきり、この絵は求めていたものと違うと言わなかったから、ほのかは怒って絵を破った。私が期待していたのは、『Panic Picnic』のような、ヘンテコだけど楽し気な絵だったって、言えばよかったのよ。」

「でも、正直に言ってほのかが傷つかないと言い切れるの。」

 と2人目の私が言う。破られた絵を上手いと思ったのは本心だ。まして、ほのかの絵が駄目だなんて全く思わない。

「誰だって、自分の作品を否定されたら辛いじゃない。あなたの言った通りにしても、結局ほのかは傷ついたと思うな。一生懸命描いた絵だと思うから。」

「でも、正直に言わなかったのは、自分が可愛いからでしょ?」

 急に聞こえた声。三人目の私がニヤニヤ笑っていた。

「もし正直に言って、ほのかが傷ついたら嫌われちゃうもの。―■■には怒ったくせに。」

 息が詰まった。言い返せなかった。気が付けば、ほかの二人もにやにやと笑っていた。

「嫌われたくない?傷つけたくない?」

「よく言うよ。お前は■■を傷つけたじゃないか。」

「■■がいなくなったのはお前のせいだ!」

「醜い!きったない人間だ!」

「どうして■■に―」

「うるさい!」

 思わず口に出してしまい、また部室中の視線を集めてしまった。いたたまれなくなって、私は部室を後にした。どのみち、もう今日は小説を書けそうにない。キャンバスだけ美術室に届けに行ったが、ほのかはいなかった。先輩と一緒に早退したらしい。重い足取りで、私も帰路についた。

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