第4話 場違いなリンボーダンス
上田は自分の体をまじまじと見ていた。
ピンクの炎に囲まれていても、体は熱くない。むしろ心地よかった。
「モハイ、コレハ、ナンダ?」
「カミサマノチカラ。」
「ワタシタチ、ドウナル?」
「カラダ、カミサマノモノ。ワタシタチ、カラダカエス。ソシテ、カミサマノモトへカエル。」
「!?……ソレハ、シヌトイウコト?」
「チガウ、ケド、ココニハイラレナイ。」
「オレハ、マダ、イケナイ。ホウホウ、アル?」
「ウエダ、チガッタ。シカタナイ。ホウホウアル。」
上田はモハイに正直に話した。以外にもすんなりとこの儀式から抜ける方法を教えてくれた。
「ウエダ、コレ、スル」
「これは…。いやしかし、あまりにも場違いすぎるぞ。」
上田の前に現れたのは、2本の支柱に一本の枝がかけられた道具だった。
そこそこ低い高さにかけられた枝からは、これが『飛び越える』儀式ではなく、『くぐる』儀式であることを容易に想像させた。
リンボーダンス、その特徴的な様式と名前は全人類が知っているといっても過言ではない。
しかしこれは、ハワイとは全く関係のない西インド諸島が発祥とされている。
「コレ、2回クグル。カミサマノモノジャナクナル。」
「イッテ、カエッテ、コレバイイ?」
「ソウ。カミサマ、ヤサシイ。カエリタクナイノ、ユルス。」
随分とあっさりだなと上田は思った。確かにリンボーダンスは難しい。
しかしこうした民間伝承の特例にありがちな邪魔する存在や一発アウトのトラップの存在がないからだ。
早速、上田はリンボーダンスを始めた。 低い枝に向かってジリジリと近づいていく。 近づきながら、腰を下ろし、胸を下ろし、頭を倒していく。
大腿筋、腹直筋に力を入れながら、体制を維持して、そのまま抜けていく。
「ふんっ……、ぬぅ……。」
上田はなんとか1回目をクリアした。全身に疲れが来る。たまらず体を持ち上げ、一息つこうとした。
「ウエダ、ダメ!ソノママ!」
モハイの言葉で、反射的に体制をキープした。
「カラダ、オコス。ワタシタチ、マイゴニナル。」
「なるほど、そういうことか。これがトラップ、だからここでは2回くぐるんだ。」
上田は体を起こさないように、体制と呼吸を整え、2回目に臨んだ。
呼吸を整えて、上田はさっきまでいた場所とは違う何かを感じた。
体制を変えず、顎を少し引き、くぐる枝を見据える。
上田は枝を捉えた視界の隅にちらちらと映る女性がいることに気づいた。
アラカイかと思ったが、顔までは見れなかった。しかしもう一人の女性には心当たりがなかった。
それが誰であろうかと考えを巡らせていると、背後から人に触れられた。その手はじゃれあうように上田の体に指をすべらせ、腕を這わせる。
暑さで下着まで脱いでいた上田の上半身に柔らかい感触が伝わる。視界にはまだあの二人が写っている。
すると見慣れた褐色の腕が自身の後ろから視界に入ってきた。
「アラカイか?すまない、すこし、はなれて、くれ。」
上田がこの地に来てから、目にした女性はアラカイのみであった。
後ろの人物がアラカイかはわからないが、とりあえずで頼んだ。
しかし、話しても、腕の動きは変わらなかった。もう一度頼もうとした上田の視界にアラカイの腕から先にある肩や胸、首が入ったとき、上田は言葉を失った。
あの植物で作ったさらしもなく、首から上は靄がかかったように見えなかったからだ。
「おい、何なんだ、これは……!」
上田の戸惑いをよそに、今度は背中に二つの柔らかい感触の物があたった。
それに視界の隅にいた二人もこちらに向かってきていた。二人とも上田に近づきながら、しゃがみこんでいく。
その二人の上半身も上田の視界に入ってきた、二人もさらしは身に着けてはいなかった。
異常事態に遭いながらも、上田は歩みを進めた。そうしていく中で上田の筋肉には着実に疲労がたまっていった。
「まずい……。早くしないと、しかし、このままだと……引っかかる!」
目の前に広がる光景、そして自身に走る感覚。上田のコンプレックスが立ち上がっていた。
ここは、もはや現実世界ではなかった。
「そういう……ことか……!枝と地面で引かれた境界。そしてその間の空間。日本に伝わったキリスト教、それを信仰していたキリシタンが持っていた概念のリンボ、そのものだ! 地獄と天国、あの世とこの世、どこでもない曖昧な空間を象形的に作り出す。リンボーダンスは持ち運べる結界術の道具だったとでもいうのか!そしてこの空間に一度入り、また出ることで、肉体は疑似的に転生を果たし、作られた輪廻から脱するのか。 しかし……、もう……限界だ。」
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