第32章 追い求めた真実の眼差し

 最初から全て、仕組まれていた。恭一が遺物と接触し呪いを受けることも、この世界へ来ることも、一人の女性を愛することも。全てが、仕組まれていた事だとしたら?


原初エバは何も語るつもりはないのでしょう。ですが、僕は貴方のことを知っていましたよ」


「…」


源氏恭一みなもとうじきょういち、7月7日生まれの蟹座。京都の名家、源氏家の長男として、跡取りになるための厳しい教育を幼少の頃から受けてきた。18年前、日本を襲った大災害により負傷し、昏睡状態で発見された。そばにいた運転手と桜小路さくらこうじ家の長女、桜小路咲さくらこうじさきは死亡。生還した貴方は、この世のものではない存在を感知するようになり、主治医からは事故による後遺症であると結論づけた」


「…」


家の者以外は決して知らない事実も含めた情報がらうの口から明らかにされる。


「おっと、ここにはもう一つ事実がありました。大災害を引き起こした元凶と接触した死にかけの貴方は、その者と、ある誓約を結びました」


「誓、約…なんて…」


そんなもの結んだ覚えなどない。恭一は体の奥底から侵食していく何かに飲まれながらも、声を出そうとしたが届かない。


「一なる者との誓約は、貴方の魂が続く限り、原初エバの奴隷を意味します。古代アトランティスの王族と選ばれた賢者が誓約を結び、長きに渡る繁栄の代わりに、彼らはその呪縛から解放されない末路を辿った。貴方は、命を再び肉体へ戻される代わりに、その身に宿されたんです。…まさに、再び原初エバに接触した時に発動する時限爆弾を」


「っ…時限、爆弾…?」


「貴方がどうして、今まで見えなかったものが見えたり、それに対処できる霊力を得て、この事象に関する全てを追い求めようとしたのでしょうか。名門の一族の当主になることのできる道もあったのに、混沌を求めた、強さを求めた、天使と悪魔の存在の意味も!貴方の心の底にあった殺意と闘争の衝動のままに、探し求めた結果、貴方は、たどり着いた」


再び、あの者のところへ。


らうの最後の一言で、恭一の頭の中で再び、人間の切り落とされた腕がフラッシュバックされる。そして、再び映し出された真実とともに、あの声が、影を落とした姿と共に再生された。



『私たちは、再び逢うことになるだろう』


差し出された手が、恭一の上の瓦礫を取り除き、次の記憶で、恭一はその者の腕に抱かれ、何処かへ連れて行かれた。濡れた赤い血に染まった体に、恭一の顔にかかるその者の髪の先には、燃え盛る炎が迫っていた。


『これは…呪いだ…いつかまた逢えた時…私の悲願は達成されるだろう』


『それまで、生きろ』


ハッと現実に引き戻された時、今まで分からなかったその者の顔が一瞬だけ、はっきりと認識できた。遠い炎の光に照らされ、見えたその顔は___



「アイテル…」


「君は利用されていたんだよ。あの時、君はもう既に呪いを受けた。原初エバの器なら、切り落とされた部位を修復することなんて造作もない。真王アイテルは、あの時達成されなかった事を再び実現させようとしている。あの時全てを滅ぼしきれなかった彼女は、自分の力を君に移し、育てた。そして、いつか自分の残した遺物と接触させることで再び蓄えた力を目覚めさせ、あの時のような災厄を世界にばら撒こうとしてるんだ!」


_『騙されるな、恭一!』


ラミエルの声は恭一に届くことはなかった。らうの言葉の全てに偽りが含んでいる事を天使はわかっていたが、既に呪いに飲まれ、その憎しみに囚われた彼には、判断する理性が残っていなかった。


_『恭一…!ねぇ!ちょっと、冗談じゃないですよ…!』


「…アイテル…が…」


『私、間違っても、いきなりお国をまるごと焼いたりしません。虐殺なんてしません。原初エバにかけて誓います』


 アイテルの言葉、ふと振り返って向けられた微笑み、優しくいつも自分を抱きしめてきた肌が、嘘かまことか。信じようとしたもの、ようやく愛しめた存在が、あの日の炎の中に焼かれていくかのよう。

咲は彼女を殺そうとしていた。あれはもう知っている咲ではないことはわかっていたが、自分にいつも忠実であった彼女の行動の全てに合点がいってしまった。


 アイテルが恭一の呪いを共に引き受けた理由も。彼女は自分の力を自分に戻すために、恭一と繋がっていた。


自分は、良いように使われていた。最初から。全て。今までの人生も全て、原初エバの元に、操られていたものだったのだと。




「それが、真実です。貴方達は強く惹かれるようにされていた。あの日から既に、原初エバによって計画された、滅亡のシナリオに踊らされていたんですよ。再び出会い、貴方達の中の呪いが発動する時、天使は滅亡の音を鳴らすでしょう。生命は原初エバの憎悪と怒りに燃える」


らうはヒトとしての理性を失い始め、憎しみに瞳は赤く染まる恭一の顔を顎から持ち上げて、彼に囁く。その瞳には、怪物としての化けの皮を剥がし、妖艶に赤い光が宿る。


「だから、アイテルには死んでもらわないといけないんです。…お分かりでしょう?ですが、僕のような一般人には、彼女を殺しきることができません」


__『ふざけた戯言ばっかり並べやがって…』


天使はらうの言動に白々しいと怒りを露わにしていたが、らうの事を止めることはできなかった。


「…貴方が、手を下すんです。エバの一部をその身に宿した貴方なら、器を完全に破壊し、エバの干渉を、この世界から一時的にですが、遠ざけることができます。世界の滅亡は免れる。そして貴方も、その呪いから救われるんですよ。悪いお話じゃ、ないでしょう?」


「…」


「貴方自身に課せられた運命は、貴方にしか決められないものです。このまま貴方は、世界が終わり、永遠に魂が縛られる事を望むのでしょうか?違いますよねぇ?」


「…」


『私がついています。貴方には、私が』


 アイテルの言葉が、まだ引き返せると恭一を止めようとしたが、屈辱を味わった彼の耳にはもう、耳障りな雑音でしかなかった。


「さぁ、決断しましょう。恭一さん。貴方の愛が、憎しみを超えてしまう前に」


__『恭一‼︎私の声を聞きなさい!きょう…』


ラミエルの不確かな存在が掻き消され、恭一の認識から遮断された。彼は再び、剣の切先のような目を開け、赤く血に染まった瞳を露わにする。


「…アイテル…」


 恭一を依代に、呪いがますます力を増していくのを見たらうは満足そうな笑みを一人浮かべて、彼を拘束する鎖を、指を一回鳴らして解放する。



「さあ、行きましょうか。貴方を騙した女の所へ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る