第31章 呪いも縁も、どこまでも
___背教と堕落の犯罪大国ソドム。天使の降らせた酸の雨で一夜にして滅ぼされたとされる罪の地にて、とある場所へ辿り着いていた。
ジュドーは道中、ワラワラとやって来た雇われの刺客達に、向こうからやってきてくれて助かったと心のない感謝をしていた。
「…のはいいが、厄介なのが居やがるぜ…」
隠れ家に続く地下通路の先、その入り口付近と思われる場所はもやのような霧があり、その中にいる何かにハルクマンは険しい顔で見つめている。
それを横から、ジュドーが背中の後ろで手を組みながら呟いた。
「
「あー俺ダメだ。マジでダメ」
ハルクマンが霧の向こうに対して背を向けて拒否する様子に、ジュドーはハルクマンの目に誰が映っているのか察し、全くこいつはと同情も何もない目でハルクマンを追いながら口を開く。
「当ててやろう。奥方だな」
「お前ってほんと性格悪い」
故郷を侵略された際に亡くした妻の姿と声が自分を呼び続けている。
自分にしか認識できない事象に、ハルクマンは耳を塞ぎたくなるも、男のプライドがそれを許さず、目を背けることしか出来なかった。
「いちいち死人に引っ張られてどうする。偽物と分かっているなら尚更」
「てめぇよ、あれがアイテルに見えても殺れんのか??"ジュド~お腹空いたわ~ひもじくて死にそうなの、こっちに来て~"って手ぇ振ってニコニコしてるのが見えても、殺れんのかって」
「アイテル様と偽物の識別が、出来ないとでも?」
黒い笑顔でジュドーが答えるところから、彼が見えているのはどうやらアイテルではないらしいことを察したハルクマンは、「殺れんのかって聞いてんだよ」と追求すると、「ったりめーだろ、秒で見分けられるわ。むしろ我が主君を完コピするなど不可能。俺を欺こうとする魂胆が許せねぇ」とジュドーは口汚く返した。
完全に本物を模倣する怪物の姿とどう見分けてるのか、ハルクマンに疑問が残った。
「ったく、時間の無駄だ。ここは俺が片付け………」
前に出てジュドーが対処しようとした時、ふと背後から飛び出してきた大きな気配が近づくことに気がついた。飛び出していく前に、首の後ろの襟を掴んで、片手で留めた。
「うぉぉぉぉぉぉ若ぁぁぁーーー‼‼そんなところで何を!!?今そちらに向かいますっっっ‼」
「話聞いてたのかでくの坊ゴリラ」
身の丈や体つきは弁慶の方が上回るものの、片手で飛び出して行こうとする彼を片手で止めたジュドーは、イラッとした表情で何も把握していない弁慶を後ろに投げるように引き戻した。
「じゅ、ジュドーさん‼何するんですか‼若が俺の事を呼んでるんです‼しかも、これまで向けられたこともない慈愛に満ちた満面の笑顔で、こっちに来いって俺に命じてるんです‼」
「バカか…一番偽物と判別しやすいじゃねーか」
「なんか見てみたい気もすんな…」
そもそもこの場にいるわけがないのに本物と疑わない弁慶にジュドーはつっこみ、ハルクマンは、あの無愛想な恭一が爽やかに笑うところが想像できず、むしろ怖いなと感じる。
「貴様、本当に諜報の人間なのか?弾除けしか出来ねぇバカゴリラにしか思えないのだが」
「すいません‼自分、昔から不器用なもんで‼出来ることと言えば、若の身の回りのお世話や後方支援、若の機嫌が悪い時やトレーニングの際のサンドバッグ代わりになるぐらいで…」
「なるほど、頑丈なのが取り柄のバカゴリラということだけは分かった」
「そこまでボロクソ言うことねーだろ。さっきだって、こいつの機転でなんとか突破出来たようなもんだし」
「機転というより、ただ雄叫び上げながら勢いで突っ込んでっただけだろ…」
それでも、手練れの刺客相手にかすり傷程度で済んでるような弁慶の耐久力にジュドーは内心感心しながらも、邪魅を対処するために前へ進む。
邪魅の対処は単純なものだ。化けている姿に惑わされないこと。その者が最も逢いたいと望む存在だとしても。
ジュドーの目には誰が映っていたのであろうか。眉間のシワが緩まり、表情は変えずじっとその霧の先を見つめた後、ジュドーは邪魅の本体に腕に仕込んだ刃を突き刺した。
そこから上がる悲鳴にも似た鳴き声の絶叫と共に、徐々に霧は晴れて、二人は耳を塞ぎながら現れるジュドーの背中を見つけた。
「行くぞ」
「…おう」
ジュドーは二人に来いと合図をすると、その先にあった扉に手を掛けて中へ侵入した。
中は電光のランプで照らされた暗く窓のない部屋だった。机と椅子が幾つか真ん中に配置されており、周りは整頓されて並べられたファイルや書類の棚が陳列しており、先ほどまで誰かが何かしていたような痕も残されている。
「隠れ家ってより、書庫って感じだな。なんでクーロンの中じゃなくて、ソドムなんだ?」
「
「え?ここまで来て暗号かよ!これ全部見て回る時間ねーぞ??」
ジュドーが適当な棚のファイルをめくって確かめ、ここに入られても中身が分からないように暗号化されていることを知る。しかし、弁慶はファイルを眺めた。そして、ある陳列のファイルを見るとハッとして手に取り、中身を見て、暗号がなくても分かるものを見つけた。
「ジュドーさん、これ、見て貰えますか?」
「どうした?」
「なんやこの辺りのファイルは、他と違って新しめなものばっかだったんで見てみたら、これが」
「…アイテル様…?」
手渡されたファイルの中には、いくつものアングルから撮られたアイテルの写真がファイリングされている事に、ジュドーは眉間のシワが深くなった。
アイテルは真王になってから普段城から公の場に出ることはない。時々お忍びで脱け出している事もジュドーは知っていたが、そういう場面ではなく、城の中にいるプライベートな場面や公務の時まで。
もっと言えば、今より昔のアイテルの姿のものもあったりしたことに、苛立ちが強まる。いつから、アクロポリスの中にまで根を張っていたのだろうか。
「こっちには、若の写真が…元の世界にいた時のものが大半…。ずっと前から若は、マークされてたと言うことか…?」
「…最初に遺物に関わったのは、任務の最中だったんだろうな?」
「はい。この件は別の方に依頼されて。若も俺も、こうなるまで中身の事まで知らなかったんです」
「別の方って誰だ?お前らの上司の名前は?」
「それはちょっと…」
「なあ、これ見てみろよ。二人の写真よりヤバそうなもんがあった」
弁慶とジュドーの会話は遮られ、ハルクマンは机に散乱していた書類の下にあったファイルを見つけ、その中の内容を二人に見せる。
「…大いなる者よ、この目に触れることを許したまえ」
ジュドーの口から一言漏れたその言葉の先、暗号化された文章の中に貼られた一枚の写真に、遺物の姿はあった。
そしてジュドーはこの時、ようやく気がついた。この遺物を巡る全ての全容。憎しみを左右する遺物の本当の作用と、
「すぐに戻るぞ」
そのファイルを手に取り、他の物にはもう用はないと言い捨て出口に向かうジュドーに、ハルクマンは一度呼び止めた。
「おいおい、また一人で突っ走る気かよ。なんか分かったんなら教えろよ」
「既にはめられた。もはや、
「は?」
「えっ…どういう事ですか‼」
ジュドーのそのはっきりとした物言いに、二人は困惑して状況も何も掴めずにいると、ジュドーはファイルを強く握りしめながら振り向いた。
「これは全て偶然ではない。恭一が呪いを貰うことは決まっていたか、既に受けていたのだろう」
「何を言ってるんです!?」
「ジュドー、ちょっと話が飛びすぎてわけわかんねーんだけど」
「何も知るな。戻って
踵を強くならし、ジュドーは道を急ぐ。その脳裏には、黒い空、赤い炎、赤い血に染まった血の海に立つ、一人の後ろ姿を思い起こしていた。
そして、ファイルの中にあった写真。多くの争いの末に、残酷な死を遂げた人間だった肉塊の中に一緒に映っていた、あの細長く綺麗な肌をした唯一、人と言える腕を。
_____
「貴方は、どうして天使と悪魔の存在を証明したかったのでしょう?その為に、我々の世界に足を突っ込んできたのか…」
「俺の事より、君の動機から話して貰いたいんだけど?」
「…動機ですか?」
恭一の目の前の素朴な顔立ちをした彼は、恭一の顎を撫でるように掴んで微笑んだ後、ゆっくりと手を放して恭一に告げた。
「僕の目的のために、アイテル様には確実に死んでもらうこと、ですかね?」
「それと俺とどう関係があるの?」
「言ったでしょう?貴方は生贄なんです。要は、釣りエサと同じ。貴方は、アイテル様を釣るためのエサなんですよ。最初からね」
この世界に来る前、肩を撃ち抜き告げた時と同じように、貴方は生贄だと言った
「どういう事?意味がさっぱりなんだけど」
「分からないかな?じゃあ、もっと簡単に言いますね。貴方は最初から、アイテル様に惹かれるようにプログラムされていると思ってください」
今度はスラッと告げられた言葉にも、恭一は何をバカなことを言っているのかと彼を睨んだが、彼もまたこう告げた。
「そしてアイテル様も、貴方に惹かれるようにプログラムされている。貴方達はそんな間柄になるように仕組まれていたんですよ。…以前、貴方の前に現れた、
ドクンッと恭一の心臓が大きく鼓動を打ち、視界は血が滲むように景色が染まり始める。
呪いが恭一を飲み込もうと徐々に近づく中で、
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