第48話 ドラゴン討伐へ

「ありがとう、ソラス」


リーゼロッテに続き、俺もソラスに感謝を伝える。


「キュウ!」


ソラスは人懐っこい声でさえずる。


「ところで、あの吸血鬼は今後こそ倒せたのでしょうか?」


「どうだろうな。一応確かめておくか」


俺は吸血鬼が消えた場所まで歩いていき、地面を調べてみる。そこには深紅に染まった宝石のような玉が落ちていた。


「これはなんですの?」


「おそらく吸血鬼が持っていた核だと思う。吸血鬼は心臓ではなく、血液が結晶化したものを体内に隠し持っているからな。これを飲んだ者は不老不死になる事ができるぞ」


「凄いですわね。それをリオンさんはどうしますの?」


「リゼ、欲しいか?」


「どうでしょう? 不老不死に対する憧れはありますけど……同時に恐怖心もありますわ。そういうリオンさんはどうですの?」


「俺は別に恐怖心はない。邪悪な存在と戦い続け、世界の行く末を見る事ができるのは不死者の特権だからな。それに、不老不死といっても寿命で死ななくなるだけだ。何者かの凶刃によって心臓を貫かれればあっさり死んでしまうぞ。吸血鬼の核を飲んでも吸血鬼にはならないからな。吸血鬼のような存在になるためには基本的に吸血鬼の眷属になるしかない」


「なるほど。でも、私が飲んでしまって良いんですの? リオンさんも不老不死になりたい動機はあるのでしょう?」


「構わないさ。俺はもう既に吸血鬼の核を飲んだ事があるからな」


「そうでしたのね。ではいただきますわ」


リーゼロッテは俺から紅い球体を受け取る。それを口に入れると水筒を取りだし、中に入っている水とともに飲み込んだ。


「ゴクゴク。ふぅ」


「気分はどうだ?」


「なんだか少し体温が高くなっているような? でもそれだけですわ」


「身体が不老不死になるために変化している証拠だ。1ヶ月もすれば不老不死化が完全に進行すると思う」


「もっと急激に身体が変化するものだと思っていたのですけれど、違うのですね。なんだか拍子抜けしましたわ」


「まぁ、すぐに変化が現れるようなら肉体が耐えられないからな」


「そういう事ですのね」


「さて、吸血鬼も倒した事だし、村の住民たちにその事を伝えよう」


俺たちは教会を後にして村の中心部へと向かう。目的地は村の集会所だ。道中にはたくさんのコウモリが転がっていた。


全て神父に憑依していた吸血鬼の眷属たちだ。大半は既に死に絶えていたものの、まだ息がある個体もいる。


しかし、村では未だにニンニクの強い匂いが充満しているためまともに動く事ができないようだ。


俺とリーゼロッテは息のある個体にトドメを刺しながら村を歩いていく。


目的地の集会所にはいくつものバリケードが設置されており簡易的な要塞のようになっていた。


「リオンさん、遂に来たか」


入り口にあるバリケードを押しのけてヴァルガスが姿を現す。


「ああ、神父にとり憑いていた吸血鬼は討伐した。これで彼の魂も解放された事だろう」


「本当か!? 良かった、これで神父様も救われる」


ヴァルガスは膝から崩れ落ちて両手を合わせ、祈りのポーズをとる。吸血鬼討伐前に知った事だが、ヴァルガスとロヴィーノ神父はそれなりに親しい中だったらしい。


彼にロヴィーノ神父が吸血鬼に憑依されている事を伝えたさいには激しく動揺していた。


「コウモリ型の眷属はどうなった? 見たところ、ヴァルガスたちが大方倒したようだが」


「あらかた倒したさ。生き残りはいるものの、門兵や猟師の連中が追い討ちをかけているから時期に全滅するだろう」


「そうか。それなら安心だな。ただ、まだどこかに力のある吸血鬼が潜んでいるかもしれないし、村には瘴気が漂っている。なるべく早く教会の者を連れてきた方が良いだろう」


教会所属の祓魔師や聖職者であれば潜んでいる悪魔の討伐や瘴気の浄化などを無償で行ってくれる。


「そう考えて、既に近くの町に住む教会に使者を派遣した。俺も村長として今後の村の復興に尽力するつもりだよ」


「頼もしいな」


「いやいや。あんたの方が頼もしいさ。この村を蝕んでいた少血病の原因を除去してくれたのはあなただからな。そうだ。そろそろ集会所の中に入ってくれ。村人たちがお2人に感謝を伝えたがっている」


ヴァルガスの言われた通りに俺たちは集会所の中へと入る。中では村人全員が集まっており、俺とリーゼロッテは彼らから歓迎された。



◆◆◆◆◆◆



エルプティオ村の吸血鬼騒動から数日後、俺とリーゼロッテは遂にラグナロクドラゴン討伐に向かう事に決めた。


「「「「「「リオン様、リーゼロッテ様、行ってらっしゃいませ!!!!!」」」」」


俺たちを村人が総出で送りだす。ここ数日、俺たちはいつもこんな感じで村人たちから扱われている。英雄になった気分だ。


「じゃあ行くぞ。俺についてこい」


登山用の荷物を背負ったヴァルガスに声をかけられる。彼はこの村の村長という立場でありながら、俺たちをラグナロクドラゴンの巣へと案内してくれるらしい。


まさに至れり尽くせりだな。こうして俺はリーゼロッテとともに、ヴァルガスの後に続いた。


エルプティオ村を出発して険しい山道を歩いていると、山の地形が変化していく。


岩肌から白っぽい煙と卵の腐ったような臭いがあちらこちらから噴出している。


「酷い臭いですわね。目と痛くなってきましたわ」


リーゼロッテは眉をしかめる。


「この煙と臭いは硫黄によるものだ。こんな所で音を上げるようじゃ、ラグナロクドラゴンの生息地までたどり着けないぞ。ラグナロクドラゴンは濃い濃度の硫黄がにじみ出てるような場所を巣にしている」


「硫黄か。人体に有害だし、目や鼻をやられたままラグナロクドラゴンと戦うのはなってしまうのはきついな。エア・ウォッシング・エリア」


俺は魔法によって自分とリーゼロッテ、ヴァルガス周辺の空気を浄化していく。


「おいおい、これからラグナロクドラゴンを討伐するってのに、魔法を使っちまって良いのかよ」


「構わないさ。俺は魔力量には自信がある」


「そうかい。オリハルコン級への昇格を期待されるような人間が規格外の魔力を持っていても不思議ではないか。まあ、俺としても不快な臭いを嗅がなくて済むから助かるよ」


ヴァルガスはそう言うと大きめの足を使って段差を飛び越えた。



◆◆◆◆◆◆




それから数時間後――ついに俺たちは目的の場所へ到着した。


「よし、やっとヴェスブラウ火山の山頂にたどり着いたぞ」


「こ……これは……」


目の前に広がる光景を見て、思わず息を飲む。そこは巨大な噴火口だった。直径数キロはあるだろうか? 噴火口の中には大量のマグマが湧き出ており、山の麓に向かって流れている。


「かつてこの地で起きた大噴火によってこの噴火口は形成されたと言われている。噴火の際に発生した溶岩流や火山灰によって多くの人々が亡くなったらしい」


「凄まじいものだったんだろうな……」


「おや、流石にオリハルコン級へ昇格できるかもしれないあんたも少し怖気付いたか?」


「そりゃあ、人間ではどうする事もできない災害だし」


「確かにな。おっ、あれを見てくれ」


ヴァルガスが指差す先に目を向ける。するとそこには……小さな鳥のようなものが飛んでいた。よく見ると、それは赤い皮膚をした小さなドラゴンだった。


大きさはソラスほど――つまり、大きめのカラス程度だろうか。


「あのミニドラゴンは一体何ですの?」


「ラグナロクドラゴンだ」


「えっ! あの小さなドラゴンが!? 信じられませんわ!」


「そうだ。まあ、あれは幼体だから気にしなくて良い」


「それはどういう意味だ?」


「文字通り、あれは子供のドラゴンだと言っている。ラグナロクドラゴンは基本的に幼体として生涯を終える生き物なんだが、幼体の時は大した脅威にならないから放置しても問題ないんだ」


「幼体で生涯を終える? それだと繁殖できないんじゃないか?」


「普通の魔物ならそうなんだが、ラグナロクドラゴンは魔法によって自分のコピーを作る事によって繁殖する事ができるから幼体でも問題なく数を増やせるようだ」


「それは知らなかった。面白い生態だな。所で、ヴァルガスは先ほどあれは幼体だから気にしなくて良いと言っていたが、つまり、成体も存在しているのか?」


「ああ。基本的には幼体のままで生涯を終えるラグナロクドラゴンだが、何らかの要因で大量の魔力を浴びたりすると巨大化して成体へと成長してしまうことがある。そうなるととても厄介でヴェスブラウ火山周辺の町や村を襲うようになってしまうんだ。今も成体のラグナロクドラゴンが目撃されている。今の所人が襲われたという報告はないが、時間の問題だろう」


「成る程。それで討伐対象になったって訳か」


「そういうことだ。成体のラグナロクドラゴンを見つける前に作戦会議でもしたらどうだ? お前さん方でも楽に倒せる存在ではないと思うぞ」

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