第46話 悪魔の正体
「『サイレンス・シールド』」
俺は神父に借りた部屋に入ると、音が部屋の外に漏れないよう魔法をかけた。そして円の描かれた大きめの紙を取りだすと、そこにいくつもの幾何学模様や古代文字を書き込んでいく。
いわゆる魔法陣というやつだ。
「これからなにをしますの?」
「居酒屋で貰って来た薬の成分を調べるつもりだ」
「もしかして、リオンさんは神父様が何かを企んでいると思っています?」
「もちろん」
俺は魔法陣の上に緑色の丸薬を置く。そして魔法を発動させる。すると、俺の脳内に薬に関する情報が流れ込んできた。
「ふむ。効能は血行促進や骨髄での血液生産量の増加か。危惧していた毒性はないみたいだ。但し、それなりに中毒性は高いし、体内時計が乱れる効果もあるな。薬物依存に陥った場合にはどんな手段を使ってでも薬を手に入れようとする輩が現れてもおかしくはない上に、何度も服用しているうちに生活リズムも崩れていきそうだ」
「それはあくまで薬の副作用というだけで、神父さんが意図して中毒性の高い薬を作ったわけではないのかもしれませんわ」
「確かにその可能性はある。だが、この村に巣くっているであろう悪魔の性格を考えると、村人を何かしらの方法で洗脳しようと考えていてもおかしくはないんだよな」
コツン! コツン!
音がしたので窓を見ると、外で茶色い羽の鳥が窓をくちばしで叩いていた。
「ソラスが帰ってきましたわ」
リーゼロッテが窓を開けると、ソラスが部屋の中に入ってくる。
「キュイッ!」
「村の中を飛び回っていたみたいだが、なにか有力な情報を掴めたのか?」
「キュウッ!」
ソラスは鳴き声をあげる。すると、彼女の瞳が輝き始めた。次の瞬間には俺たちは村の上空に浮かびながら移動していた。
「これは一体?」
「安心しろ。これはソラスが見せている幻覚だ。本当に空を飛んでいるわけではないぞ。試しにその場から左に三歩歩いてみろ。部屋の壁にぶつかるはずだ」
「一歩、二歩、三……」
ゴツンッ!
「痛たたた……」
どうやら彼女は盛大に身体を屋敷の壁にぶつけてしまったようだ。
「なんでもっと慎重に動かないんだ……」
「だって、壁があるように見えないんですもの」
「キュッ!」
ソラスが鳴き声をあげながら片方の翼を伸ばす。どうやら、俺たちはソラスが羽を伸ばした方向に移動しているようだ。
しばらくの間空中を移動していると、やがて村を歩いている一人の男が視界に入って来る。
「あの後ろ姿は神父だな」
俺たちは神父の後ろを上空から追う。やがて、神父はとある一軒家の前で止まる。そして誰かが見ていないか警戒するように周りを見回すと、一軒家の扉に向けて魔法を唱えた。
神父がドアノブを掴むと、扉はあっさりと開く。彼はそのまま一軒家へと侵入していった。
「なにをしようとしているのか気になりますわね」
俺たちは一軒家の周りをぐるぐる回っていく。これはソラスが見せている幻覚なので、厳密にはぐるぐる回っているのではなく、ソラスが見た景色を見ているだけだが。
窓から家の様子を伺おうとしたが、神父の姿が窓に映ることはなかった。どうやら彼はかなり用心深いようだ。
しばらくすると神父は一軒家からでてくる。そして次々と色々な建物に侵入していった。
ソラスは何とかして窓から様子を眺めたり、建物に侵入する事で神父がなにをしているのか突き止めようとしたようだが、上手くいっていない。
やがて村を1周すると神父は教会へと戻っていった。
「他人の建物へ勝手に入り込むなんて神父さんは異常ですわ。ただ、彼がなにをやっているのかソラスの記憶からははっきりと分からないのが残念です」
「はっきりとは分からないが、俺は今ので神父が何をしていたのか分かったぞ」
「えっ? 今ので?」
「ああ。おそらく彼は村人を襲って吸血していたんだと思う。おかしいと思っていたんだよ。リゼ、少血病の症状を覚えているか?」
「確か、貧血のような症状が現れるのですよね」
「そうだ。奇妙じゃないか? 少血病は寝ている時に発症するのなら、ヴァルガスや酒場の給仕は寝ている時に貧血にならなければならない。それなのに、彼らは起きてからしばらくの間動けていた」
「言われてみれば変ですわね」
「普通に考えたらな。ただな、蚊は人の血を吸う時に人の体内に自分の唾液を注入するそうだ。これがかゆみの原因になる。血液に唾液を混ぜると自分の体内に人の血液を取り込んでも人の血液が固まらなくなるらしい」
「血を吸う悪魔。つまり、この村に潜んでいる悪魔の正体は吸血鬼……」
「おそらくな。吸血鬼の体液には瀕死であったり病弱な者が活発に動けるようにする効果があるんだ。リゼ、これから村中に潜んでいるであろう悪魔たちを無力化していくぞ。その後に悪魔たちの親玉である神父のところに行こう」
そう言いつつ、俺は魔法の袋から大量のニンニクを取りだした。
◆◆◆◆◆◆
村中から焼いたニンニクの香りが立ちこめる中、俺とリーゼロッテは教会の扉を開く。
教会内はがらんとしており、ロヴィーノ神父が祭壇の前で祈りを捧げていた。祭壇には神の栄光を称える文言と聖者の像が置かれている。
神父はこちらを振り向かず、祈りを続けた状態で話しかけてくる。
「やってくれましたね。オリハルコン級へ昇格できるだけの実力があるとはいえ、ただの冒険者にすぎないのだから誤魔化せると思っていたのですが」
「悪いな。俺は祓魔師崩れだから一般的な魔物より、お前たちを相手にする方が得意なんだ」
「そういうことでしたか。油断しなければ良かった」
「今更そんなことを言ってももう遅い。俺たちは村中でニンニクを焼いている。村に潜んでいた下級の吸血鬼たちは全員ニンニクの匂いにやられて行動不能になっているぞ。ヴァルガスたちを始めとする戦士たちには奴らの討伐を任せてある。お前も観念しろ」
「少し聞きたいのですが。いつから私の正体に気がついていたんでしょう?」
「あんたが神父に憑依した悪魔だと確信したのは村中の建物に侵入している様子を見てからだが、最初に会った時から違和感はあったよ。基本的に神父であれば俺の装備を見れば祓魔師崩れだと分かるはずなのに、何も言ってこなかったからだ」
安楽亭のカストルのように祓魔師になれなかった人間でさえ浄化の指輪や分離の首輪などの装備を知っているのに、辺境であるとはいえ神父がそういった祓魔師の装備を知らないのは不自然極まりない。
「悪魔は人間に憑依するさい、憑依した人間の記憶を取り込む。だが、時折憑依した際に憑依した人間の記憶と自分の記憶を失ってしまうことがある。お前はおそらくそう言った状態なんだろ?」
「ええ、その通りですとも。しかしながら、私は自分の目的だけは忘れませんでした。この村を眷属とともに支配し、吸血用の人間を飼育するという目的を。少血病に効くという薬を村人たちに投与したのも計画の一環です。もう少ししたら薬の中により強い依存作用のある成分を混ぜることで村人たちを私に依存させるつもりでした」
「やはりか。だが、もうお前の眷属たちは無力化されている。大人しく俺たちに討伐されろ」
おもむろに神父は立ち上がり、こちらへと身体の前面を向けた。神父の顔は死人のように青白く、頭には2本の黒い角が生えている。背中にはコウモリのような翼がはためいていた。
「そういうわけにはいきません……よ!」
神父は人間離れした速度でこちらに飛びかかってくる。いや、もしかして狙いはリーゼロッテか!?
「リゼ!」
「アイスバリア!」
俺の掛け声に合わせてリーゼロッテは氷の障壁を作り出す。神父――いや吸血鬼ロヴィーノはその氷壁に向けて腕を叩きつける。
氷に大きなヒビが入るも、殴打を防ぐことには成功する。見ると、吸血鬼の手には鋭いかぎ爪のようなものがついていた。今の攻撃をもろに食らってしまったらひとたまりもないな。
「ふん。今のを防ぐとはやりますね」
「今度はこっちの番だ。ホーリーライトニング」
聖なる属性を帯びた雷が吸血鬼を襲う。
「ぐぅッ!」
吸血鬼は少し苦しむような動作をするも、すぐに動きを取り戻し、今度は俺へと接近してくる。振りかぶられたかぎ爪を俺はショートソードで受け止める。
「聖属性魔法に耐性があるのは神父に憑依したおかげか?」
「そうですよ。こいつに憑依するのは苦労しましたし、自分の記憶も少し失ってしまいました。しかし、その代わりに聖属性に対する耐性を得ることができました。悪魔なのにも関わらずにね! ブラッディ・スピア!」
空中に深紅の槍が形成され俺に向かって飛んでくる。かぎ爪を抑えるのに手一杯で両手は使えない。魔法でも使うか。
「私にお任せを! アイスウォール!」
氷の壁に阻まれて深紅の槍は消滅していく。ふぅ。防戦一方になりかねない状況だったが、リゼのおかげで俺にも反撃のチャンスが生まれたぞ。
「助かったぞリゼ。焼夷」
燃焼性の高い油と高温の炎が混ざり合って吸血鬼を焼き焦がす。肉が燃えるような匂いが教会内を満たしていく。吸血鬼は俺から距離を取ったが、あまり効いているようには見えない。
「ククク。痛いじゃないですか」
「噓をつくな。吸血鬼に痛覚はないだろ」
「なんだお見通しですか。せっかく強がっている振りをしてあげたというのに。悪魔の知識がある祓魔師は嫌いです。眷属召喚」
床に現れた魔法陣から大量のコウモリが出現する。全部低級の吸血鬼だ。
「
聖属性を帯びた魔力の雨が下級吸血鬼の群れに降りかかる。
「アイスアロー」
リーゼロッテが牽制のために氷の矢を放つ。
ロヴィーノはかぎ爪でアイスアローを防いだ。
「ダークバインド」
黒い触手が現れ、俺たちを拘束しようと襲いかかってくる。
「焼夷」
「絶対零度」
俺の放つ魔法によって一部の触手は燃やされ、リーゼロッテの放つ魔法によって残りの触手は凍りつく。
なんとか対処する事ができたものの、俺たちが触手に対応している間にロヴィーノはこちらに近づいてきていた。
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