第45話 酒場での夕食

鍛冶屋をでると、太陽はだいぶ傾いていた。とはいえ、村の中はあまり薄暗くはない。火山から溢れ出るマグマが明かりとなっているからだ。


思っていた以上に長い間鍛冶屋に滞在していたらしい。


「お腹が空いてきましたわ」


「俺もだよ。飯にするか」


「ええ。神父さんのおっしゃっていた酒場に行くとしましょう」


俺たちは村の酒場へと向かう。場所は把握済みだ。酒場はちょうど教会と鍛冶屋の中間点にあった。酒場の扉を開けると、多くの喧騒けんそうと熱気、料理の香りが俺たちを歓迎する。


「結構混み合っていますわね」


「そうだな。小さい村だし、おそらくここは村唯一の飲食店なんだろう。それにしても良い香りがするな。空きっ腹には応える」


「いらっしゃいませー。2名様でよろしいでしょうか?」


茶髪をベリーショートにした女の給仕が接客をしてくる。


「そうだ。席は空いてるか?」


「はい。大丈夫ですよ。ご案内します」


俺たちは店の奥まった部分にある二人用のテーブルへと案内される。周囲には他の客の姿はない。もしかしたら、店員が気を利かせてこの席に案内してくれたのかもしれないな。


近くに村人たちがいると、部外者である俺たちは好奇の目でじろじろ見られてしまうかもしれないからだ。実際に、遠くの方の座席から視線を感じる。


「あんまり長居はしない方が良さそうですわね」


「俺もそう思う。飯を食ったらさっさと帰るとしよう」


念の為、酒も控えた方が良さそうだ。


「こちらメニュー表とお冷になります。お決まりになりましたらベルを鳴らしてください」


「分かりましたわ」


リーゼロッテが返事をすると、給仕は下がっていった。


「さて何を頼もうか」


俺はメニュー表を開く。


「どうせなら、この土地特有の郷土料理が食べたいですわね。こういった火山地帯の村に郷土料理と呼べるものがあるのかは分かりませんけど」


「あるみたいだぞ」


リーゼロッテが見えるようにメニュー表を反転させる。


「火山熱を使ったグリルとか温泉を使ったゆで卵なんかがありますのね。美味しそうですわ」


「俺はラヴァフィッシュのグリルがメインデッシュのコース料理にしようと思う」


「なら、私も同じものを頼みます」


俺はベルを鳴らして注文を行う。リーゼロッテと魔法や異世界に関する話をして待っていると、やがて注文した料理が荷車に乗せられながら運ばれてくる。


注文したラヴァフィッシュは赤い身の魚だった。香草と特殊なソースによって味付けされている。口に運ぶと、身がほぐれてジューシーな食感が舌の上に広がった。


「火山地帯だから美味しいものがあるのか不安だったのですけれど、すごく美味しいですわね。魚だけではなく、ソースもまろやかな味わいがしてとても良いですわ」


「全くだ」


俺たちは夢中でラヴァフィッシュのグリルをほおばる。


コース料理なので他にも様々な料理が運ばれてきたが、どれも火山地帯ならではの調理方法で作られていたり、この辺りでしか採れない食材が使われていたのでとても美味だ。


悪くないディナーだが、遠くからとはいえ、視線を感じながらの食事は楽しみにくい。おまけに、村に入った時のように村人以外からの視線も複数感じた。


そのため、俺たちはさっさと店をでることにした。受付に向かい、会計を済ます。そんな時だった。


「ちょっと、大丈夫!?」


近くから悲鳴に近い、他人を心配する声が聞こえてくる。見ると、先ほど俺たちの接客をしてくれていた茶髪の給仕が倒れこんでおり、別の給仕に支えられていた。


「大丈夫です。休憩中に仮眠を取ってから少し調子が悪かったんですけど、どうやら少血病に罹ってるみたい」


「そう。なら休憩室にあるベッドまで連れていくわ」


別の給仕に支えられながら、茶髪の給仕は店の奥へと姿を消していった。


俺たち以外の客も心配そうにその様子を見ていたが、そこまで重症ではなさそうだと考えたのか、次第に店の喧騒は元通りになっていく。


「すいません。お見苦しい所をお見せしてしまいました」


会計をしてくれた男の従業員が俺たちに謝ってくる。


「それは別に大丈夫なのですけれど、少血病に罹っているあの給仕さんが心配ですわ」


「あ。大丈夫ですよ。村の外の人には信じられないかもしれませんけど、少血病に罹って亡くなる人は滅多にいませんから。たまに貧血の症状が発生して具合が悪くなるだけです。それに、最近はロヴィーノ様が薬を作ってくれますし」


「神父が薬を? それって緑色の丸薬のことか?」


俺はドノヴァンが飲んでいた薬を思い浮かべた。


「はい。別に珍しいことではないでしょう?」


確かに、村や集落などでは神父などの聖職者が医者まがいの活動をしていることはある。但し、基本的に彼らが作る薬は教会が推奨しているものだけだ。あんな緑色の薬はみたことがない。


「なぁ、その薬ってこのお店にもそれなりに備蓄があるんだよな」


「ありますよ。最近は少血病に罹る人が増えているのでその対策です」


「なら、俺に薬を売ってくれ」


「なぜです? あなたたちはロヴィーノ様のお屋敷に泊まっているのでしょう? ご本人様から頂けば良いのでは?」


「彼から買うこともできるが、できればこの村に金を落としたい」


俺は屋敷で行った神父との会話について男の従業員に話した。


「そういうことなら分かりました。今薬を持ってきますね」


男の従業員は近くにあった棚から緑色の丸薬が入ったビンを取りだす。


「いくらだ?」


「銀貨1枚で大丈夫ですよ」


「随分と安いんだな」


「ええ。ロヴィーノ様は聖職者ですからね。あまり金銭的にお金儲けをするのは好まないんですよ」


「そんなんじゃ生活するのが大変そうだ。教会と屋敷の手入れなんかも必要だろうし」


アムナー法国で聖職者が当たり前のように金儲けをしているのとは大違いだな。


「教会やお屋敷に関しては村の税金で賄っているので、管理に関しても村の予算を使っているんだと思います」


「なるほど。それなら神父の財布は痛まないわけか。で、この薬にはどんな効果があるんだ?」


「少血病の症状が現れた時に飲むと少し体調が良くなる効果がありますよ。昔は少血病に罹った時には一週間近く寝込むしかなかったんですけど、ロヴィーノ様が薬を作られるようになってからは数日も経てば元気になるようになりました。まぁ、その分最近は少血病に罹る人が増えてるんですけどね」

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