第44話 買い物と風土病

「この剣は少し長めなので使いにくいですわね」


「そうかい。ならばこの辺りにあるレイピアはどうだ?」


リーゼロッテは店主におすすめされたレイピアに持ち替える。


「確かに、今度のは扱いやすそうです。長さと重量が同じものを何点か見繕ってくださいな。素材はオリハルコン製のものでお願いします。試し斬りをしたいですわ」


「あい分かった。おーい! 客人が試し斬りをしたいそうだから少しの間店をでるぞ!」


店主が叫ぶと、店の奥から「あいよ!」とか「分かりました師匠!」といった返事が聞こえてくる。


どうやら店の奥は工房になっているらしく、店主の部下や弟子たちが鍛冶仕事に精を出しているようだ。


俺たちは店の外にある庭へと移動する。庭といっても植物はほとんど生えていない。代わりにたくさんの丸太が積み上げられていた。


店主は何本かの丸太を持ってくると、地面に垂直になるようにして立たせる。そして魔法を唱えた。


土塊接着クレイ・グルー


すると、丸太と地面は強力な接着剤を使ったかのように固定される。なるほど、土魔法で丸太と地面の接着面を固定したわけか。


「準備はできたぞ。思いっきり斬りつけると良い」


「ええ。ありがとうございます。ではいきますわ」


リーゼロッテはレイピアで丸太を次々に斬りつける。その度に丸太は両断され地面に転がっていった。


「オリハルコンなだけあって、簡単に切断できますわね。残りのレイピアの切れ味を確かめても?」


「少し待っておれ」


こうして、しばらくの間店主が丸太を用意し、リーゼロッテがレイピアで試し斬りをする作業が交互に続いていった。



◆◆◆◆◆◆



「色々なレイピアを試しましたけど、私はこれが気に入りましたわ」


リーゼロッテが手にしているレイピアは先ほど試し斬りをしたものの一つだ。そのレイピアには柄の部分に氷の模様が刻まれている。


「そのレイピアは少し特殊でな。オリハルコンの中に氷結石という鉱石を混ぜ合わせて作ってある。なのでこのレイピアに冷気を流すと一般的なオリハルコンの武器よりも威力がますぞ」


「あら、私は氷魔法が使えるのでありがたいですわ。『アイスソード』」


レイピアの周囲に冷気がまとわりついていく。


「いつも使っているレイピアよりも氷魔法用に練った魔力を流しやすい気がします」


「そうだろう。氷属性と水属性の魔力伝導率が高いのが氷結石の特徴だからな。氷魔法が得意であるのならおすすめだよ」


「では、私はこれを買おうと思いますわ」


「毎度あり。では店に戻ろ……」


突然店主が倒れ込む。


「おい、大丈夫か!」


俺は倒れ込んだ店主を慌てて抱える。


「平気じゃ。だが、気分がすこぶる悪い。すまんが、店まで運んでくれ」



◆◆◆◆◆◆



俺は店主を背負って店の中へと運んでいった。奥にある工房の方に向かうと彼の部下や弟子たちがいたため、彼らの指示のもとで店にあるベッドのところへと店主を連れていく。弟子の1人が持ってきた緑の薬を店主は水とともに飲み込む。


「ぷはぁ。だいぶ落ち着いたわい。運んでくれて助かった。感謝する」


「気にするな。体調が良くなかったのか?」


「朝起きた時から少し貧血気味でな。これはおそらく少血病だろう」


「少血病?」


「この土地特有の風土病だよ。朝起きた時などに貧血状態になってしまう病がこの村では流行っていてね。原因が分かっていないにも関わらず、最近は少血病に罹ってしまう人が増えているんだ」


「奇妙な病ですわね。貧血になる以外の症状はありますの?」


「大したことではないが、この病に罹った者の首筋には必ずと言って良いほど丸い湿疹のようなものが現れる。儂の首筋にもあるはずだ」


俺とリーゼロッテは店主の首元を見やる。確かに彼の首元には虫に刺されたかのような湿疹が何ヶ所かあった。


「少しじっとしててくれ」


ルーペを取りだして湿疹を観察する。よく見ると、湿疹の先端には小さな突起があった。


「なるほど。よく分かったよ」


「うん? お前さんには医学の心得でもあるのか」


「まあ、そんな所さ。少血病の正体が俺の考えている通りなのかはまだ確証がないけどな。機会があれば他の患者の首元も確認してみようと思う」


「そうか。あんたがこの病の原因を解明することを期待しているよ」


「少し尋ねたいことがあるんだが」


「一体どんな話を聞きたい?」


「村のヴァルガスという男が今この村は疑心暗鬼になっていると言っていた。もしかして村の中で少血病が流行っていることと関係があるのか?」


「鋭いことを言うじゃないか。今、この村では誰かが呪いを振り舞いてるせいで少血病に罹る村人が増えているという噂が広まっているんだよ。だから皆ギスギスしているわけだ」


「だから部外者である俺たちを村に入れたくなかったのか」


閉鎖的な村に部外者がいると、村人はそれだけでストレスを感じるものだ。中には、少血病に関わる話を部外者が知ることは村の恥であると考える者もいるだろう。


「ところで、お嬢さんはレイピアを買うんだったな。おい、バリー。レイピアを買いたいそうだから接客をしてくれ」


「はい。ドノヴァンさん。後は任せてください」


気付け薬を持ってきた弟子を通して、リーゼロッテは新たなレイピアを購入した。

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