第4章 辺境の火山村

第39話 透明薬の新しい使い方

俺は安楽亭の自室でとある実験を行おうとしていた。


空間魔法の『ストレージ』にて、等身大の大きな鏡を取りだす。そして鏡の前でとあるマントを頭から被った。


すると、鏡の中の俺はたちまち姿を消してしまう。


「成功だ」


トントン。


「リオンさん、いますの? そろそろ冒険者ギルドに向かわないと、昇格試験の説明を受けられなくなりますわ」


廊下からリーゼロッテの声が聞こえてくる。


「入って良いぞ」


「では失礼します」


リーゼロッテが部屋に入ってくる。


「リオンさん?」


彼女は不思議そうな顔をして部屋をぐるりと見回す。


「おかしいですわね。確かに部屋の中からリオンさんの声が聞こえましたのに」


リーゼロッテは部屋の奥へと進む。


「これは鏡? 随分と大きいですわ」


彼女は鏡の周りをぐるぐる歩く。


「リオンさんの事ですし、鏡に何かしらの細工がしてありそうですわね。例えば、特定の条件下で鏡が声を発するとか。『魔力感知』」


リーゼロッテが鏡をじっと見つめる。


「……おかしいですわね。この鏡には魔力の反応がありませんわ。何かしらの方法で隠蔽いんぺいされている?」


ふむ。鏡に細工があると思い込んでいるせいで、他の可能性には思い至らないか。折角だし驚かせてやろう。


俺は透明化した状態でリーゼロッテの右肩を軽く叩く。途端にリーゼロッテは身体をビクンと震わせてそのまま硬直した。


見ると、彼女は鏡を凝視している。大方、鏡に誰も映っていないにも関わらず、肩を叩かれたために怖くなったのだろう。


「ふ、ふん。分かりましたわ。リオンさんですわね。大方、透明薬を皇帝陛下から購入して早速使ってみたのでしょう?」


間違ってはいないな。だが、俺は透明薬を従来よりも使いやすくしている。


俺は右手をマントからだして空気中でヒラヒラと手を振る。


「その、男性にしては少し細い手には見覚えがありますわ。間違いなくリオンさんですわね。私を怖がらせようとしても無駄ですわよ」


「なんだ、ダメだったか」


俺は諦めてマントを身体から取り去る。


たちまち、俺の身体は鏡に映るようになった。


「やはり、透明薬を使っていましたのね。大方、マントに透明薬を塗りたくったのでしょう?」


「ああ、そうだ」


俺は魔法の袋から透明な液体の入った小瓶を取りだす。


「これが透明薬だよ。これを塗った物はたちまち見えなくなってしまう」


「やはり、凄い発明ですわ。これを不完全とはいえ、開発したスコーラ・ドゥックス村長は天才でしてよ。勿論、実用的なレベルにした鮮血の蝙蝠こうもりたちも悪人ながらやり手だと思いますけど」


「それはそうなんだが、実を言うと、透明薬には大きな欠点があるんだ」


「そうなんですの?」


「ああ。まず1つ目に、透明薬によって透明化させられる素材は限られていてな、下手な素材に透明薬を塗りつけてもすぐに透明化の効果が切れてしまう。例えばなんだが、オリハルコンやアダマンタイト、ミスリルなど、武器や防具に使われる金属の多くが透明薬との相性が悪い。唯一効果の持続する金属が鉄だ」


「鉄……。それは兵士にとっては致命的な欠陥ですわね」


「だろ?」


冒険者や兵士の使う金属製の装備には複数種類の金属を混ぜ合わせて作られた物が多い。


複数の金属を混ぜて合金にした方が斬れ味や耐久力が上昇し、強力な魔物にも対応できるようになるからだ。


普通の鉄製装備にもそれなりの強度はあるものの、合金に比べると耐久力が弱い。


そのため微量にはなるものの、多くの装備にはミスリルなどの金属が混ぜられている。


透明薬との相性が悪いのであれば、兵士は透明になるのと引き換えにして攻撃力と防御力を捨てることになってしまう。


「実際、テューバ邸を襲った賊たちの多くは鉄しか含まれていない装備を使って戦っていたみたいだ」


「金属がだめなら、魔物素材の装備を使えば良さそうなものですけど」


「魔物素材は種類も多く、確かに透明薬との相性が良いものも存在する。ただ、相性の良い魔物素材はどれも入手の難しいものばかりだ。潤沢な資金のあった鮮血の蝙蝠こうもりでも、構成員全員に透明薬を活用できる魔物装備を提供する事はできなかったそうだ。相性の良い魔物素材のリストを皇帝陛下から見せて貰ったが、市場に流通すらしていないものが多かったから、金持ちでも素材を集めるのに苦労すると思う」


「となると、潜入や隠密行動以外ではあまり活躍できそうにありませんわね」


「まあな。ただし、透明薬を塗った鞘や袋を用意して、その中に武器を収めておけば奇襲や暗殺が容易にはなるだろう。夜間の戦いであれば、短時間であったとしても透明になれるメリットは大きい。何しろ、夜は視界が悪いからな」


「使い方次第ですわね。リオンさんの透明にしたマント、戦う時には邪魔になりそうですけど、敵に近づくのが楽になりそうですわ」


「ああ。因みに、このマントは少し特殊でな。見ててくれ」


俺はマントに魔力を流す。すると、たちまち透明なマントが白くなった。


「これは透明薬の効果がきれた? いいえ、違いますわね。魔力を流した事によってマントの状態が変わった?」


「正解だ。このマントの素材は特殊でな。カムフラージュレプトスという魔物の表皮で作られている」


「カムフラージュレプトス?」


「カムフラージュレプトスはトカゲのような姿をした魔物だ。そこまで攻撃力は高くないんだが、特殊な表皮を持っている。環境や食べたものによって表皮の色が変化するんだ。カムフラージュレプトスはその能力を利用して獲物に近づき捕食したり、より上位の捕食者から見つからないようにしている」


「もしかして、その表皮は環境や食べたものによって光の屈折率が変化しているという事ですの?」


「よく分かったな。カムフラージュレプトスは魔力によって表皮の屈折率を変え、それで表皮の色を変えているんだ。まあ、カムフラージュレプトスも全ての色に変化できるわけではなく、表皮についた液体とか、食べ物に含まれている色を表皮の細胞が記憶する事で再びその色を再現できるようになるらしい」


「そういった表皮の能力はマントに加工された状態でも持続するのですよね。つまり」


「ああ。このマントは透明という色を記憶したわけだ。なので今後はマントに一定量の魔力を流すだけでマントを透明にすることができる。透明薬を使わずにな」


「本物の透明マントの誕生ですわね。リオンさんはやっぱり凄いですわ。戦闘だけでなく、魔道具や魔物素材の扱いにも長けているので。それに比べると私は……」


「なに、大丈夫だ。リゼは魔法の適性が高いから、心配しなくても立派な冒険者になれると思うぞ。おまけに、俺の弟子になったんだから普通の冒険者には倒せないような魔物も倒せるようになるはずだ」


「べ、別に自分に自信がないわけではありませんわ。ただ、リオンさんがあまりにも凄いせいで足を引っ張らないか心配になっただけでしてよ」


「なんだ。そんな事を心配していたのか。透明人間騒動の時も頼りになったし、全然足を引っ張ってないぞ。寧ろ頼もしいと思ってるくらいだ」


「それを聞いて少し安心しましたわ。今後も頑張りますわね」


「期待してるぞ。まずないと思うがリゼが冒険者として活動することに失敗したとしても、最悪俺が面倒を見るさ。弟子にした責任としてな」


「リオンさん」


リーゼロッテが目を輝かせる。


「それに、リゼは魔法や剣術以外にも文才があるから、そっち方面でも金を稼げるんじゃないか? 『最近買った男奴隷の精力がハンパない件』、内容はいかがわしいものの、面白かったしな」


「なぁっ!? あなたはいつまでそのネタで私を小馬鹿にするつもりですの! 最低ですわ!」


リーゼロッテが俺の腹部を両手で叩いて抗議する。


「小馬鹿にしてるわけじゃないさ。寧ろ続きを書いてるのなら読みたい」


「あなたみたいな人には読ませませんわよ!」

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