第36話 賊の捕縛と尋問

テューバ邸の庭にある物置に隠れていると、いくつかの足音が屋敷を脱出するために走っているのを感じとる。その中の1人はお目当ての人物なようだ。


「リゼ、他の連中を頼む」


「任せてくださいまし」


リーゼロッテが俺の元を去る。そして俺は屋敷から逃げ出そうとしている男の前で立ち塞がる。


「お前はマルンだな?」


透明になっている男が足を止める。


「なぜそう思う?」


「特徴的な走り方をしているからだ」


「俺の友人に耳の良い魔法使いはいないんだがなぁ」


「いや、俺は別にお前の友人じゃないぞ。こうして会話をするのは初めてだ」


「そうかい。なら、安心して地獄に送りこめるなぁ! これでも喰らえ!」


魔法を発動したのか? いや、違う。


なにかが芝生の上に落下する。これはただの石かなにかか? 一応、落下地点を踏まないようにして戦うか。


そのように考えているうちにも、マルンはこちらへと距離を詰める。


「うおおおお!!!」


マルンがこちらに刃を差し向けてくるも、俺はあっさりとかわして腹部を思いっきり殴りつけた。


「ぐはっ。なぜ私の攻撃を恐れないんだ。透明の人間に透明の刃で襲われるのが怖くないのか……」


「あまり怖くはないな。悪魔や悪霊の中には透明化の能力を持ったものも多い。おまけに、音のする足や口の位置からどのような体勢で斬りかかってくるのかが予測できた。」


「そんな馬鹿な……」


「少しだけ寝てろ。『ライトニングショック』」


雷魔法によってマヒ状態になったマルンを殴りつけて気絶させた。


「さて、他の賊たちも討伐していくか」



◆◆◆◆◆◆



マルンを拘束した後はリーゼロッテや屋敷内の兵士と共に他の賊たちを捕縛したり討ち取ったりした。


捕らえた賊の数は全部で11人だ。侵入してきたのは20人程度なので約半数は死んでいることになるな。ちなみに賊は大半の者を気絶させている。


「リオン殿、賊を捕らえた事だし、彼らを起こしてはくれんかね? 彼らから情報を聴き出したい」


「おっしゃっている事に異論はないのですが、その前にやる事があります」


「やる事とは?」


「賊を気絶させたのは拘束を解かれないようにするためだけではありません。彼らが自害しないようにするためでもあるのです」


俺は彼らの身体を調べていく。すると、何人かの奥歯に毒が仕込まれているのを発見する。


「彼らのような盗賊が捕まったという理由だけで自害するとは思えないのだが、鮮血の蝙蝠こうもりという組織は存外シビアなものなのかね?」


「いえ。鮮血の蝙蝠こうもりは私が調べた限りでは規模が大きいだけの標準的な盗賊団です。しかし、このような盗賊でも奥歯に毒を仕込んでいることはよくあります。捕まった後に拷問されるより、死を選ぶ者も多いので」


「なるほどな。盗賊に襲われることなぞ基本的にないせいで知らなかった」


そりゃあ、テューバ公爵ほどの武力や権力のある存在に対して盗みを働こうと思う盗賊は少ないだろうな。


「では、賊たちを起こします。『意識覚醒』」


苦しそうなうめき声をあげながら、盗賊たちが目を覚ましていく。


初めのうちは意識が朦朧もうろうとしているためか、自分たちの境遇を分かっていないようだったが、すぐに覚醒した。


「我々をどうするつもりだ」


マルンが怯えた目をしてこちらを見つめる。


「公爵はどうされるつもりなのですか?」


「本来であれば、貴族の邸宅を襲撃したものは死罪となる。だが、私は寛大なので貴様らにチャンスをやろう。これからお前たちを1人ずつ個室に連れていく。本当のことを自白した者は生かして帰す事にしよう。私が一番憎んでいる者は貴様らの黒幕だからだ。ただし、嘘をついた者は処刑する」


「だそうだ。命は欲しいよな?」


「命は欲しいのですが、どうか拷問だけは……」


「拷問も免除しよう。だが、嘘をついたと私が見なした者には容赦しない」


「分かった。いえ、分かりました。大人しく本当の事しか話しません。お前たちもそれで良いな?」


マルンの部下たちはコクコクとうなづいた。


「マルン以外の者たちを個室へ連れていき、尋問しろ」


テューバ公爵の指示によって、盗賊たちが次々に連行されていった。


「あの、俺は?」


マルンがおどおどしだす。おそらく、盗賊を率いていた自分は例外で酷い目にあうかもしれないと思っているのだろう。


そのように考えているのなら、盗みなどやらなければ良いのにな。全く、憐れな小物だ。


「貴様は一番重要な情報を持っていそうなのでな。私立会いの下、リオン殿に尋問をして頂こうと思う」


「そうですかい」


マルンは安心したのか、大人しくなる。


「では尋問を始めるぞ。鮮血の蝙蝠こうもりは透明薬という物を使って透明化しているが、どうやってそれを手に入れた」


「元々、フィニス村というところで村長をしていたスコーラという男が開発した薬を改良したんだ。透明薬を作るには特殊な機材や材料が必要なんだが、ヴェスペル伯爵が懇意にしている商人に用意してもらっている」


ほう。屋敷ではヴェスペル伯爵から受けた恩を返すとのたまっていたマルンが尋問の初っ端しょっぱなから伯爵を裏切るとは。


「鮮血の蝙蝠こうもりとヴェスペル伯爵の関係は良好なものだと思っていたんだが。あっさり裏切るんだな」


「申し訳ないとは思うが、自分と部下の命が可愛いんでね」


「そうか」


まあ、盗賊なんて基本的にはそんなものだろう。一族や主君のために戦う騎士とは違う。


テューバ公爵はそこら辺の感覚を理解した上でマルン達に対してチャンスを与えたのかもしれないな。俺はマルンの尋問を続けていく。


その結果、いくつかの事が分かった。まず初めに透明薬についてだが、ヴェスペル伯爵の配下名義の建物で生産が行われているらしい。


鮮血の蝙蝠こうもりが何やら怪しい物を作っているという噂は多くの人々が噂にしている。


だが、薬を作っている場所が名目上は貴族の屋敷であるため、官憲が怪しいと思っても手を出す事ができなかったようだ。


次に鮮血の蝙蝠こうもりとヴェスペル伯爵との関係だが、鮮血の蝙蝠こうもりの首領とヴェスペル伯爵は裏社会にある賭博場で出会ったらしい。


それからというものの、賭博や贅沢のせいで借金に困っていたヴェスペル伯爵と帝都周辺の警備が厳重で困っていた鮮血の蝙蝠こうもりは手を組むようになる。


ヴェスペル伯爵は近衛騎士団や帝都の衛兵に関する情報を鮮血の蝙蝠こうもりに流したり、拠点となる建物や土地を提供したりした。


一方で鮮血の蝙蝠こうもりはヴェスペル伯爵の支援を受けて得た富の一部を伯爵に譲渡していたようだ。


このような関係は上手くいき、今や両者共に大きな富を得ている。


マルンの尋問をしているうちに他の盗賊を尋問していた兵士たちが戻って来たが、幹部であるマルンほど大きな情報はもっていなかった。


「リオン殿。私はいますぐに宮廷に向かい、この事を皇帝陛下に直訴したいですぞ」


「分かりました。証人として私も同行します」

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