第35話 テューバ邸襲撃事件

ヴェスペル伯爵とマルンたちの会話を盗み聞きした後、俺とリーゼロッテは屋敷を脱出した。今はテューバ公爵家の屋敷近くにいる。


「これからお父様たちに会いますのね」


リーゼロッテはため息をつきながら俺に話しかける。


「テューバ家がこれから襲われるというのに、それを話さないわけにはいかないからな。それに、彼らの話がなかったとしてもテューバ家にいくつもりだったぞ。俺が前に言った大貴族のツテというのがテューバ公爵のことだからな」


「気が重いですわ。それに、私はあなたについて行って大丈夫ですの? 私はテューバ家を追い出された身でしてよ。二度とここには来るなと言われている私を連れていたら、リオンさんまで屋敷を追い出されることになりかねませんわ」


「それに関してはちゃんと考えがある。リゼはこれを着てくれ」


俺は魔法の袋から黒っぽいローブを取りだす。


「これは、認識阻害効果のあるローブといったところですわね」


「どうして分かったんだ?」


「今の状況を打破できるローブの機能といったらある程度限られてきますもの。本当にリオンさんは希少なアイテムをたくさん持っていますのね。なんだか、段々とリオンさんのことが青いタヌキに見えてきましたわ」


「青いタヌキ? なんだそれは? タヌキというのは職業かなにかか?」


「タヌキというのは獣の名前ですわ。前世の私や昔の勇者たちがいた国には色々なアイテムをポケットにしまっているタヌキの物語がありますの」


「そうなのか。随分と変わった物語だな」


リーゼロッテがローブを羽織ったところで、俺たちはテューバ家の門前に向かう。


テューバ家の紋章が記された書状を持っていたこともあり、今回はあっさりと応接室へ通される。


暫くすると、テューバ公爵が現れた。


「これはこれはリオン殿。ご無沙汰しております」


「ええ、久しぶりですテューバ公爵」


俺とテューバ公爵は握手をかわす。


「ええと、その方は?」


テューバ公爵がローブを着ているリーゼロッテを見て怪訝けげんな顔をする。大貴族である彼の前なのにも関わらず、ローブを羽織ったままなのだ。


テューバ公爵がいぶかしむのも無理はない。例え階級が同じ貴族同士であったとしても、ローブを羽織ったまま会談に臨むというのは無礼な行為にあたる。


「彼女は私の助手ですよ。彼女は幼い頃に悪魔に憑依され、その際に強い呪いを受けているのです。そのため、顔に酷い傷がありまして。だから顔をお見せするわけにはいかないのです。聖女に癒して貰えたおかげで一命は取り留めているのですが、呪いのせいで傷を完全に癒すことはできませんでした」


「アリシアと申します。この度はこのような無礼を働いてしまい、申し訳ございません」


アリシアことリーゼロッテが頭を下げる。事前に打ち合わせた通り、彼女は口調も変えている。


「なるほど、それは仕方ありませんな。アリシア殿、ローブは着たままで良いですぞ」


上手く誤魔化せたため、テューバ公爵の顔が朗らかなものに変化する。


「それで、本日はどのようなご要件でこちらに?」


「今、帝都を騒がせている透明人間のことはご存知ですか?」


「もちろんですとも。正体は人間らしいものの、神出鬼没で未だに彼らのしっぽを掴めていないとか。物騒な世の中ですな」


「その透明人間たちが今夜、テューバ家――この屋敷を襲うようです」


「なに!? それはどういう事だね!?」


俺はこれまでの出来事をかいつまんでテューバ公爵へ伝える。ついでに、ヴェスペル伯爵の屋敷で見つけた書類も見せていく。


「にわかには信じられないが。しかし、あなたのおっしゃっていることは真実のようだ。分かりました。夜になるまで時間が無い。屋敷の者たちに鮮血の蝙蝠こうもりたちを迎え撃つ準備をさせましょう」


「なら、俺とアリシアがテューバ公爵の兵士たちに聴力強化の魔法を施します。そうすれば、透明になった盗賊たちの居場所を把握できるようになるはずです」


「なんと!? それは非常にありがたい」



◆◆◆◆◆◆



日が完全に暮れると、いくつもの足音がテューバ公爵家の屋敷外から聞こえてくる。


ある者は屋敷の扉をこじ開け、ある者は音を立てないような手段で窓を割り、またある者は煙突から侵入する。


彼らはテューバ公爵家の宝物庫や居間に飾られている絵画などに近寄り、手を伸ばそうとした。


その刹那――。


「ぎゃあああああああああ!!!」


「うぎぎっ!?」


「痛い!」


多くの悲鳴が響き渡る。高価なものの近くには罠が複数設置されていたからだ。


ある者は雷によって黒焦げとなり、別の者は天井から降ってきた大岩によってぺちゃんこになる。


またある者は飛来した矢に頭を撃ち抜かれた。


「総員、撤退しろ!」


侵入者たちは大混乱に陥るものの、マルンは冷静になって撤退を指示する。しかし、罠の次はテューバ公爵の兵士たちが鮮血の蝙蝠こうもりに襲いかかった。


そのため、屋敷の至る所で乱戦が勃発する。


「くそっ。どうなっている」


居間にて絵画を盗もうとしていたマルンもテューバ公爵の差し向けた兵士と対峙していた。


「俺には武術の心得はないのに」


そう言いつつ、対峙している兵士と何度か剣戟けんげきをまじえる。


「なにか違和感があるな」


マルンは敵から距離を取り、ポケットから石ころを取りだすと兵士の近くに投げつける。


ただの石ころであるものの、屋敷内は暗くなっているので兵士は視認することができない。石ころの落下音を聞いた兵士は攻撃されたと勘違いして大きく後ずさる。


その隙を見逃さず、マルンは兵士を討ち取った。


「おい、お前ら! 奴らは音で俺たちの位置を把握してるが、完全に把握しているわけではないぞ! みんな音を利用して相手をだし抜きつつ撤退しろ!」


マルンが屋敷中に響くよう、大声で叫ぶ。そして彼は壊されている居間の窓から抜けだした。

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