第34話 犯行の打ち合わせ

階段から降りてきたのは恰幅の良い男だった。


「ヴェスペル伯爵」


リーゼロッテがぽつりとつぶやいた。


ヴェスペル伯爵は階段から降りると、近くにあった壁に右手をあてて、何かの操作を行う。すると階段は上昇していき、隠し階段は元通りになった。


伯爵はそのままゆったりとした足どりでどこかへと姿を消す。俺はヴェスペル伯爵が右手を押しつけた壁を調べる。


一目見た感じでは何もないただの壁のようだ。


「おかしいですわね。ヴェスペル伯爵はこの辺りで何かの操作をしていたはずですのに」


「おそらく、魔法を使っているんだろう。『幻術解除』」


途端に壁の一部分に鍵穴が現れる。


「鍵穴でこの小さな扉を開くことができれば隠し階段を操作するレバーが現れる仕掛けになっているわけか。『アンロック』」


魔法を使うも、鍵は開かない。


「魔法対策がされてるようですわね」


俺はズボンのポケットから針金を取りだし、鍵穴につっこむ。


「それなら別の手段を使うまでだ」


カチャリという音が鍵穴から聞こえてくる。ゆっくりと扉を開くと、扉の奥に小さなレバーが現れる。


上がっているレバーを下に降ろすと、隠し階段が再び降下し始めた。



◆◆◆◆◆◆



隠し階段を登った先にある部屋には机と椅子が1つずつ置かれており、複数の本棚が置かれていた。俺たちが探していた書斎というやつだ。


書斎には隠し階段以外の通路が見当たらない。3階には他にも部屋があるはずだが、書斎は孤立した部屋になっているようだ。


書斎机の近くに別のレバーがあったため、上にあげることで隠し階段を元に戻す。誰かが来たら怪しまれてしまうからな。


俺とリーゼロッテは机にある引き出しや本棚に収納されている書類を片っ端から読んでいく。


書類の中には暗号化されているものもあったが、俺とリーゼロッテの手にかかれば解読はたやすい。


流し読みしただけだが、ヴェスペル伯爵が犯罪に関わっていると思われる証拠書類が多数見つかった。


「一応、犯罪とは直接関係のない書類も全て持っていこう。あとでじっくり読んだらなにか分かるかもしれない」


「分かりましたわ」


2人がかりで書斎にあるありとあらゆる書類を回収していく。


「こんなに書類を回収して大丈夫ですの? ヴェスペル伯爵が再び書斎を訪れたら、逃げてしまう可能性もありますわよ」


「ああ。だから屋敷をでたらすぐに高位の貴族に密告するつもりだ。もちろん、ヴェスペル伯爵と懇意にしていない貴族にな」


「そんなツテを持っていますのね」


「一応な。さて、用も済んだし屋敷を後にしよう」


書斎を後にして屋敷の1階に向かう。廊下にある窓が手頃だったため、そこからでようとした所、居間から複数人の話声が聞こえてくる。


「例の腕輪を外した人達が戻ってきたようですわね」


「そのようだな。折角だし、彼らの会話を盗み聞きしていこう」


俺とリーゼロッテは扉の隙間から居間の様子をうかがう。居間には6人の男たちがたむろしており、ソファに座りながら話をしていた。


「あれ、おかしい。ここに腕輪を置いておいたはずなんだが。誰か他の場所へ持って行ったのか?」


「いや、知りません」


「俺もここを後にしていたんで」


「なら女中たちか? 腹が立つぜ」


「マルン。落ち着け。絆の腕輪バングルオブボンズの予備はたくさんあるはずだ。今宵こよいはそれを使うが良い」


恰幅の良い男――ヴェスペル伯爵が怒っている男をなだめる。


「マルン。テスティスが言っていた男ですわね。スコーラ村長に金を貸したという」


リーゼロッテが小声で俺に耳打ちする。


「奴は末端の構成員に過ぎないと思っていたんだが。ヴェスペル伯爵と一緒にいるところを見るに、奴は下っ端を卒業して出世したんだな」


ヴェスペル伯爵たちの会話が続いていく。


「それで、今回の標的からは上手く盗めそうか?」


「勿論です。テューバ公爵家の屋敷は前もって入念に調べましたから。奴らのたんまり溜め込んだお宝を根こそぎ奪ってやります」


「くっくっくっ。楽しみだな。あの憎き一族が慌てふためく様を想像すると笑いが込み上げてくるわ。しかし大丈夫なのか? 宝石店を盗もうとしたグループが透明化しているのにも関わらず、女に襲撃されたらしいが」


「ああ、エリックのグループですか。確かに、そのよく分からない女のことは不安ですが、撤退は上手くいったようなので、とりあえずは大丈夫だと思いますぜ。透明薬は塗り薬ですし、おそらく、身体や武装の一部を塗りきれていなかっただけかと」


「確かに、耳の後ろなどが塗りきれておらず、危うく我々の事がバレそうになったことは前にもあったな。再発防止に務めよ」


「ははっ!」


マルンが頭を下げる。


「では、俺はこれより宮廷での晩餐会へ行く準備をおこなう。しっかりと盗んでくるがよい」


「ええ。鮮血の蝙蝠こうもりに対して数々の便宜を図っていただいたご恩をお返しします」


「なに、気にするな。確かに私はお前たちのために拠点となる建物や土地を与えたし、近衛騎士団や衛兵の巡回ルートを教えたりしたが、それはお前たちが有能な上に私の役に立つからだ。投資のようなものだと思っている」


「ありがたきお言葉!」


マルンとその部下たちはヴェスペル伯爵に頭を下げた。

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