第33話 屋敷の探索

馬車の中には誰も人がいなかった。天井には燻製の肉がぶら下げられており、沢山の木箱が所狭しと並べられている。


木箱の中には牛乳の入ったビンや新鮮な卵がわらに覆われながら収納されていた。


中に人がいないとはいえ、御者席には当然人がいる。2人の御者が馬を操っていたが、彼らはこちらに気がついてはいない。


馬車は正門をあっさりくぐり抜けると、屋敷の入り口に停車する。


「ご苦労さま。これがいつもの代金だ」


「へへっ。ありがとうございます。それではご注文の品をおろしますね」


外では御者と屋敷の人間が会話をしている。


「リオンさん、このままだと気づかれますわよ」


「ああ。仕方ない。上に隠れよう」


俺は馬車の天井を指さした。



◆◆◆◆◆◆



「よしっ! 重いから気をつけろよ」


「分かってますよ」


2人の御者が最後の燻製肉を運ぼうとする。


「では外すぞ」


御者の1人が燻製肉に巻き付けられていた紐を取り外す。


「うん?」


紐を取り外した御者が胡乱うろん気な様子で馬車の天井を見つめる。


「どうしました?」


若いもう1人の御者が声をかける。


「いや、この馬車ってこんなに天井が低かったか?」


「天井ですか?」


若い御者も馬車の天井を見る。


「うーん。前から天井はこのくらいの高さだったと思いますよ? まあ、僕は新人なので、この馬車にはまだ数回しか乗っていませんけど」


「なら、俺の勘違いかねぇ」


「きっとそうですよ。だって、天井がひとりでに低くなるわけがないでしょ。ジオンさん、最近夜勤続きだったから疲れてるんじゃないですか?」


「そうかもしれないな。天井が低くなったとか、くだらないことを言ってすまん。さっさと最後の肉を納品しよう。疲れてるみたいだし、帰ったら酒に付き合えよ!」


「へいっ!」


2人は大きな燻製肉を担いで馬車をおりていく。


「ふぅ。なんとかなったな」


幻術を解除する。偽りの天井は姿を消し、俺とリーゼロッテの姿があらわになる。俺のやった事はシンプルだ。


馬車の天井には天井に紐を引っ掛ける金具が随所に設置されている。その金具に身体強化魔法で自身を強化させながら手足を引っ掛けつつ、天井に張りつく。


それから俺とリーゼロッテの2人を幻術で天井に偽装させた。


御者の1人が低くなった天井をいぶかしんでいたが、もう1人がこの馬車のことをよく分かっていない新人だったおかげで助かった。


「ひやひやしましたわ」


リーゼロッテが慎重に天井から馬車の床へと降りる。彼女の額にはうっすらと汗がにじんでいた。


「でも、スリルがあって良かっただろ?」


「良くありませんわ! バレたら屋敷を警備している兵士たちに囲まれていたかもしれませんわよ! 良くもそんな事が言えますわね!」


リーゼロッテはぷりぷりと怒りだす。


「結果的にそうはならなかったんだから許してくれ。それより、御者たちが戻ってくる前に馬車からでるぞ」


俺は天井から降りると、リーゼロッテとともに馬車の入り口へと向かう。


慎重に馬車の外を伺うも、今のところは誰も馬車の方を見てはいなかった。


「チャンスだな」


俺とリーゼロッテは馬車から飛びだすと、駆け足で近くにあった小屋の影へと隠れる。


しばらくすると2人の御者が馬車に戻り、そのまま馬車は屋敷を出て行った。


俺は魔力感知や聴力強化を使用する。


「この辺りに人がいる気配はないな。よし、玄関は鍵がかかっているだろうし、屋敷に侵入できそうな場所を探すぞ」


俺とリーゼロッテは警備兵に見つからないよう、音を殺しながら屋敷の周りを見ていく。


「リオンさん、あそこの窓が空いていますわ」


リーゼロッテが指さしたところを見ると、確かに大きめの窓が開きっぱなしになっている。


「本当だ。あそこからなら忍び込めるな」


俺とリーゼロッテは窓から屋敷内へと足を踏み入れた。



◆◆◆◆◆◆



忍び込んだ部屋は居間だったらしく、テーブルやソファが置かれていた。幸いなことに部屋には誰もいない。


しかし、代わりにテーブルの上にはいくつもの腕輪が放りだされていた。


「この腕輪は……。なるほど、絆の腕輪バングルオブボンズか」


「なんですの?」


「この腕輪は装着した者同士がどの位置にいるのか把握するための魔道具だ。お互いの魔力を腕輪に流し込むことで相手がどこにいるのか把握することができる。まあ、ある程度近距離にいないと使えないけどな」


「相手がどの辺にいるのかがなんとなく分かるだけなのですわね。用途の限られそうな魔道具ですわ」


「ところがそうでもないんだぞ。乱戦が起きると誰が味方なのか分からなくなってしまうことがある。それを防ぐために仲の良い兵士同士がお互いの魔力を腕輪に流し込むことが多いらしい」


「なるほど。盲点でしたわ」


「他にも分かったことがある。俺はリゼが透明人間たちと戦った話を聞いた時、不思議に思っていたんだよな」


「なにをですの? 特に不思議に思うようなことはなかったと思うのですけれど」


「透明薬を使うと、魔力感知を使っていても認識できなくなるだろ? それなのに、一体どうやって透明化した鮮血の蝙蝠こうもりたちは集団で行動するんだ?」


「言われてみれば不思議ですわね。もしかして、この絆の腕輪バングルオブボンズを使ってお互いの位置を認識している?」


「おそらくな。だからこんな所に沢山の腕輪があるんだろう」


「そういう事でしたのね。奴らが悪さをしないよう、この腕輪は回収した方が良いと思いますわ」


「そうだな。大した妨害にはならないだろうが、なにもしないよりはましだ」


俺は魔法の袋に絆の腕輪バングルオブボンズを収納する。


「さて、それじゃあこの屋敷を探索しよう」


「探索と言っても、どのように探索しますの?」


「まずは屋敷内にどのような部屋があるのかの確認だな。あと、ヴェスペル伯爵の書斎を見つけたい。おそらく、そこにある書類には鮮血の蝙蝠こうもり関係のものもあるはずだからな」


「承知しましたわ」


俺とリーゼロッテは居間からでて、屋敷内の探索を始める。通路をしばらく歩くと、反対側から何者かの足音が聞こえてきた。


「まずいですわ」


「こっちだ」


俺とリーゼロッテは通路の横にあったトイレに駆け込む。


通路にいる何者かを魔力感知で捉えようとするが、足音は聞こえるのに相手の魔力を捉えることができない。


「この足音は明らかに兵士だな。透明薬を使った状態で屋敷を巡回しているみたいだ」


「厄介ではあるものの、聴力強化で音を拾えば避けられますわね」


「ああ。慎重に進んで行こう」


通路の兵士が遠ざかったため、俺とリーゼロッテは探索を開始する。風呂場や食堂、従業員の寝室などを見つけたものの、肝心の書斎が見当たらない。


探索している間にも、透明化している兵士や屋敷のメイドなどになんども鉢合わせそうになったものの、なんとか回避したため見つかる事はなかった。


「中々見つかりませんわね」


「この屋敷は広いからな。仕方ないさ」


2階の廊下を歩いていると、再び何者かの足音が聞こえてくる。どうやら、更に上の階からのようだ。


足音は突然止まったかと思うと、2階の天井が落下し、階段が現れてくる。どうやら、隠し階段があったらしい。


俺とリーゼロッテは近くにあったクローゼットに身を隠した。

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