第31話 見えない者たちとの戦い

私は一度部屋に戻り、武装を整えると安楽亭を後にする。


安楽亭の数件先には小さな路地裏があるが、聴力強化した耳でよく聞くと、どうやら彼らはまだ路地裏に潜んでいるようだった。


私は路地裏の入り口からそっと裏路地の奥深くを覗く。路地裏には人影がない。


でも、見えないだけで確実に誰かがいますわ。


路地裏の奥深くからは足音だけでなく、何者かの呼吸もときおり聞こえてくる。


「おい、なんかあそこの女がこちらをずっと見つめてくるんだが。もしかしてバレてるんじゃないか?」


「そんなわけがないだろう。大方、落し物をしたから路地裏を覗いてるとかそんな理由に違いない。こちらを見つめてるように見えるのはたまたまだ」


「でも、落し物をしたなら路地裏に入ってくるんじゃないですか?」


「いやいや、路地裏が不気味だから入ってこないんだろう。くだらないことで動揺してないで、さっさと盗みの予行演習を始めるぞ」


これは間違いなく鮮血の蝙蝠こうもりですわね。どうやら、数は3人のようですわ。


「いいか。俺たちが今回標的にしているのはこの建物だ」


「この建物って……どの建物です?」


「指をさしても分からないか。路地から見て右側の建物だ。ここは宝石店なんだよ。とはいえ、あまり規模は大きくないがな」


「なるほど。だから3人だけで盗むわけか」


「そういう事だ。小さい宝石店といっても、それなりに高価な物も扱っている。だから期待はできるぞ」


「今回はどんな風に侵入するんです?」


「明日の夜、店が閉まったところでこの店の壁をよじ登り、2階にある窓から侵入する予定だ」


「1階にも窓はあるじゃないか。なぜわざわざ2階から侵入するんだ?」


「1階の窓はかなり強力な魔法がかけられてるからな。2階は窓が壊れると音の鳴る魔法が付与されてるが、消音魔法を使えば突破できる」


「なるほどな」


「さすがは兄貴」


このままだと、宝石店が鮮血の蝙蝠こうもりによって襲われてしまいますわね。


なんとかして止めないと。


私は魔力感知を使う。


噂に聞いていたとおり、透明薬で透明になった者は魔力感知で認識できませんわね。


私は聴力強化の魔法を再度自分に付与して精神を集中させる。


「ウインドカッター!」


相手の姿が見えないのであれば、私も視認しにくい魔法で対抗ですわ。


「おい、あの女なにか言わなか――痛え!」


「ぐぇっ」


「い、痛い!」


自分たちが透明になっているから襲われることはないと油断していたのか、彼らはウインドカッターをもろに食らう。


「ウインドカッター」


私は再び魔法を放つと、抜刀して路地裏へと駆け込んだ。


「やっぱりあの女、こちらの姿が見えてるじゃねーか!」


「そんな馬鹿な!? とりあえず逃げるぞ」


「逃げるってどこに!」


「いつものだ! なんとかこいつの攻撃を食い止めるぞ! ファイアーボール!」


火球がこちらへと近づいてくる。こんなもの、大したことありませんわね。


「ウォーターボール!」


炎と水が交わり、大きな音を立てながら白い水蒸気が上空へと広がっていく。


「お前ら! 全員でファイアーボールを使え!」


「兄貴! 俺は火魔法よりも土魔法の方が得意です。それに、複数の魔法を使った方が相手も戦いにくいんじゃ!」


「構わん! 俺の言う通りにしろ!」


「はい! ファイアーボール!」


「ファイアーボール!」


「ファイアーボール!」


わずらわしいですわね。


「ウォーターウォール!!」


水の壁が現れ、飛んでくる火球を全て水蒸気に変換していく。


「やべぇよ。あの女、普通に強い」


1人が切羽詰まった声をあげる。


「構わない! 俺を信じろ! ファイアーボール!」


「ファイアーボール!!!」


「ファ、ファイアーボール!!!」


これらの火球も同じように、ウォーターウォールによって消滅させる。


いけますわね。このまま押し切れば――。


「ちょっと、そこのお嬢さん」


いかにも善良な市民ですといった出で立ちのおっさんが路地裏の入り口から現れ、私に声をかけてくる。


「なんですの? 私は今忙しいのですわ」


「そう言われても……。こんな路地裏で魔法の練習をするのはやめて欲しい」


「魔法の練習? 違いますわ。私は今、あいつらと戦っていますの!」


私は透明人間たちを指さす。


「あいつら? なにを言っているんだい? 路地裏には誰もいないじゃないか。君、私を誤魔化そうとしてるだろ!」


しまった。他の人からしたら、魔力感知にすら引っかからない鮮血の蝙蝠こうもりたちは認識することができないのでしたわ。


「困るんだよねぇ。さっきから凄い物音がしているし、水蒸気のせいで視界も悪くなるしで」


くそっ。会話をしている間に鮮血の蝙蝠こうもりたちも撤退してしまったようですわ。


「分かりました。今すぐに魔法の練習をやめますわ。すいませんでした!」


私は慌てて路地裏を後にした。

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