第27話 離れ

「おーい、リゼ! 大丈夫か?」


俺はリーゼロッテのいる方角に向けて声を張り上げる。


「ええ、なにもされてはいませんわ!」


「そうか。今すぐそちらに行く」


俺は引き返すと、そのままリーゼロッテのいた場所へと向かう。そちらの方にもバリケードはあったが、作りが粗雑なので、隙間を通り抜けることができた。


リーゼロッテは図書室の隅で廊下側の壁をじっと見ている。


「リゼ」


「リオンさん」


彼女はこちらを振り向く。


「あなたもあの少女を見ましたの?」


「ああ。劣化の進んでる床下を見ていたら突然現れてな。警戒を怠っていたわけではなかったので驚いた」


「私もいきなりリオンさんのいる方向の本棚から少女が這い出てきた時は心臓が止まるかと思いましたわ」


「それで、少女はそこの壁を通り抜けたのか?」


 俺はさきほどリーゼロッテが凝視していた壁を見る。


「そうですわ。彼女は壁を通り抜ける際、私に話しかけて来ましたの。『ついてきて』ですって」


「ついてこいと言っても、壁は通り抜けられないわけだが」


「おそらく、少女は離れに向かったのだと思いますわ。図書室の向かい側はワイン貯蔵庫ですし、わざわざここで『ついてきて』と言ったという事は、橋を渡って離れに来いという意味なのかもしれません」


「なるほどな。それじゃあ離れに向かってみるか」



◆◆◆◆◆◆



 俺とリーゼロッテは離れへと足を踏み入れていく。屋敷と繋がっているのはもちろん離れの2階にあたる部分だ。


 離れは円形の構造になっており、天井にはガラスがはめ込まれている。部屋には魔術書や実験器具が所々に置かれているものの、そこまで数は多くない。


部屋は当然のごとく荒らされており、床は所々凹んでいた。


「どうやら、ここは実験室として使われていたようだ。本来、ここには多くの実験器具や魔術書があったんだろうな」


「やはり、ここも略奪にあったということですの?」


「そうだな。床が少し凹んでいる部分には色々物が置かれていたはずだ」


 俺とリーゼロッテは離れを物色していく。部屋に置かれている実験器具は壊されているものもあったが、原形は留めている。


ただ、残念なことにどのような用途で使われる器具なのかは分からなかった。もっと錬金術にも精通しておけば良かったな。


実験器具の次は本棚や机に置かれている魔術書を見ていく。様々な魔術に関する本が置かれていたが、『色』に関する文献が多かった。


「リオンさん、これを見てくださいまし」


 俺は手に取っていた書物を机の上に置いてリーゼロッテのところへと移動する。彼女は長方形の大きな箱の中を見ている。


 箱の中を覗くと、中には精巧に作られた等身大の人形が仰向けの状態で入っていた。人形は少女の形をしており、黒髪に金眼だった。


「これは……」


「先ほど私たちが遭遇した少女にそっくりですわ」


「そっくりなだけじゃない。魔力感知を使って良く観察してみろ」


「あまり魔力を感じないのですけれど……」


 リーゼロッテがまじまじと人形を観察する。


「? うっすらと魔力の流れのようなものが見えますわね」


「気づいたか」


少女のうなじから薄い魔術のようなものが流れ出ており、それは下へ向かう階段へと続いていた。


「人形を動かしても大丈夫でしょうか?」


「うなじ周辺以外に仕掛けが施されているようには見えないが、一応気をつけた方が良いだろう。魔力を用いない罠なんかもあるからな」


「なら、慎重に動かしますわね」


 リーゼロッテはゆっくりと人形の首を持ち上げる。持ち上げてあらわとなったうなじには真っ赤な水晶がはめ込まれていた。


「綺麗ですけど、魔力の源はここですのね」


「そうだな。おそらく、俺たちが出会った少女は魔術による幻影なのだろう。魔力感知で見た時、少女からうっすらとした魔力を感じ取れたからな」


「そうなると、下へ降りた先に少女がいるかもしれませんわね」


「多分な。降りていこう」


 俺とリーゼロッテは木製で作られた螺旋状の階段を降りていく。1階は2階とほぼ同じような作りだが、窓が少ないため、全体的に少し暗い印象を受ける。


 また、実験器具の数は少なく、その代わりに人形や手足などのパーツが置かれていた。更に、部屋の中央には人一人がすっぽり入るくらいの魔法陣が描かれている。


 本棚に関しても、2階とは書物の毛色が異なっていた。


「1階と2階で別々の研究を行っていたわけだな。本棚にはオートマタ関連の書籍が多い」


「オートマタ?」


「ゴーレムの一種だよ。一般的なゴーレムは見た目よりも膂力りょりょくを重視するものが多く、動きも鈍重だ。そうしたゴーレムをより人間や獣に近い形状や動きに改良したものをオートマタという」


「人間や獣に近い動きだなんて、それってリオンさんのゴーレムのようですわね」


「あれは違うぞ。俺はゴーレムに幻術をかけることでさもスケイルアーマーベアのように柔軟な動きをしていると見せかけていただけだ。俺の所有しているゴーレムは基本的に動きはあまり速くはない。まあ、俺がテューバ家で作ったゴーレムに関しては少しオートマタ的な要素も入ってるけどな」


「実家で戦ったゴーレムや山の中でのゴーレムもじゅうぶんゴーレムの中では動きがしなやかな部類だと思うのですが、オートマタはもっと良い動きをするものという認識であってますの?」


「そうだな。まあ、俺もオートマタを実際に見たことはない。歴史上、オートマタの作成に成功した人物は何人かいるものの、高度な術式が必要なために普及しなかったそうだ」


「よくご存知ですね」


どこからともなく声が聞こえてくる。


「クリエイトゴーレムを習得した際にオートマタのことも調べたからな。って誰だ!?」


 顔を上げた先には例の少女が微笑んでいた。

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