第25話 廃村へ

「よっと」


俺は目の前に茂っている背丈の長い草をショートソードで刈り取る。


「本当にここがフィニス村に進むための道であってますの?」


リーゼロッテが不安そうな声音で尋ねる。


「ええ。近隣の村人たちからも聞きましたから。間違いありません。幽霊がでるという噂が流れてからというものの、誰もこの道を通らなくなったそうです。だからここまで草が伸びているのでしょう。私も事前にフィニス村近辺を探索したかったのですが、この辺は植物の生育が早いのか鬱蒼としていたので断念しました」


答えたのは上品そうな見てくれの若い男だ。彼の名前はクワイア。依頼をだした貴族に仕えている者だ。


彼は俺とリーゼロッテをフィニス村まで連れていく案内人を務めている。


背中の高い草木を切り捨てながら、湿り気のある腐食土の上を進んでいると、少し離れた場所に破壊された塀や家々が見えてくる。


「やっと見え始めたな」


「ええ、では私はここで待機しておりますので、フィニス村の調査をお願い致します」


案内人のクワイアは立ち止まる。


「俺らの仕事をしっかり見張らないのか?」


「はい。私の仕事はあくまでお2人をフィニス村まで案内することだけです。おまけに、私は武人でもなんでもない、ただの頭脳派ですよ。フィニス村に魔物がいたとしても戦力になるどころか、足でまといになってしまいます。フィニス村になにかがいましたら、駆除をお願いします。報酬はしっかりとださせて頂きますよ」


「もしかしたら仕事をちょろまかすかもしれないとかは考えないのか?」


「そんな事をすれば、冒険者ギルドから処罰を受けるでしょう? あなた方がそのような事をするとは思えませんね。お2人ともそれなりの教育を受けた人間に見受けられますし」


なるほど。クワイアは道中、やたらと話しかけて来たんだが、俺とリーゼロッテの人となりを探るためだったのか。


「了解した。では、これから俺とリゼの2人でフィニス村を見てくる」



◆◆◆◆◆◆



フィニス村の外周部分は盛り上がったり、畝のある荒れた大地が広がっていた。昔は農地だったのだろう。所々に錆びた農具や瓦礫が転がっている。


俺とリーゼロッテは2人で農地を慎重に歩いていく。何者かが潜んでいた場合、罠が設置されているかもしれないし襲撃を受けるかもしれないからだ。


「村と聞いていましたけれど、思ったより広いのですわね」


「そりゃあ、農業を主な産業にしている村は大きいさ。農地はかなりの面積を使って行うからな」


「そうでしたのね。私が令嬢として帝国各地へ旅行に行く際は基本的に宿場町や港町に立ち寄ることが殆どでしたの。村は街道沿いから遠目に見たり、目の前を通り過ぎたりするくらいで、関わったことは全くと言って良いほどありません。だから廃村とはいえ、村の中に足を踏み入れることが新鮮に感じますわ」


「そうだったのか。でも、テューバ公爵も領地を持つ封建貴族だろ? 領地の村へ視察に行くことはなかったのか?」


基本的に貴族は2種類に分類できる。封建貴族と法服貴族だ。封建貴族は先祖代々の土地を世襲で受け継ぐ貴族のことを指す。


そのため、元々地方の名士だった家が多い。


2つ目の法服貴族は帝都などの主要都市を根城にしている者たちを指す。彼らは宮廷などで官僚として働いている。


法服貴族の爵位は売りにだされる事もあり、成り上がり者の割合も多いようだ。


とはいえ、この分類はあくまで便宜的なものにすぎない。封建貴族と法服貴族の両方を兼ね合わせている貴族もいたりする。


「ありませんでしたわ。テューバ家の場合、領地の視察を行うのは男性の役目でしたから」


「俺の故郷であるアムナー法国だと領地の視察は家族全員で行っていたんだが。やはり国が違うと慣習も異なってくるものなんだな」


「その通りですわね。マナーが国によって違いますから、外国貴族が晩餐会に来た時などは緊張しましたわ」


俺とリーゼロッテが貴族社会のマナーに関して雑談をしていると、やがて農地を抜けだす。


そして村の住居が並んでいる区画へたどり着く。区画の真ん中はちょうどフィニス村の中央部分にあたり、そこにはやや大きめの邸宅がたたずんでいた。


「真ん中にあるのが村長の邸宅だな。とりあえず、一般的な村人の住宅から調べていくか」


「あ、あの……」


「どうした?」


「なんと表現したら良いのか分からないのですけれど、邸宅の方から嫌な気配を感じますわ」


「気づいていたか。まぁ、誰かに見られてはいるようだな」


「なら、あの邸宅を先に探索するべきでは?」


「それでも良いんだが……。邸宅からこちらを伺っている者からは殺気を感じないんだよな。だから、先に周囲の安全確認をしておきたい」


「分かりましたわ」


 俺とリーゼロッテは手分けしてぼろぼろになった空き家を一軒一軒見て回る。幸いなことに、トラップが仕掛けられていたり、魔物が潜んでいるようなことはなかった。


 ただ、空き家はどれもひどい有様になっていた。金目になりそうな物は全て持ち出されているし、内壁は徹底的に壊され、家具などがひっくり返っている。


 争った跡なのか、壁には刀や槍による傷がある上に、所々に人骨が散乱していた。


「フィニス村の生存者はいないという話でしたけれど、この村を襲った盗賊は本当に酷い人々ですわね。許せませんわ」


 あまりの惨状にリーゼロッテが憤る。


「盗賊というのは罪を犯して故郷を追われた者や、平和になったせいで職を失った傭兵なんかが多いからな。みんなタガが外れているんだよ。ちなみに、冒険者も似たような人間がとても多い」


「……聞いたことがありますわ。没落した令嬢が冒険者になったところ、騙されて男性冒険者から辱しめを受けた話を。そういった話は貴族の会話でもたまに噂としてでまわりますの。だからこそ私はリオンさんに弟子入りしたのですわ」


「実際、今日も俺たちの事をじろじろ見ていた冒険者たちがいたからな」


「そうですの? では、近々襲撃されてしまうかもしれませんわね」


「何とも言えないな。ただ、紅蓮の流星と接触してからは大半の冒険者がこちらに視線を向けなくなった。おそらく、マザンたちと懇意にしている冒険者を相手にするのはリスクが大きいと思ったんだろう」


「なるほど。だから以前絡まれたという冒険者に接触したのですわね」


「ああ。力量のある人物と交流があるという事実はとても大事だからな。それだけで周りの人間は態度を変えてくるし、舐めてこなくなる」


「そう言えば、社交界でも低位貴族なのにでかい顔をしている方はいましたわ。第4皇子の寵愛を受けているだけで、そこまで冴えない雰囲気の人でしたの」


「まあ、人間社会なんてそんなものだ。さて、無駄話をしすぎたし、そろそろ本命の屋敷へと入っていこう」

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