第22話 一難去ってまた一難

「はぁはぁ」


私は肩を上下させながら深い呼吸を何度も繰り返す。流石にスピアバード数体を相手にするのは疲れましたわ。


でも、これでようやく落ち着ける。後は風魔法を使って手頃な場所へ着地するだけ……。


「グゴガァ!」


私の耳がスピアバードよりも大きな怒声を捉える。恐る恐る上空を見ると、通常のスピアバードよりも大きな個体がたたずみ、私を睥睨へいげいしていた。


おそらく、群れのリーダーなのでしょう。スピアバード・レックスとでも呼ぶべき存在ですわ。


群れの数が多くて、こんな個体が潜んでいたとは気づきませんでした。


スピアバード・レックスは翼を大きくはためかせる。嫌な予感がした私は風魔法で移動した。


「……!!?」


私の横を何かがかすめ、頬に傷がつく。


風魔法を放ってきたに違いありませんわ。厄介ですわね。風魔法は威力としては低いものの、視覚で捉える事ができませんもの。


まあ、対策のしようはあるのですけど。


「魔力感知」


魔法を使うと、スピアバード・レックスが羽ばたくと同時に風の束が生成されているのが見える。


スピアバード・レックスは私に向かった風の束を追いかけるようにして私へと鋭い角を向ける。


「アイスバリア」


私は氷の壁によって風の魔法を打ち消す。


「グゴガァッ!?」


視認できないはずの風魔法を見切ったことに戸惑ったスピアバード・レックスは思わず動きを止める。


今がチャンスですわね。


「ウォーターカノン!」


一瞬の間に生じた気の迷いが命取りとなり、水の濁流がスピアバード・レックスを襲う。


一方で私も――。


「きゃあああああ!!!」


水の濁流を生みだした反動により、あらぬ方向へと吹き飛ばされた。



◆◆◆◆◆◆



「エアウイング! エアウイング! エアウイング! エアふぐしっ!」


再び舌を噛みつつも、吹き飛ばされている自分の身体を安定させていく。それから地面が近づいてきたタイミングで足元にも風魔法を発生させ、ゆっくりと着地した。


私が着地したのは緑の生い茂るところではなく、黒っぽい土の地面だった。両側には大きな崖がそびえているため、光もあまり当たらずじめじめしている。


崖上の方を見ると、木々が生えていた。どうやらあそこが山のふもとに当たる部分なのでしょう。


「ここは山と山の間にある深い谷間のようですわね」


崖の高さは帝都の貴族街にある教会の尖塔くらいはあるようですわ。登れないことはないでしょうけど、まずは少し休みたい。


魔物との戦闘や山の中での移動により、肉体的にも精神的にも魔力的にも疲弊してしまいましたもの。


私は魔法の袋から水筒を取りだして中に入っている水を飲む。


「困りましたわ。試練に時間がかかることを想定していなくて、水や食べ物もあまり持っていません」


万が一の時は自分で食べ物を調達する必要があるのかもしれないですね。これまで令嬢として生きてきたせいでそういった経験は勿論ありませんわ。


上手くできるか心配ですわね。


◆◆◆◆◆◆



ダンッダンッ!


休息を取っていると、少し離れた場所から足音が聞こえてくる。


私は近くにあった大きな巨岩の影に隠れて周囲の様子を伺う。


谷間にある曲がり角からぬっと大きな顔が姿を現した。その目は真っ赤であったものの、右目は傷ついており、1本の針が突き刺さっている。


あれは私がリオンさんと別れたあと、突然現れたスケイルアーマーベア……。


再び遭遇してしまうなんて運が悪い。おまけにここは山中と状況が違いますわ。


険しい谷間であるため、スケイルアーマーベアに見つかっても一直線にしか逃げることができない。


そのため、撒くことがかなり難しいですわね。


「ぐあ?」


スケイルアーマーベアは私の潜む岩陰の前を通り過ぎる。


しかし、何歩か歩くと立ち止まり、鳴き声をあげながら鼻をひくつかせ始めた。私の存在がバレてしまうのも時間の問題でしょう。


ここはこちらから打ってでるしかありませんわね。倒すことができなくとも、行動不能にさせられれば逃げられるはず。


とはいえ、魔力が全然回復できていないのが気がかりではあります。工夫して戦う必要がありますわ。


私は近くにあった地面に残りの魔力の大半を使って仕掛けを施す。


そして岩の影から移動し、スケイルアーマーベアの視界に姿を現した。


スケイルアーマーベアは私の姿を認識すると、雄叫びを上げながら私に向かって走りだす。そのため、私も少し抑え気味になりながらも逃げるふりをする。


巨体でありながらも動きの速いスケイルアーマーベアはすぐに私が魔力を流しておいた地面へと到達した。


底なしの監獄マッド・プリズン


私が魔法を発動させると、スケイルアーマーベアの足元が泥沼へと急速に変化していく。


「ぐがががぁああああ!!!?」


スケイルアーマーベアはもがくものの、泳ぎが得意ではないのか、そのまま沼へと沈んでいった。


ん? 今、一瞬だけスケイルアーマーベアが巨大な岩に変化したような?


気のせいかもしれないし、まずは距離を稼ぐ必要がありますわね。

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