第19話 山の主
ダンッダンッ!
山中になにか大きな存在が木々をなぎ倒しつつ、進んでいく音が響きわたる。
「えっ? 急になんですの?」
リーゼロッテは音のする方角を凝視しながら、腰に下げていたレイピアを構える。木々をなぎ倒して現れたのは大柄の熊だった。
目は赤く濁っており、爪の長さは小さな子供くらいある。全長もおそらく牛5頭ぶんくらいはあるだろう。
全身は魚の
「ぐあああああ!!!」
熊は怒り狂ったような雄たけびをあげる。
「こ、これはスケイルアーマーベア!?」
スケイルアーマーベアはミスリル級冒険者が倒すような魔物だ。決して今のリーゼロッテが1人で相手にできるような魔物ではない。
「逃げますわ!」
リーゼロッテはスケイルアーマーベアのいる方向とは真逆の向きに走りだす。
「ぐおおおおお!!!!」
しかし、スケイルアーマーベアも彼女の後を追うようにして駆けだした。
「やはり追いかけてきますのね。私を食べても美味しくありませんわよ!」
リーゼロッテはなるべく木々が多くはえている場所を選んで走りだす。
「あの巨体では、この場所を抜けるのに時間がかかりますわよね!」
甘いな。
スケイルアーマーベアは硬質な爪に魔力をまとわせると、生い茂る木々を一振りで切り裂いていった。
「でたらめですわ!」
リーゼロッテは立ち止まると、スケイルアーマーベアに向けて手をかざす。
「クレイニードル!」
土製のトゲはスケイルアーマーベアの皮膚に当たるも、強固な鎧によってはじかれる。
「やはり
氷魔法によってスケイルアーマーベアの手足が凍りついていく。
「ぐおおおお!!!」
しかし、スケイルアーマーベアは自らの
「この魔法もだめですのね」
スケイルアーマーベアはどんどんリーゼロッテとの距離を縮めていく。
「マルチ・クレイニードル!!!」
リーゼロッテの魔法により、スケイルアーマーベアに向けておびただしい量の土針が飛んでいく。
「ぐぅ」
スケイルアーマーベアは小馬鹿にしたような鳴き声をあげる。
まるでそんな土針が何本あろうと自慢のうろこを貫通させることはできないぞと言っているかのように。
「油断していると、痛い目にあいますわよ」
「ぐあぁぁぁ!!!」
スケイルアーマーベアは悲鳴をあげる。一本のクレイニードルが右目に刺さったためだ。
「すべて自分の鎧に当たるから問題ないと考えていたのですわね。一本だけ死角から飛ばしましたの」
しかし、スケイルアーマーベアはリーゼロッテの追跡をやめない。
むしろ、激怒したスケイルアーマーベアは先ほどよりも速度を上げてリーゼロッテに近づいていく。
「はぁはぁ……。息が切れそうですわ。左目も潰したかったのに、それてしまいましたわ。もっと魔法の腕を磨きたいですわね。まぁ、スケイルアーマーベアが速度を上げてくれたのはチャンスですわ。凍結」
今度はスケイルアーマーベアの手足ではなく、周りの地面が凍りついていく。
「ぐぅるあああぁぁぁぁぁ!!!!?」
勢いよく走っていたスケイルアーマーベアは凍りついた地面に足をつき、盛大に転倒すると、近くにあった巨木に追突した。
◆◆◆◆◆◆
「はぁはぁ。ここまで逃げれば問題ないですわね」
スケイルアーマーベアの追跡をなんとか振り払った私は立ち止まって息を整えた。
私のいる場所は山の中でも少し開けており、周囲を見渡せるようになっている。視界内に魔物のいる気配はない。
あんな凶悪な魔物が生息しているなんて聞いてない。これからはあまり物音を立てないようにして動き回る必要がありますわね。
ばたばた。
「キャアッ!」
音がした方を私は見る。視界の先にいたのは青い羽を持つ美しい鳥だった。
鳥は一本の木にとまり、身体についている水をはじき飛ばしている。
「なんだ、水鳥が飛び上がっただけですのね。ん? 水鳥?」
私は水鳥のいた方に向かって歩きだす。目の前に現れたのはゆったりとした流れの川だった。
なんとか川のある場所にたどり着けましたわ。
まあ、スケイルアーマーベアから逃れるために走ったせいで、ここがどこなのか分からないのですけれど……。
とりあえず今はホーンウルフを探すことを優先しなければ。
私は川沿いを歩き始める。川の流れがゆるやかなだけあって、川沿いの地面はあまり急ではなく、歩きやすい。
しばらく川沿いを散策していると、私は地面になにかの足跡がついているのを発見する。
「これは……肉食獣のものですわね」
川沿いから少し離れた草むらを見ると、そこには獣道が広がっていた。おそらく、大型の獣が通ったあとなのでしょう。
もしかしたら、ホーンウルフの群れが作ったものかもしれませんわ。
「ウオーン!」
遠くから遠吠えが聞こえてくる。ますます、獣道の先にホーンウルフがいる可能性が高いですわね。
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