第17話 家族からの破門

公爵夫人のいなくなった広間を沈黙が支配する。


「さて、これから私はリゼの処遇について話し合おうと思う」


重々しい態度でテューバ公爵は口を開く。


「私はリゼをテューバ家から追放するべきだと思いますわ」


「お姉様……」


「リゼ、ごめんなさい。私もお母様と同じであなたのことを妹として見れません。前世の記憶を持っているなんて気味が悪いですもの。おまけに、あそこまで錯乱したお母様が可哀想だと思いませんこと? お母様のためにも、あなたにはここを出て行って貰いたいですわね」


「僕もマリアと同じ意見だよ。変わってしまったとはいえ、一応血の繋がった一族だから死んで欲しくはないけど、テューバ家にはもう関わらないで欲しい」


ジョニーが不快そうな視線でリーゼロッテを見つめる。


「リゼ、分かったかな? お前にもう居場所はない。出ていってくれ」


テューバ公爵は袋をリーゼロッテの足元へと投げつける。


「ジョニーが言うように、一応血の繋がった娘を殺したくはない。かといってお前を部屋に幽閉しても、ローズの気が休まらないだろう。だから追いだす。その袋には金が入っている。しばらくは生きていけるはずだ。受け取りなさい」


「分かりましたわ。お父様の言う通りに致します。もうテューバ家には近づきません」



◆◆◆◆◆◆



「今回は美味しい依頼だったな」


テューバ邸をでて、安楽亭の自室に戻った俺は思わずつぶやく。俺の手の中には2つの書類がある。1つは依頼達成の書類だ。書類には印が押されている。


報酬はなんと大金貨10枚だ。帝都における中所得者の平均月収が金貨2枚なことを考えると、破格の報酬ということがよく分かる。


金貨10枚と大金貨1枚が同じ値段なため、大金貨10枚は中所得者の平均月収の約50倍くらいだ。


もう1つの書類はテューバ家の紋章が記されている書状だ。


この書状を持っている者はテューバ家が保護している者と見なされ、様々な特権を得ることができる。


金はまだ有り余るほど持っているため、こちらの書状の方がありがたい。俺は帝国貴族とはあまり交流がないからな。


コンコン。


ドアを叩く音が聞こえてくる。


「リオンさん、いますか?」


「ああ、入って良いぞ」


茶色い髪をショートにした少女が部屋に入ってくる。彼女は安楽亭の看板娘であるリリィだ。


「なにか用か?」


「はい。あの、リオン様の友人だとおっしゃっている方が宿に来ているんです。怪しいのでエントランスに待たせてあります」


「俺の友人?」


法国から刺客でも来たのだろうか。


「そいつは1人か?」


「そのようです」


「名前はなんと名乗っている?」


「それがおかしいんですよ! リーゼロッテ・テューバと名乗っているんです。リオン様ほどの方であれば貴族と交流があってもおかしくはありません。けれど、テューバ公爵家の人間が護衛も連れずに1人でこの宿を訪れるなんて不自然です!」


「いや、そいつは本当にテューバ公爵家の人間だぞ。正確には、先程までテューバ公爵家の次女だった女だ」


「ええっ!? そうなんですか? でも、元次女とはいったい……」


「色々とあったんだよ。リーゼロッテをこの部屋に案内してくれ」


「分かりました。詳しい話は聞かないでおきます」


「ああ、賢明な判断だ」


貴族社会のゴタゴタについて詳しくなってもろくな事にならないからな。



◆◆◆◆◆◆



「マックス先生……いえ、リオンさん、あなたは酷いですわ」


部屋に入ってきたリーゼロッテは開口一番に俺を非難する。


「そんなことを言われてもな。なぜ俺が酷い人間だと思うんだ?」


「あなたは私に自分は教師だと嘘をついて接近し、私の秘密を家族の前でバラしたからですわ」


「俺はテューバ公爵から依頼された仕事をこなしただけだ。たしかに、俺は善良ではないかもしれない。だが、いちばん酷いのはテューバ家――お前の家族たちじゃないのか? 俺は少なくとも、お前をテューバ家から追いだすことを提案していない。あくまで俺はリーゼロッテの秘密を暴いただけであって、お前を追いだすことを決めたのはテューバ家の人々だ」


「それを言われるとなにも言い返せませんわね。けれど、あなたが余計なことをしなければと思わずにはいられませんの。それに、もう私に敬語は使ってくださらないのですわね」


「ああ、もうあんたは公爵家の人間ではないからな。身分上はそこら辺の平民となにも変わらない。そう言えば、安楽亭の入り口でリーゼロッテ・テューバと名乗ったらしいな」


「ええ。それがどうかしましたの?」


「今後はテューバと名乗らない方が良いぞ。家を追いだされるということは、一族の構成員から外れたということだ。勝手にテューバ家ゆかりの人間だと匂わせるような言動ばかりしていると、テューバ家から刺客がやってきて暗殺されるかもしれない」


貴族っていう生き物はとにかくメンツを気にする傾向にある。勝手に一族とは関係のない人物が自分たちの家の名前を使っていると、彼らは激怒する。


貴族たちの逆鱗に触れてしまったために命を散らした平民は多い。


「……その可能性はじゅうぶんにありますわね。今後は気をつけますわ」


リーゼロッテも元貴族令嬢なだけあって、貴族がいかにプライドの高い人種かということを知っているのだろう。


あっさりと納得した。


「で、リーゼロッテはどうして俺を訪ねてきたんだ? テューバ家を追いだされた原因は俺だから、面倒を見ろとでも言う気か? それとも、復讐しにでも来たか?」


「どちらでもありませんわ」


「じゃあ何の用だ?」


「リオンさん、お願いいたしますわ。私をあなたの弟子にして頂けませんこと?」


リーゼロッテは俺に向けて頭を下げた。

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