第16話 リーゼロッテの正体

「迷い人?」


テューバ公爵は首を傾げる。


「この表現は教会での呼び方ですから、知らないのも無理はありません。異世界転生者のことですよ」


勇者など、異世界からこの世界に転生してきた者たちのことを巷では転生者と呼んでいる。


まあ、勇者の全員が転生者というわけではなく、中には転移者もいたりするけどな。


「転生者!? つまり、リーゼロッテは勇者やそれに準ずる存在だというのかね!?」


「いや、違うと思います。勇者やそれに準ずる存在なのであれば今の時点でかなりの才能を発揮するはず。しかし、彼女は魔法の才能があるものの、勇者ほどではありません。つまり、彼女は転生神が意図的に送り込んだ存在ではなく、偶然元の世界の記憶を持って産まれただけの存在なのでしょう」


転生神というのは、異世界の勇者や聖女などをこの世界に送り込む神のことだ。勇者はこの世界に転生する前、転生神に謁見するらしい。


「なるほど。リゼ、今の話は本当なのか?」


「……。ええ。本当ですわ。私は1か月前、馬から転落し頭を打った時に前世の記憶を思い出したのです。私は前世では原田朱里あかりという名前でしたの」


「そんな……」


テューバ公爵は絶句する。


「リオンさん。あなたはどうして私が転生者だと分かったのですか? やはり、スノウツリーのことをサクラと言ったことが決め手になりましたの?」


「ああ、サクラについてはついさっき、テューバ家の皆さんが広間に集まっている間に調べて分かりました。勇者のいる世界ではみなが知る有名な花なのですね」


俺は日本語の辞典を持っている。本当はだめなのだが、禁書庫にあるほとんどの書物の複製版を俺は持っている。


禁書庫の人間を買収するのは大変だったが、こうして役に立っているのだから、やっておいて良かった。


「リーゼロッテ様が転生者だと確信した物的証拠はこちらです」


俺は再びリーゼロッテの部屋に侵入し、押収した彼女の日記を掲げる。


「なっ! それは私の日記! いつの間に見つけていましたの!?」


「ええ。リーゼロッテ様といくら会話してもなにかに憑依されている証拠が掴めなかっため、勝手に部屋をあさらせて頂きました。テューバ公爵様、こちらの日記を読んでみてください」


「ふむ」


テューバ公爵はリーゼロッテの日記を開く。


「ん? これはなんて書いてあるのかね? 全く読めないのだが」


「読めないのも無理はありません。その日記は異世界の文字と言語で書かれていますから。ですが、筆跡は分かるのでは?」


「間違いなく、この文字はリーゼロッテのものですな。ローズも見てくれ」


「ええ。これは、間違いなくリーゼロッテね」


「この日記を見つけたことがきっかけで、私はリーゼロッテ様が転生者だと確信しました」


「なら、あなたはリーゼロッテではないのね」


そんな中、突然、テューバ公爵夫人がリーゼロッテに声をかける。


「えっ?」


リーゼロッテは困惑したような表情をする。


「私の知っているリゼは、性格が粗暴で、問題ばかりおこすような子だった。けれど、1か月前に原田朱里あかりとかいう人格の記憶を取り戻したあなたはまるで別人じゃない。私はあなたを自分の子供だとは思えないわ」


「たしかに私は前世の記憶がありますが、同時に今世の記憶もありましてよ。性格が変わったように思われているのは前世と今世の記憶が混ざってしまって自分がよく分からなくなってしまっただけですの。だから、お母さま、私のことをまるで他人のように扱うのはやめて欲しいですわ。私はリーゼロッテでしてよ」


リーゼロッテの声がうわずる。


「あら、いくらリゼの記憶を持っていようと、私はだまされないわ。私にはここ1ヶ月のあなたは外見がリゼなだけで、中身は別人にしか見えないもの。以前のあなたより、今のあなたの方が貴族令嬢としてふさわしいとは思うけれど」


「……私は前世では、両親と仲違いをして家出したのですわ。その後交通事故によって死んでしまいましたの。親と喧嘩別れしたことが心残りだから、私は記憶を取り戻してからというものの、お父様やお母様とは仲良くやっていこうと決意しましたの。本当ですわ。私はお母様のことが好きですわ。他人だとは全く思っていません」


「そう。でもそれってつまり、前の両親と私たちを重ねて見ているということじゃない。あなたにとって母親は私だけではないのね」


「それは……」


「結局、あなたは前の人格に思考が引っ張られているのですわ。お前はリゼではない、アカリよ」


「ローズ、そのへんに」


テューバ公爵が夫人をなだめようとする。


「あなたは黙ってて!」


「う、すまん」


公爵夫人はソファから立ち上がると、リーゼロッテの前に立つ。


「お母様、私はもう前世のことなど考えたりしません。これからはまたひと月前のリゼのように振る舞い――」


リーゼロッテが喋っている中、公爵夫人は彼女の頬を平手打ちした。


「私を母親と呼ぶな! 娘を返せ! お前は他人の娘の人格を奪った卑怯者だ!」


「ローズ!」


テューバ公爵は再びリーゼロッテに平手打ちをしようとした公爵夫人を羽交い締めにする。


「なにごとですか!?」


騒ぎを聞き付け、広間に数人の兵士が入ってくる。テューバ家の屋敷を警備している者たちだ。


「少しの間、妻をどこかの空き部屋に閉じ込めておいてくれ」


「えっ? 奥様を? しかし……」


警備隊長は困惑する。


「ええい、見てわからんか。我が妻は今絶賛ヒステリック中なのだぞ。このままではどうしようもないから連れて行け」


「は、はい……」


「離しなさい! アカリ、私は絶対にお前を許しませんわ! 私がお腹を痛めて産んだ子供の身体をお前は奪ったのよ!」

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