第13話 魔法の鍛錬

リーゼロッテの部屋にこっそりと忍び込んだ翌日の朝。俺は彼女の部屋の前に来ていた。今回は忍び込むためではない。


今日は実践的に魔法を教えることを彼女とは約束している。だから迎えに来たわけだ。俺は部屋の前に佇んでいるメイドに声をかける。


「俺が来たことをリーゼロッテ嬢に伝えてくれ」


「かしこまりました」


メイドはノックをすると、部屋の中から入って良いとの返事が来る。


俺はリーゼロッテの部屋へと入る。


「お嬢様、おはようございます」


「ええ。ごきげんよう」


普段のリーゼロッテは青いドレスをしているが、今日は紫色のドレスをまとっていた。


「今日はいつもと服装が違うのですね」


「庭で魔法の練習をするのでしょう? いつもの青いドレスは汚れると目立ってしまうところが欠点ですの。だから汚れても良いように暗めのドレスにしてみましたわ」


「確かに、魔法の威力によっては砂ぼこりが舞ってしまうかもしれませんね。そちらのドレスも似合っておりますよ」


「あら、マックスさんにそんな事を言われるなんて嬉しいですわ。それでは、今日もよろしくお願いいたします」


「ええ。こちらこそ」


俺とリーゼロッテは庭へと移動を開始する。ちらりと彼女を見やる。リーゼロッテは昨晩、俺が勝手に部屋へ入ったことに気がついていないようだ。


物色した物は全て元の位置に戻しておいたし、木箱には鍵もかけておいたからな。


もし仮に俺が部屋に侵入した事が分かっているのなら、もっと違う表情をするはずだ。


俺は顔にある筋肉の微妙な変化を読み取ることで相手の考えていることをある程度推測することができる。


よほどのポーカーフェイスが相手でない限り、相手が俺に対して負の感情を抱いているのか、それとも正の感情を抱いているのかはだいたい分かる。


今のリーゼロッテは俺に対して好意的なようだ。


「庭に到着しましたわ」


「そうですね」


俺は庭を見渡す。テューバ家の庭園はとにかく広い。あちらこちらに木々や花が植えられているが、どれもしっかりと手入れされている。


優秀な庭師を雇っているのだろう。


「美しい庭の植物に魔法をあてたくはないですね。どこか空き地のようになっている場所はありませんか?」


「ありますわ。庭の中央部は開けているのですけど、私はよくそこで魔法や剣術の練習をしておりましてよ」


「ならそこに向かいましょう。案内をお願いします」


「もちろんですわ」


俺はリーゼロッテについて行く。彼女が先導して歩いている場所はバラ園の通路だ。


真っ赤なバラの咲きほこった通路を2人で歩いていく。


「見事なものですね」


「そうでしょう? テューバ家の女はみな花が好きなのですよ。だからこうして庭の手入れにも力を入れているのですわ」


「この家の女性陣はとても良い趣味をお持ちですね。リーゼロッテ様はどんな花が好きなのですか?」


「そうですわね。私は短い期間にだけ花を咲かせて、風によって花びらを雪のように降らせるような花が好きですわ。サクラのように」


「サクラ?」


「あ、いえ。なんでもありませんわ。サクラというのは、スノウツリーのことですの」


スノウツリーとは、白い花を咲かせる木のことだ。スノウツリーの花びらは風に乗って雪のように空中を舞う。


だが、スノウツリーにサクラという別名があるなんて初めて聞いたぞ。


◆◆◆◆◆◆



俺とリーゼロッテは庭園の中央部へと到着する。空き地というよりは広場と言った方が適切かもしれない広さで、地面には背丈の低い植物がはえている。


剣術や魔法の練習に使う、木でできた的も設置されていた。これは便利だな。的の周辺は地面が石畳にもなっている。


これなら火魔法も使えそうだ。


「ここでなら魔法を放っても問題ありませんね。まずは手慣らしに攻撃魔法を放ってください」


「ええ。では得意の水魔法を使いますわね。ウォーターバレット」


リーゼロッテの近くに現れた水の弾丸はまっすぐ飛んでいくと、木製の的へと衝突する。的は凄い音をたてつつ、木片を飛び散らせた。


「お見事です。威力速度ともに申し分ありません」


「そうでしょう。私、攻撃魔法には自信がありますのよ。他の魔法を放っても?」


「ええ」


「『ファイアーバレット』『サンドニードル』『ウインドアロー』」


数種類の魔法が次々と的を貫いていく。どの魔法もさきほどのウォーターバレットと同じくらいの威力と速度だ。


「複数種類の魔法を使っているのに、どれも同じくらいの威力があるとは凄いですね」


普通は魔法の種類によって威力にムラができてしまうことが多い。水魔法、火魔法、土魔法、風魔法の4種類は基礎魔法と呼ばれ、習得している者は多い。


しかし、その4種類の魔法全てをまともに扱える人間は少ない。


例えば、火魔法で高位の魔法を使える者であっても、水魔法に関しては指先から水滴を垂らすことしかできないなんて人も存在する。


下級〜中級レベルとはいえ、ここまで多種多様な攻撃魔法をものにしているリーゼロッテには才能があるといえる。


「ふふふ。そうは言っても、マックス先生の方が凄い魔法を使えるのではなくて?」


「すごい魔法といえるのかは分かりませんが、それなりに多くの魔法をおさめてはいますよ」


「見てみたいですわ」


「分かりました。動かない的に魔法を当てるのは退屈でしょうし、私の魔法で生みだしたものと戦って貰いましょうか。『クリエイトゴーレム』」


俺は周囲の土を使って人型の人形を3体産みだす。人型といっても、彼らの図体ずうたいは大きく、瞳は赤く光っている。


「まあ、ゴーレムを作れるのですね」


「はい。リーゼロッテ様にはゴーレムを倒していただきます」


産み出されたゴーレムたちはリーゼロッテに近づいていく。


「分かりましたわ。まずは私から攻撃しますわよ。『ウォーターバレット』『エアスラッシュ』『ウインドアロー』」

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