第11話 憑依された? 娘

「ギルド長から話を伺ったのですが、この家の次女が何者かに憑依されたそうですね」


「ええ。まあ、リーゼロッテ――うちの娘が本当になにかによって憑依されているのか、それとも気が狂ってしまっただけなのかは分からないんですけどね」


祓魔師でもない限り、悪魔に取り憑かれた人間と情緒不安定になっているだけの人間を区別するのは難しいからな。


テューバ公爵があいまいな言い方をするのも無理はない。


「いいえ。あの子は絶対、なにかに憑依されていますわ」


公爵夫人が確信を持った声音でそう呟く。


「ローズ、まだそうだと決まったわけではないだろ」


「いいえ。少し前のあの子はあんな様子ではなかったもの。心境の変化があったとか、そういう問題であるとは思えないわよ」


「娘さんの様子はいつからおかしくなったのですか?」


俺は2人からリーゼロッテ嬢の様子がおかしくなっていった経緯について聞きだす。


「先月まで、リゼは本当にわがままな娘だったんです。それなのに、庭で馬から落馬してからというものの、性格が急にまじめになってしまったのですよ」


リゼというのは、おそらくリーゼロッテの略称なのだろう。


「そうよ。晩餐会で殴り合いの喧嘩をするような酷い子だったの。それが今では……」


コンコン。


部屋の扉がノックされる。


「誰だ?」


テューバ公爵が扉に向けて声をかける。


「私です。リーゼロッテですわ」


ほう。このタイミングで噂の娘がここに来るのか。


「何の用なんだ?」


「私の家庭教師が来たということですので、ご挨拶にと」


「そうか。少し待ってくれ」


そう言うと、テューバ公爵は俺の耳元に顔を近づける。


「リオン殿」


「ええ。ギルド長から説明を受けています」


リーゼロッテの言っていた家庭教師とは俺のことだ。


急に祓魔師が家を尋ねてきたなんて事がリーゼロッテに知られれば、憑依している存在を警戒させてしまう。


そのため、俺は家庭教師としてリーゼロッテに近づき、調査するてはずとなっている。


ちなみにこれまでリーゼロッテの家庭教師をしていた女性は気晴らしにしばらくの間故郷に帰るという事になっているらしい。


いや、本当に故郷へ行っているのか、それとも帝都のどこかに潜伏しているのかまでは知らないが。


「入って良いぞ」


テューバ公爵の許可がおりたため、扉が開かれる。現れたリーゼロッテ嬢は青いドレスを身にまとっていた。


ツインテールにした金髪を持つ赤い目の女だ。公爵夫人にどことなく似ているものの、目付きは鋭く、元お転婆娘というのもうなづける容姿をしている。


年齢はおそらく15歳ほどだろうか。


「これはこれは、あなたが臨時で雇った家庭教師ですのね」


「ええ。お話は聞いていると思いますが、私の名前はマックス・ブルボーと申します」


俺はあらかじめ用意しておいた偽名を使う。良くも悪くも、リオン・ダーンズという名前は人間以外にも知られているからだ。


「まあ、教師だというのに、思っていたよりもお若いのですね。私はリーゼロッテ・テューバですわ。既にご存知とは思いますが」


「私は20代前半ですので若いかもしれませんが、それなりに学をおさめております。きっとリーゼロッテ様のご期待に添えるような授業ができるかと」


「いえ。あなたの才能を疑っているわけではありませんわ。ただ、想像していたよりもお若かったから純粋に驚いただけですの。ご気分を害してしまったのでしたら申し訳ないですわ」


「いや、大丈夫ですよ。それでは早速、授業の準備を行いたいのですが」


こうして、俺はテューバ家で家庭教師としてリーゼロッテと接触することに成功したのだった。



◆◆◆◆◆◆



「……というわけで、少ない魔力で火魔法を効率的に利用するには燃える気体や粉塵を活用すれば良いわけです」


「なるほど。マックスさんの説明は分かりやすいですわ」


数日の間、俺は夕方までリーゼロッテに家庭教師として魔法の座学について教えていた。


しかし、彼女がなにかに憑依されているという証拠はまだ掴めていない。


授業の合間に彼女の過去や趣味について探りを入れてみたものの、会話に矛盾点はなかった。


本当に憑依されているのだとしたらかなり厄介な悪魔に憑依されている事になるな。


それこそ、俺が教会から追い出される原因になったような存在が彼女に入り込んでいる可能性だってある。


「今教えた範囲で分からない事はありますか?」


「いえ、大丈夫でしてよ」


「なら、今日は遅いですし、このくらいにしておきましょう。明日は庭で実際に魔法を使う訓練をする予定です」


「分かりましたわ。今日はありがとうございます」


「いえいえ。それでは」


俺は机の下を軽く眺める。


「? どうかなさいました?」


リーゼロッテが不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。


「なんでもありません。少しボーッとしてしまっただけです」


「もしかしてお疲れなのでは? 父上から聞きましたが、西方から帝国へと来られたのでしょう? この国の風土にまだ慣れていないのかもしれませんわ」


「それはあるかもしれません。今日は早めに寝ますよ。お気遣いありがとうございます」

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