第8話 謎の赤ん坊

「いったい、この宿屋はどうなっている?」


謎は深まるばかりだ。だが、3階へ行けばなにか分かるかもしれない。


「さて、階段は仕掛けによって急激な滑り台になったわけだが、これだと上にあがれないな」


俺は別のルートがないかと宿屋内を歩き回る。しかし、それらしいものが見つからない。


「仕方ない。2階の天井を壊して3階へと上がるか」


2階の物置にあったハシゴを近くの壁に引っ掛けると、俺はハシゴをよじ登る。


「おりゃ!」


それから身体強化魔法を施して天井を破壊する。天井を構成している木板とともに、黒い気体である瘴気が大量に2階へと侵入する。


「3階は更に瘴気が濃いのか。これはすごいな」


どうやら俺は3階の廊下にいるらしい。確か3階は宿屋の夫婦や従業員が寝泊まりしたり、休息するスペースだったはず。


敵の襲撃に備えながらゆっくり進んでいくと、宿屋夫婦の使っていた寝室らしき部屋にたどり着く。


そこからは赤ん坊の泣き声と、何者かの悲鳴が聞こえてくる。


俺はゆっくりと扉を開け、部屋の様子を伺う。視界に飛び込んできた光景に俺は目を疑う。。


まず目に映ったのは部屋の中にある大きな魔法陣だ。その中には何人もの人間や魔物が苦しみながら拘束されている。


その近くには2体の幽霊がいた。そのうちの一体は2階で見かけた女の霊だ。おそらく、ガースとメリーなのだろう。


彼らはゆりかごの中に入っているなにかの世話をしているように見える。扉から覗いただけではよく分からない。


俺は思い切って扉を大きく開くと、ズカズカと部屋に入る。すると、振り向いたガースとメリーはなにかをつぶやいた。


その瞬間に魔法陣は大きく紫色に輝く。拘束されていた人や魔物は言葉にならないような悲鳴を上げると、瞬時に息絶えた。


今度は魔法陣が真っ赤に輝くと、息絶えた人々は次々とアンデッドに変化していく。


「グレーター・ソンビにヘルハウンド、食屍鬼グールか。中々に多様な種類のアンデッドたちだな」


アンデッドたちは次々と襲いかかってくる。そのため、俺はショートソードでアンデッドたちを切り伏せていった。



◆◆◆◆◆◆



目の前にヘルハウンドが大きな口を空けて俺の肩に噛み付こうとしてくる。俺はそれを避けながらヘルハウンドを切りつける。


「キャウン!」


ヘルハウンドは悲鳴をあげて床へと転がり、動かなくなった。


「これで全てか。やはり数が多いと厄介なものだな」


アンデッドを倒し尽くした俺はガースとメリーの方を見る。彼らはどういうわけか、じっとして動かない。


俺はさきほど、2人がなにかをしていたゆりかごを覗く。中にいたのは赤ん坊だった。しかし、人間のではない。


赤ん坊の目に白い部分はなく、全身にアザのような刺繍ししゅうが施されている。おまけに、頭には真っ黒な角が生えていた。


「……おぎゃあ!」


赤ん坊は真っ黒な目で俺を見ると、泣き声をあげる。それを聞いたガースとメリーは俺に襲いかかる。


俺は後ろに動く事で2人の攻撃をかわす。


「ん?」


後ろに動いた瞬間、足元の地面が動いた気がする。嫌な予感がした俺は上を見上げる。天井からは巨大な岩が俺を押し潰そうと降ってきていた。


「罠が設置されていたのか」


俺は更に後ろへと後ずさる。大きな音をたてて岩が床へとめり込んでいく。


ガースとメリーは再び近づいてくると俺に向けて拳を振り上げる。


「煩わしいな。『ツインホーリーライトニング』」


2つの聖なる雷がガースとメリーを襲う。2人の霊は雷によって消滅した。


前方に目を向けると、さっきの赤ん坊が俺を睨みつけながら小さい槍を投げようとしている。どういうわけか、赤ん坊と目が合ってから身体が動かない。


「チィッ。魔眼持ちだったか」


赤ん坊は小型の槍を俺へと投げつける。槍は俺の首に刺さった。



◆◆◆◆◆◆



1人の祓魔師が床へと倒れ伏す。


「ははは。やったぞ! 憎き祓魔師をこの手で殺してやった!」


赤ん坊は邪悪な笑みをしながら笑い声をあげる。


「それなりの強さの侵入者が現れた時は慌てふためいたが、魔法なしでは進めないほどの瘴気やアンデッドの襲撃などで徐々に魔力や体力を消耗させておいて正解だったわ」


「なるほど。だから定期的にアンデッドが俺を襲ったのか」


「なにっ!?」


赤ん坊が振り向くよりも早く、リオンは暗がりから姿を現すと赤ん坊をショートソードで切りつける。


「貴様ああああ!!!!!」


しかし、赤ん坊はコウモリのような翼を顕現させると、天井の方へと逃げだす。


そのためにショートソードはリオンが狙っていた首ではなく、右脚を切り落としただけだった。


「くそがっ! なぜ生きているんだ!」


赤ん坊はわめき散らす。


「なぜと言われても。簡単なことだ。俺は幻術が得意だからな。お前には『分身』で作った偽の身体を見せていただけだ。その間、俺は暗がりに隠れていた」


「いつからそんな姑息な真似を」


「俺が部屋に入った瞬間からだな」


「ぐぬぬ」


「そんな事より、お前の正体が分かったぞ。最初はガースとメリーの2人が自分の子供を蘇生させたのかと思ったが……。違うな。あの2人の経歴は分かる限り調べたが、2人とも良家の人間だ。その手の魔術に精通しているとは思えない」


「もしかしたら亡霊になった後、2人が黒魔術に手を染めたのかもしれないぞ」


「仮にそうだとしても、2人が行った魔術は失敗したということになる。お前は悪魔だ。おそらく、ガースとメリーの2人には本当に子供ができていたんだろう。しかし、2人と一緒にこの宿屋で殺されてしまった。亡霊となってこの世界を漂うことになった2人は子供を失った事を嘆き悲しんだ。そんな2人に上手くつけ込んでお前はガースとメリーに子供を復活させる儀式という名目で魔術を教えたんだろう。大方、実際に教えたのは2人を隷属させるための魔術だったんだろうが」


「ふはははは!!!」


「なにがおかしい」


「いや、名推理だと思ってな。祓魔師よりも探偵の方が向いてるんじゃないか?」

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