第6話 風林亭の1階

「ここが『風林亭』か」


冒険者ギルドを出た俺はまっすぐに『風林亭』の前まで来た。場所は前もってカストルに聞いていたのですぐに分かった。


『風林亭』は赤い屋根と白い壁を基調とした宿屋のようだ。


しかし、長い間閉鎖されているせいで建物全体がツタに覆われており、壁にはヒビが入っている。


窓も板が打ち付けられていて、いかにもな雰囲気を醸し出していた。


「まずは中に入ってみるか」


俺は宿屋の入り口にある扉の取っ手を掴む。


「鍵がかかっているな。『解析』」


魔法によって扉の構造を把握する。


「こうなっているのか。単純な構造だな」


俺は魔法の袋から針金を取りだすと、鍵穴に突っ込み、あっさりと解錠する。


扉を破壊しても良かったが、それが原因で宿屋内部に巣食う幽霊を刺激したら面倒だ。まずは様子見を兼ねて慎重に行動した方が良い。


扉を開け、宿屋に侵入する。窓が板で覆われているだけあって、宿屋内部はとても薄暗い。おまけに、異常なレベルで異臭がする。


「この臭いは死の臭いだな。いわゆる腐臭だ」


カストルが懸念したとおりに、『風林亭』周辺で起きた行方不明事件と『風林亭』には何かしらの関わりがあるようだな。


俺は腰に下げているショートソードを抜く。いつ襲われても良いようにだ。俺の持っているショートソードは赤く輝いている。


オリハルコンでできているからだ。オリハルコンには特殊な効果があり、他の金属製武器ではダメージを与えられない悪霊を切りつけることができる。


俺は『風林亭』の内部を探索する。1階は受付と酒場、調理場になっているみたいだ。『安楽亭』と同じような感じだな。


まあ、大抵の宿屋はこうした造りになっていると思うが。受付と酒場は静まり返っていたものの、調理場からなにかの物音がしてきた。


「うがが……うぎゅる……」


意味不明な言葉を呟きながら、足のない亡霊がこちらに向かってくる。低級のゴーストだ。


俺はショートソードで近づいてきたゴーストを切りつける。一瞬でゴーストは霧散し消滅した。


「低級のゴーストだし、大した脅威ではないな」


もしかしたら、今のゴーストは安楽亭で行方不明になった人物の一人かもしれない。ゴーストは時間が経てば経つほど凶悪になる傾向があるからだ。


俺は厨房の中を見る。どうやら、1階のゴーストは1匹だけなようだ。しかし、厨房を含め、1階には多くの黒い気体が充満している。


「これは瘴気か」


瘴気は有害な存在だ。人が吸い込むと病気になってしまう。だが、俺は瘴気を無毒化するローブを羽織っているので問題は無い。


「瘴気は強力な悪霊や死体から生まれるものだ。一体、この宿屋はどうなっているんだ」


1階の探索を終えた俺は2階に通じる階段に足をかける。その時だった。


バタンッ!


急に階段近くにあるトイレの扉が勢い良く開く。


「グアッ! グアグア!!!」


現れたのは一体のゾンビだった。しかし、ただのゾンビではない。


上半身が巨大な食虫植物のような形状をしており、見るからに殺傷能力が高そうだ。


暴食屍人グラトニーか。こいつはこの宿屋の番人みたいなポジションなのだろう。暴食屍人グラトニーは俺を食い殺そうと襲いかかってくる。


大きく跳躍することでその攻撃を避けると、俺はショートソードで暴食屍人グラトニーの右脚を切り落とす。


体勢を崩した暴食屍人グラトニーは大きく転倒する。俺はショートソードで更に暴食屍人グラトニーを何度も突き刺す。


「グアアア!!!」


暴食屍人グラトニーは力を振り絞り俺に抵抗する。


「やかましいな。『焼夷』」


俺は暴食屍人グラトニーが大きく口を開けていたため、その中に魔法で生みだした炎を投げ入れる。


「グゲエエエェェェ!!!」


それが案外きいたのか、暴食屍人グラトニーはすぐに息絶えた。


「このままでは宿屋が燃えてしまうな。『鎮火』」


炎を消す。


「さて、これで宿屋内の主に俺の存在が認知されてしまったかもしれないな」


飼い慣らしていたゾンビの反応が宿屋内から消えたのだ。きっと恋人たちの幽霊は警戒しているはず。


俺はぎしぎしと音のなる階段を登っていく。

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