第3話 帝都初の仮拠点
「おっ。ここが噂の宿屋か」
目の前には白い壁が特徴的な建物がある。建物の入口には看板があり、『安楽亭』と書かれている。
宿泊施設ではあるものの、帝都の一等地にあるためか、敷地面積はあまり大きくはない。
俺は冒険者登録をしたあと、受付嬢からおすすめの宿屋を聞いた。
親切な事に、彼女は冒険者が利用する宿を何件か教えてくれたのだが、安楽亭が一番快適そうだったのでここに来た。
玄関の扉を開くと、チリンチリンと鈴が音を奏でる。なるほど。扉に鈴を取り付けておく事で来客が来る度に音が鳴る仕組みになっているわけか。
そうしておく事で、エントランスに従業員がいなくとも、すぐに駆けつけることができるわけだな。
「いらっしゃいませ!」
茶色い髪をショートにした赤目の少女がこちらに向かってくる。歳は10代半ばといったところだ。白いシャツと黒いスカートを身にまとっている。
「しばらくの間泊まりたいのだが」
「かしこまりました。お部屋によって料金は変わりますが、いかがなさいますか?」
こじんまりとした宿屋ではあるものの、人数や用途に応じて様々なランクの部屋が設定されているようだ。
「一人部屋で一番高い部屋を頼む」
「了解です。それではお部屋にご案内致しますね」
俺は少女の後をついて行く。1階はどうやらエントランスホールと食堂になっているようだ。時間はまだ早いものの、既に何人かが食事を取っている。
「こら、おじいちゃん!」
突然、厨房に向かって少女が大声をあげる。厨房に目線を向けると、初老の老人がスープのようなものを調理している。
彼のそばには大きな酒樽と酒杯が置かれていた。
「また料理しながらお酒を飲んでるでしょ!」
「ああ? 違うわい。これは料理に使う酒なんじゃ」
「そんな嘘をついたって無駄なんですからね! トマトと鶏肉のスープはお酒を使わないことくらい、私でも知ってるんだから!」
「全く、少し飲んだくらいで騒ぎすぎじゃ。儂が若い頃は職業柄中々酒が飲めなかったのだし、その分を今飲みたいんじゃよ」
「そんなにお酒が飲みたいのなら、料理を作り終わってからにしてください!」
「分かった分かった。最近の若者は手厳しいのぉ」
「もう! こっちは接客中なのに……。お客様、すいませんでした。ついてきてください」
初老の老人との会話を終えた少女は再び俺を部屋に案内しようとする。
俺は黙って少女について行くことにした。
「待つのじゃ」
すると、初老の男が俺に声をかけてきた。老人は俺の顔をまじまじと見つめる。
「どうした? 俺の顔になにかついているのか?」
「いや、失敬。どこかで会ったことがあるような気がしただけじゃ。名前を聞いてもよいか?」
「俺の名前はリオン・ダーンズ。申し訳ないが、俺はあんたのような人間に会った記憶はないぞ」
「そうか。やはり人違いだったようじゃ。すまんの」
「もう、おじいちゃんったらボケが始まってるんじゃない?」
「ふぉふぉふぉ。そうかもしれんの」
◆◆◆◆◆◆
「この部屋が当宿でもっとも高い一人部屋となっております」
少女に案内された部屋は綺麗に掃除が行き届いている。部屋にはベッドの他に椅子と机、更には個室のトイレまで完備されている。
実に快適そうだ。
「いいな。気に入った。ここに泊まりたい」
「一泊で大銀貨1枚になりますが……大丈夫でしょうか?」
少女は少しだけ不安そうな顔をする。大銀貨1枚となればそれなりの大金だ。平均的な帝都の月給は金貨3枚だからな。これは大銀貨30枚分となる。
つまり、この部屋の料金は帝都の平均的な庶民が一日に稼ぐ金と同じなわけだ。
「なにも問題は無い。貯金ならあるからな」
俺は少し前まで1級祓魔師として働いていた人間だ。
趣味と呼べるものが悪魔を倒すことと魔法の研鑽しかない俺はこれまで稼いだ金をほとんど使っていない。
おそらく、そんじょそこらの貧乏貴族よりは裕福なはずだ。
「とりあえず、1ヶ月分払っておこう」
俺はポケットから金貨3枚を取りだす。
「金貨ですか」
少女が少しだけ驚く。金貨は庶民がお目にかかるような貨幣ではないからな。おそらく、彼女は銀貨か大銀貨で支払いが行われると思ったのだろう。
「あの、リオン様とお呼びすれば良いでしょうか?」
「ああ。それで良いぞ」
「かしこまりました。当宿は1階が食堂となっております。浴場はありませんので、お身体は近くにある公衆浴場をご利用ください。あ、私はリリィと申します。なにかあればお申し付けください」
◆◆◆◆◆◆
「ふぅ。食った食った」
食堂で夕飯を食い終えた俺は部屋に戻る。飲んだくれていた爺さんの作る料理は不安だったものの、思った以上に美味かった。
さて、明日は早速冒険者ギルドで依頼を見繕うことにするか。そんな事を考えていた時だった。
コンコン。
部屋のドアを誰かが叩いているのか、音が聞こえてきた。
「誰だ?」
「儂じゃ」
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