第17話


 


 ピース王女による別れの一礼を見終え、シフォンは転移魔法を発動させフィルリークと共に魔王城へ帰還した。


―魔王城―


 フィルリークとの決闘を敗北と言う形で終える事になり、医務室にてシフォンより治療魔法を施されたフィアは、フィルリーク達が外出をした1時間後に目を覚ました。

 目を覚ましても尚混濁する意識の中、人間であるフィルリークから敗北を喫してしまった事に対する怒りが溢れるフィア。

 妹の部屋でその怒りを発散する訳にはいかないと一度深呼吸をし、僅かながらの冷静さを取り戻した後自室へ戻る。

 フィアが自室に戻ると、物凄い破壊音が暫くの間響き渡った後、部屋の中から肩で大きく息をする声が聞えて来た。

 どうやらフィアは、身体の奥底から溢れ収まらない怒りを、自室の壁を破壊する事で発散した様だ。

 フィアがその様な状況になっている事は知らないのか、ムリンがトテトテトテと小走りをしてフィアの自室の前に辿り着き、ノックもせずに入り口の扉を開け中に入った。

「にゃにゃにゃ、ふぃあさま~たいへんですにゃ~」

「貴様、私の部屋に入る時はノック位しろとと言ったぞ!」

「は、はいなのですぅ~!?」

 フィアに怒られたムリンは、一度部屋の外に出、ドアを締め律義にノックした。

「……お前と言う奴は」

 ムリンの行動に呆れたフィアは、頭を抱え深い溜息をついた。

「ふぃあさま、ちゃんとのっくしたのです、むりんちゃんえらいこなのですぅ」

 この世の穢れを一切知らぬ無垢な少女の様に瞳を輝かせながらフィアに近付くムリン。

「もう良い、怒る気すら失せたわ」

 フィアは呆れきるも、仕方なくムリンの頭を撫でてやった。

「えへへ~むりんちゃん、がんばったんですぅ☆」

「ったく、ムリンはお利口さんだな。で、ムリン? 何が大変だ? 実は何も無い、何て言ったら承知しないぞ」

 人形の様な愛くるしさを秘めるムリンを前にどこか心が安らいだフィアは、少々優しい口調でムリンに尋ねる。

「えっとですねぇ~もすけるふぇるとのひとたちが、こっきょうせんをこえてせめてきたのですぅ」

「規模は?」

「すごいんですぅ~」

 ムリンは両手をめいいっぱい広げ、敵軍の規模が巨大である事を示した。

「分かった、私が行く。丁度人間共を血祭りに上げたいところだ」

「むりんちゃんもおてつだいするんです~」

 ムリンがフィアにべったりとくっつくきながら懇願するも、そこまでされるのはうっとうしいと感じたフィアから雷魔法を受け、ムリンはふわっと雷魔法に弾かれ飛ばされてしまう。

「私一人で十分だ。ムリン、お前は敵襲に備えて残れ」

 フィアの魔法で空中に弾かれたムリンは、空中でふわふわと回転し態勢を整えた。

「はにゃにゃ~ん、わかりましたですぅ~」

フィアとムリンは部屋を出で、フィアは、そのまま城の外に出てムリンの言う戦場へ向け飛び立った。


 ―モスケルフェルト―


「風が動く……」

 城下街裏路地にて、4体の魔族を一瞬の内に絶命させたブラッツ王子は空を見上げポツリと呟いた。

 それは偶然なのか、ブラッツ王子が見上げた先にはつい先程までフィルリークとシフォンがこの街を眺める為に滞空していた場所だった。

「参る」

 恐らくフィルリークとシフォンの存在を認知したであろうブラッツ王子は、一度王宮へ戻り父であるザクツォーン8世にこの旨を報告した。

「フン。魔族の奴等が何かを召喚したか。良いじゃねぇか。その召喚が何であれ俺等の国が脅威になる事は間違いねぇ。これを口実に魔族に攻め入れろ。民間人? 容赦要らねぇ。俺達の国に脅威を与えた魔族が悪いからよぉ」

 息子であるブラッツ王子からフィルリークとシフォンについて報告を受けたザクツォーン8世は、魔族に対し攻め入る口実を見付け、野心を露わにしている。

「父上、私は如何にするべきでありましょう?」

「そうだな、お前、今血が騒いで無いか? 強敵と戦いそうな面してんな」

 国王が邪の気配に満ちた意味の深い笑みを見せる。

「仰る通りです」

「そうだろう。ならば国境線沿いにある駐屯地へ行けブラッツ。お前が前線に出ろ。現地に居る部隊の指揮を執り、望むなら直接その強敵と戦え」

 パッと聞く限り、ザクツォーン8世の言葉は自分の息子を平然と最前線に送り込もうとしているとも捉えられ、悪く言えば自分の息子でさえも平然と捨て駒に出来るとも捉えられる。

「有難きお言葉」

 だが、当のブラッツ王子は自分が捨て駒にされる可能性を全く考える事無く、ブラッツ王子は父であるザクツォーン8世が自らの腕を試す場を与えてくれた事に感謝した。

 ブラッツ王子はザクツォーン8世に敬礼すると自室に戻り今回の作戦に必要な準備を始めた。

 今回の作戦に必要な準備を終えたブラッツ王子は、彼の特殊技能である『錬気』を集め、自分の脚部に流し込む事で驚異的な機動力を確保した。

 この錬気であるが、モスケルフェルト国民であるならば自身の気を練る事で自身の闘争心や筋力を向上させ主に攻撃力を上げる事が出来る。モスケルフェルト国民が持つ気を練る技能を更に洗練させ、清く美しき澄み切った心が産み出す精神による覚醒を施す事で実現させる事の出来る技能である。

 モスケルフェルト国が、世界の崩壊を気にせず自らの利益の為にマナを使い果たす勢力に加担している手前、清く美しき澄み切った心を持つ国民が居ない。その為、この錬気を扱える人物はモスケルフェルト国内でもブラッツ王子以外に扱える者は居なかった。

 錬気を脚部に集中させ、機動力を確保したブラッツ王子は音速の如し草原を駆け抜け国境線沿いの駐屯地へ向け駆け抜けた。

 モスケルフェルト領中央に構える本城より20分程駆け抜けた所でブラッツ王子は魔族領とモスケルフェルト国領の国境線手前にある、モスケルフェルト軍の駐屯地に辿り着いた。

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