第12話

―フィルリーク―


 シフォンより、この大陸の案内を受ける事になったフィルリークは、彼女の転移魔法によりマシンテーレと魔族領との国境付近へとやって来た。

「ここは機械国家マシンテーレで御座います。フィルリーク様、現在自力での飛行は可能でしょうか?」

「いや、無理だ」

 フィアとの決闘で聖熱力セイヴァフォースをほとんど使ってしまった為、今のフィルリークはブレイバーモードとなれず自力で飛行する事は出来ない。

「畏まりました。それではわたくしが飛翔の術を施します故、上空よりマシンテーレのご説明を致します」

 シフォンは、飛翔の術をフィルリークに施す。

 緑色の空気の渦がフィルリークの身体の周囲を優しく包み込んだ。

 これでフィルリークはブレイバーモードとならずとも自由な飛行可能となった。

 早速フィルリークは地面を上空へ向け強く蹴り上げ空中へ飛び上がりその感覚を試す。

 シフォンより受けた飛翔の術では聖熱力セイヴァフォースを使用しブレイバーモードとなった時に比べ、小回りが利かず速度は出なかった。しかし戦闘以外での飛行をするならば十分な機動性だった。

「へぇ、中々凄い魔法だな」

「有難う御座います。ですが、この程度の魔術は比較的簡単です故」

 フィルリークから褒められたシフォンは謙遜しているが、内心は嬉しそうであった。

「そうなのか? 俺が知る中でこれと同じ魔法を扱えた人間は居なかったが」

「恐らくは、わたくしは魔族であるが故比較的簡単にこの魔法を使用できるのでしょう」

「そういうものなのか」

 フィルリークは魔族達が使う魔法の事を詳しく知らなかった為、それ以上シフォンに言及はしなかった。

「では、マシンテーレ城下街へ向かいましょう」

 フィルリークを飛行可能としたシフォンは再度転移魔法を使い、フィルリークと共にマシンテーレ城下町へ転移した。

 マシンテーレ城下町の上空に転移したシフォンは自分とフィルリークに対し気配消去の魔法を掛けた。

 この魔法は、自分から攻撃行動を起こさない限り相手からは視認される事すら無くなり、外部に対し音を遮断効果も持ち合わせている。

 勿論、上位魔術師による強力な索敵魔法を使われる等無力化されてしまうケースもあるが少なくとも機械の力で発展を遂げたマシンテーレ国内にその様な人間は居ない為、この魔法を受けた状態ならばマシンテーレ内で何者かに見つかる事は無い。

「おお、すげぇ! 見た事無いモンが沢山あるぜ!」

 上空よりマシンテーレを見下ろしたフィルリークが、目下に広がる機械作りの街並みに対し感動の声を上げた。

 恐らくフィルリークは、この様な技術が進歩した世界を見たことが無いのだろう。

「この国の人間が持つ技術力は侮れません。そうですね、一般的な移動手段として馬車が御座います。しかし、この国では馬を引かずとも多数の人間を輸送出来る馬車が御座います」

 シフォンは、マシンテーレ城下街内の道路を走る自動車を手で指しながら説明をする。

「おお! 本当だ、よく分かんねぇけど沢山の箱が動いてる!」

 フィルリークは瞳を輝かせ嬉々とした表情を見せながら言う。

「フフッ、無邪気な事ですね」

「凄いな! あの扉、人が近付いただけで勝手に開いたぜ!」

 シフォンが言う通りフィルリークは雑貨店を指差し、その店に設置されている自動ドアが開閉する様を見、はしゃいでいる。

 その様子は、フィルリークの見た目通り無垢な少年そのものであった。

 フィルリークがマシンテーレの技術をひとしきり堪能した所で、

「なぁシフォン、パッと見た感じ、ここの住人達が凶悪そうに見えねぇ。俺はこいつ等を打ち倒さなければならないんだろう?」

自分が抱いた疑問をシフォンに尋ねた。

「はい。しかしながら今見えていますここの住民たちは非戦闘員故、フィルリーク様がその様な印象を抱くのは仕方がありません」 

「俺はこいつ等非戦闘員も斬らなきゃならねぇのか?」

 アルテイシアの話を聞いた上で、同じ人間とは言え自分の命を狙う輩を斬るならそれは仕方が無いと覚悟を決められるが、そうではない、自分に敵意を向けない人間まで斬らねばならないのは無理があるかも知れないと思ったフィルリークがシフォンに尋ねる。

「いえ、わたくし達の目的はマシンテーレ国が中性魔マナニュートを浪費する事の阻止で御座います。無論、一般人に紛れこんだゲリラ兵は斬らなければフィルリーク様の命に支障が出ますが、そうでない限り非戦闘員を斬り捨てる必要は御座いません」

「そうか、それは助かる」

 フィルリークはほっと胸を撫で下ろす。

 その様子を見てシフォンは、フィルリークは戦闘員と言えども人間を斬る事は躊躇う可能性があるとと考え、

「フィルリーク様。少々面白い物をご覧に差し上げましょう」

「面白いもの? ああ、良いぜ」

 フィルリークはシフォンが意図する事を汲み取る事無く言葉のまま了承する。

 シフォンは転移魔法を使い、マシンテーレ城下町の南西部分へとフィルリークと共に転移した。

 転移した先は建物は多かれど人が住んでいる気配には乏しいエリアだった。

 人通りも少なく、その少ない人間達は総じて貧相な格好をしており、恐らくはスラム街である事が伺える。

「魔族か?」

 呟いたフィルリークが見据える先には1体の人型魔族の姿があった。

 その魔族は背丈も小さく、恐らく成体では無いだろう。 

 近くに居た親とはぐれ、このエリアに紛れ込んでしまったのだろうか? 周囲の様子をびくびくと怯えながら伺い慎重に歩んでいた。

「はい。恐らくマシンテーレ城下町の近くに構える魔族の集落からはぐれたか、追い出されたかのどちらかで御座いましょう」

「助けなくて良いのか?」

 現在のフィルリークにとって魔族は味方である。

 しかし、長い間魔族は敵であったが故にその魔族を助ける為身体が勝手に動く、と言う事は無く自然とシフォンに判断を仰いでいた。 

「はい。目の前に居る1体の魔族を助ける事は大事ですが、フィルリーク様へ人間への敵対意識を植え付ける方が重要と判断し、あの魔族は見捨てます」

 スラム街と言う治安の悪いエリアに迷い込んだ子供が辿る運命。それは大方命を落とす、良くても身包みを剥がされるだの本人自身が売り飛ばされる等であろう。

 しかしながら、シフォンは1つの目的の為躊躇い無く目の前の子供魔族を見捨てると言う判断を下したのである。

「俺への意識付け? それだけの為に同胞を見捨てちまうのか?」

「はい。恐らくこの意識付けを行う事でその何十何百倍もの魔族を救う事になると判断致した故で御座います」

「助けられるモノは全て助けねぇのかよ?」

「無論それが実現出来るのでしたら実行致します」

「なら、なんでだよ」

「現在のフィルリーク様は、例え己の命を狙う人間相手でも迎撃し斬り捨てる事に躊躇うと判断したためで御座います」

 すっとフィルリークの心を貫く様な鋭さを持った声でシフォンが説明をした。

「つっ、そんな訳ねぇよ!」

現在の世界で敵である人間彼等が自分に牙を剥いた時、ためらいなく斬り捨てると覚悟を決めたハズのフィルリークであるが、吐き出した言葉に一瞬の迷いが生じた。

「はい。今フィルリーク様の返事にためらいがあった事が何よりも証拠で御座います。真に覚悟が出来ていたのでしたら一瞬の迷いも見せず返事をしていたでしょう」

 シフォンによる鋭い指摘を受けたフィルリークは言葉を失い押し黙る。

「それ故に、少しばかりこの世界の人間達の残虐さを垣間見える事でフィルリーク様がこの世界の人間に対し敵対心を抱かせて頂きたい所存で御座います」

「分かったよ」

 シフォンの理に適った説明を受けたフィルリークは素直に彼女の説明に従う事にした。

 程無くして、子供魔族の元に人間が4人やって来た。

突然前方から現れた人間達から不穏な気配を探知した子供魔族は踵を返し、走って彼等から逃げ出そうとするが、1人目の人間が逃げ行く子ども魔族の足元に向け手に持つマシンガンで銃撃を仕掛ける。

 タタタタタ、と銃声がなり響くと子ども魔族が悲鳴を上げ、足を手で押さえながら地面を転がる。

 どうやら、発射された銃弾が数発子供魔族の足に命中した様で、その足からは黒い血が流れている。

だが、出血量は少なくこれが致命傷になる様には思えない。

 続いて2人目の人間がマシンガンで撃たれた足を手で押さえ悶え苦しみながら地面を転がっている子共魔族に近寄り、その腹部目掛け鋭い蹴りを入れた。

 バキッ、と骨が折れる音と、激しい痛みに悶絶する子ども魔族の悲鳴が上がると子供魔族は小さく宙に浮き、ドサッと鈍い音を立て地面に叩きつけられ動けなくなった。

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