第10話

「にゃ、にゃ、にゃ、はーですさまぁ? ふぃあさまはどうしますかぁ?」

 空中でふよふよとしながら試合の一部始終を眺めていたムリンがハーデスに近寄り尋ねた。

「そうじゃな、シフォンの元へ連れて行け、治療してもらうのじゃ」

「にゃ、にゃにゃん。かっこいいおにーさんはどうするんですかにゃにゃにゃん?」

 ハーデスの指示を受けたムリンはフィルリークの顔をじぃーっと見、にへらと笑みを見せ空中で横方向にくるっと1回転してみせた。

「フム。お主の好きにするが良い」

 ハーデスは、ムリンがフィルリークに対し好意を持ったと判断したのかそれとなく気を遣ってみせる。

「わかりましたですにゃ~☆」

 ハーデスの指示を受けたムリンは、気を失っているフィアに対し転移魔法を発動し、意識はあるものの肩で大きく息をし立ち上がる事もままならないフィルリークの元に近付き、

「ゆうしゃさま~☆ だいじょうぶですかにゃん♪」

 フィルリークの背後に向け、ムリンは胸を押し当てる様に飛び付く。

 むにゅっとやわらかい音がフィルリークの耳に聞こえ、そのやわらかな感触もフィルリークの身体より伝わる、と思いたいが残念ながらムリンのふくよかな胸が当たったのはフィルリークが身に付ける鎧であり、フィルリーク本人はそれを感じ取る事が出来なかった。

「うわっ、な、何しやがる」

 突然自分の背中より数十キロの物体が持たれ掛かって来たせいで、フィルリークは耐えきれる事が出来ず地面に崩れ、突っ伏してしまった。

「にゃん☆ むりんちゃんがゆうしゃさまをいやしてあげるのです☆」

 ムリンは地面に突っ伏しているフィルリークの背中から抱き付くが。

「アンタも魔族だろ? 俺の鎧には聖属性のエネルギーがまだ残っているが」

 聖属性に弱い者が自分の鎧に触れて無事では無いと思ったフィルリークがムリンに対し忠告をするが。

「はにゃ? はにゃにゃ? はにゃにゃにゃにゃん!?!?!?!?!?」

 ムリンは、まるで電気に触れ身体がしびれてしまったかの様な反応を見せると、ポテッっと音を立てフィルリークの隣に転がり落ちた。

「おいおい、大丈夫か?」

 フィルリークはゆっくり起き上がり、しゃがむとムリンを心配そうな目で見る。

「だいじょうぶですにゃー。ゆうしゃさまもしふぉんさまのところにおくりますにゃー」

 ムリンは、フィアと同じくフィルリークにも転移魔法を発動させ、シフォンの元へ送った。

 ムリンによる転移魔法が放つ薄紫色の光に包まれフィルリークはシフォンが滞在している部屋に辿り着いた。

「お初に御目に掛かりますフィルリーク様。わたくしは魔聖将を務めさせておりますシフォンと申します。フィルリーク様の御来訪は、父上より伺っております」

 フィルリークが転移した先、ざっくりと診察所に近い雰囲気の部屋で職務を全うしているシフォンが、丁重なお辞儀をしフィルリークを出迎えた。

 肩程まで伸ばしたふわっとするウェーブが掛かる白寄りなピンク色の髪が程良い優しさを感じさせてくれ、小さな丸いレンズのメガネが知的なイメージを引き出している。

もしも彼女が魔族で無く普通の人間であるとするならばその印象より大多数の男性からの人気を手にする事が出来ると思わせる美しさも兼ね備えていた。

「チッ、俺は魔族の手は借りねぇ!」

 改めて、落ち着いた状況で魔族であるシフォンと対面したフィルリークは、彼女から丁重な対応を見せられたにも関わらず露骨な舌打ちを見せ、不快感を露わにする。

「フィルリーク様の心中はお察ししております。フィルリーク様がわたくし達の救世主であるのですが、今の今まで敵であったわたくし達魔族を救世しなければならない事は理解が出来無いと存じ上げます」

 フィルリークから無礼な態度を受けたシフォンであるが、一切取り乱す様子は無かった。

「ああ、そうだ、どうして俺がお前達魔族を助けなければならない! 聖熱力セイヴァフォースさえあればさっきの魔族だってぶっ潰せた!」

 フィルリークが言うさっきの魔族とはムリンの事である。

 身長130cm程の小柄な体格に愛くるしい姿からムリンが魔族であるという事を忘れ思わず1人の少女と言う対応をしてしまったが、シフォンと対面し冷静となった今、ムリンは討伐しなければならない魔族であるという事を思い返したのである。

「申し訳御座いません。その理由につきましては、わたくしの方からは女神アルテイシアによる貴殿の宿命であるとしかお答え出来ません」

 シフォンが深々と頭を下げ、フィルリークに詫びる。

『その件についてはわたくしの方から説明をします』

 女神アルテイシアが、念話にてフィルリークとシフォンに対し語り掛ける。

「いったいぜんたいどういう事なんだよ!」

 ディベロスを打ち倒し、次の異世界へ転移したと思えば何を思ったか元来敵であるハズの魔族の味方をしろ。

それはフィルリークにとってあまりにも理不尽な状況であるが為アルテイシアに対して声を荒げる。

『まず、貴方は世界を救う為の勇者です、そこに問題は有りませんね』

「ああ、そうだ! だからこそ何で世界の平和を乱す魔族に手をかさなっきゃならねぇんだよ!」

『それは、この世界の人間が星を滅ぼそうとする悪であり魔族はそれを阻止する存在であるからです』

「は!? 何言ってやがるんだ!?」

 人間が悪で魔族が星を守る存在、と今まで経験した世界では有り得ない事を聞かされたフィルリークは思考を停止させてしまう。

『この星は中性魔マナニュートと言うエネルギーを元に活動を行っています。この中性魔マナニュートが枯渇してしまえばこの惑星は活動を停止し、この星に住むあらゆる生命体が死滅する事になります。このエネルギーはこの星の生命体が魔術等を使う際に消耗しますが、それだけでは枯渇する事はありません。この星の人間達が、このエネルギーを膨大に消耗する事で実現出来る技術を産み出し、その結果星のエネルギーを大量に消耗する事となり数百年後この星は活動を停止してしまいます。しかしながら、まずはこの星の精霊達が人間達にその旨を警告しましたが人間達は無視。一方魔族達は精霊の話を信じ改めて魔族の方から人間達に警告をしたのですが、それが発端となり人間と魔族との争いが生じる事になりました』

 アルテイシアが、フィルリークに対し丁寧に説明をするが。

「だからどうしたって言うんだ! 俺が人間を裏切れってのかよ!」

 フィルリークは、人間が敵で魔族が味方と、自分の常識から外れる事をはいそうですかと簡単に認める事は出来なかった。

『自分と同じ種族だから斬る事が出来ない、それは貴方がまだ未熟である証拠に過ぎません』

「なっ!? 俺がどれだけの世界を救ったと思ってんだ! 俺は未熟なんかじゃねぇ!」

『貴方は人間の中では貴方も長く生きた方でしょう。しかしながらわたくし達神からすればまだまだ若くあります。わたくしが貴方に課す1つの試練とでも言っておきましょう』

 アルテイシアの言う通り、1つの世界を救う為数年掛けておりそれを幾つも繰り返しているフィルリークは、アルテイシアの加護により見た目は16歳程の少年であるがその見た目を遥かに超える年月を生きている。

 ただ、主に戦いしか知らない故に生きている時間の割に少々若さが見えてしまうのである。

「ふざけんじゃねぇ! どうして俺が同じ人間を斬らなければならねぇんだ!」

 魔族に侵攻されている世界しか知らぬフィルリークは、人間達が私利私欲の為同じ種族であろうとも平気で殺し合う世界を知らないしそんな世界有り得無いと思っている。

『そうですか。わたくしとしては優しい試練のつもりでしたが、貴方はこの程度の試練すら突破出来無いと、ならば仕方ありませんね』

 真っ直ぐフィルリークを説得しても時間が掛かると判断したアルテイシアは、アプロ―と方法を変えフィルリークを煽る事で言質を取る方法へと切り替える。

「俺が試練を乗り越えられないだとっ!? そんな訳あるかっ! やってやろうじゃねぇかっ!」

『それでこそわたくしの知るフィルリークですね。今回の敵は人間と言いましたが勿論人間の全てが敵と言う訳ではありません。シフォン殿詳しいお話を』

 アルテイシアの思惑通り、あっさりとフィルリークの言質を取る事に成功したアルテイシアはこの世界についての詳細をシフォンに促し、

「畏まりました。この世界の詳細はわたくしが説明致しましょう。現在わたくし達魔王軍と敵対する人間軍は表面上・・・4つの国家から形成されております。機械と呼ばれる、動力源はありますが生命反応を示さない物体を駆使し戦う国家マシンテーレ。純粋な物理的な力を探求した人間の集まる国家モスケルフェルト。攻撃魔術を探求した人間の集まる国家マギーガドル。神聖魔法を探求した人間の集まる国家セントラルジュ。この4つの国家になります。先程アルテイシア様が存じ上げた通りこの星のエネルギー、即ち中性魔マナニュートを無尽蔵に浪費している国家がマシンテーレで御座います。彼の国が作り上げる機械の動力源に中性魔マナニュートを多く使用し、特に真神マシンと言う兵器を動かす為に尋常では無い量の中性魔マナニュートを浪費しております」

「つまり、俺はまずマシンテーレとやらを打ち倒せば良いのか?」

「仰せの通りで御座いますが、状況次第ではモスケルフェルト国を打ち倒して頂きとう御座います」

 シフォンは、打ち倒すべき国家の候補としてマシンテーレ以外3か国の内1か国だけの名前を告げる。

 ぱっと聞く限り3か国とも魔族の敵であると思えるが、人間軍は表面上4つの国家から成り立つと言った以上水面下ではまた違う話があるのだろう。

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