第3話

「心得たで御座る」


 カインは脱出術エスケープを使い、今居る4人を覇邪王場の外へと脱出させた後、転移術を使い勇者フィルリークをこの世界へと召喚した王国へと転移した。

 王国へ帰還したフィルリーク達は、国王に対し覇邪王ディベロス討伐の報告を行った。

 この世界の平和を乱す諸悪の根源を打ち倒したフィルリークに対し、国王はひと先ず盛大な祝賀会を開く事にした。

 細かい褒賞等は後にし、暗く沈み込んだ城内の空気を明るく変えたいと言う国王の計らい故であった。

 祝賀会が開かれ2時間程経過し、貴族達との応対が落ち着いた所でフィルリークはミィルティーナに連れられ、会場の2階よりバルコニーへと向かった。

 バルコニーへ出ると、まるでフィルリーク達の勝利を祝福するかの様に美しい星空が待っていた。

 肌にそっと触れる夜風も心地が良い。

 このまま何もかも忘れ去って眠りについてしまいたい位であった。


「月が綺麗だね」


 ミィルティーナが星々で埋め尽くされた夜空を指差しながら嬉しそうに言う。


「ああ、そうだな」


 フィルリークは肩に込めていた力を抜き、そっと言う。

 夜空に輝く満月を眺めながらミィルティーナがフィルリークに肩を寄せ、


「ねぇ、フィル? あの時言っていた事ってホントなの?」


 ミィルティーナが恐る恐ると尋ねる。


「あの時の事?」

「うん、覇邪王ディベロスを打ち倒したらフィルは別の世界に行っちゃうって事、私、あの時は冗談だよねって聞いていたんだけど」


 ミィルティーナの様子を見てフィルリークはそれを嘘と言うべきか? と少し迷い、口を開く。


「いや、本当だ。俺が女神アルテイシアの元数多の異世界を救う勇者である事、覇邪王ディベロスを討伐する事でこの世界の平和を取り戻したならば、悪の手により滅亡の危機に瀕している別の世界を救う為その世界へと向かわなければならない」


 嘘であって欲しい。

 ミィルティーナのささやかな希望は虚しく打ち砕かれてしまった。

分かっていた事だけども、いざこの瞬間が訪れてしまった事実に耐え切れずミィルティーナは、フィルリークに寄せていた肩を外し、俯く。


「嫌だよ……。私、フィルとお別れしたくないよ」


 分かっていたって割り切れる事なんかできる訳が無い。

ミィルティーナは必死に悲しみを堪えながら今にも掻き消えそうな声で呟く。


「そうなのか?」


 その世界の親玉を倒す度、何度も異世界を転移して来たフィルリークには何故ミィルティーナが自分と別れたくないと言ったのか分らなかった。


「そうだよ……。だって、私達一緒に戦って来た仲間なんだよ?」


 ミィルティーナが、フィルリークの身に着けている服の袖を軽く引っ張りながら言う。

 フィルリークと別れたくない気持ちが仕草にも表れているのだろう。


「仲間、か」


 フィルリークは今まで救って来た世界で出会った仲間達の事を思い返す。

 彼等は総じて、自分が次の世界を救うと告げれば笑顔で見送った者しか居なかった。

 それ故に、それ等の世界を救った際の別れはあっさりとしたモノでしか無いとしかフィルリークは思っておらず、仲間との別れに対して特別強い感情を抱いていないのであった。


「フィルは大切な仲間なんだよ?」


 ミィルティーナが袖を引っ張る力を込める。

 まるで彼女が本当に言いたい事を隠しているかの様に。


「ああ、改めて言われると嬉しい、有難う」


しかし、ミィルティーナが内に秘める心境をフィルリークが気付く事無く言葉を続ける。


「俺は女神アルテイシアの下、数多の世界を平和に導く使命を背負っている勇者なんだ。ミィルの気持ちは嬉しい、けれど次の世界で俺の助けを待っている人達の為にも俺は次の世界に行かなければならない」

 

 フィルリークからこの言葉を掛けられる事はミィルティーナも何と無く分かっていた。

 けれどそれが現実になった瞬間、ミィルティーナは自分の中で流れていた時が止まってしまった様な感覚に襲われて、


「嫌だ、そんなの嫌だっ!」


 ミィルティーナはフィルリークの胸元に縋りつき大粒の涙を瞳から溢れさせて、


「嫌だ、私フィルの事が好き、離れたくない、ずっと一緒に居たい、フィルと一緒に温かい家庭を作りたいんだからっ」


 溢れ出した涙が止まらない。

ミィルティーナが泣きじゃくりながら、胸に秘めていた想いをフィルリークにぶつける。

 この様な形で強い想いをぶつけられた事が無いフィルリークは思わず困惑の色を示す。

 フィルリークは少し悩んだ末、ミィルティーナの両肩に触れ密着していたその距離を離し、涙で溢れる彼女の瞳をじっくりと見据え、

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