誤送信
がしゃむくろ
誤送信
義理の祖父が危篤だと知らされたのは、夕方頃だった。
妻からLINEがあった。
『仕事中ごめんね おじいちゃん、夜までもたないかもと先生から言われました』
『わかった。仕事は早退させてもらうから。すぐ病院向かいます』
『ありがとう』
上司に事情を話し、定時よりも一時間早く上がらせてもらう。
電車に乗り、隅の座席に座った。
スマホを確認したが、あれから連絡は入っていなかった。
妻はお祖父ちゃん子で、結婚してからもよく実家に帰り、いっしょに過ごしていた。
私もよくしてもらった。彼女の祖父は穏やかな人柄で、私のことも気遣ってくれた。
はじめて会ったときのことが思い出される。
「孫は勝ち気な性格なものですから、時々強い言葉を吐くことがあるかもしれません。でも、根はとても優しい子です。どうか、この子のことを頼みます」
そういって、深々と頭を下げてくれた。
その祖父が、もうすぐこの世を去ろうとしている。
一年ほど前、脳梗塞で倒れてから、ずっと病室のベッドの上にいる。
一命は取り留めたものの、体の自由はほとんど奪われてしまった。
満足に意思疎通もできず、もどかしさもあったのだろう。お見舞いにいくと、その表情は苦悶で歪んでいた。
元々、細く痩せ形ではあったが、入院後は文字通り骨と皮だけのような姿に変わっていった。
自然と目から溢れ出るものがあり、電車から眺める景色が霞んだ。
しばらくして、またLINEが入った。
『いま亡くなりました』
こみ上げる涙を止めることができず、次々と頬をつたって、床に落ちた。
『おじいちゃん、がんばったね』
そう返信した。他に、どんな言葉をかけて良いか、わからなかった。
自分ですら、これほど悲しいのだ。
妻がどれほど辛い思いをしているのか。それを思うと、胸が痛んだ。
LINEの返事がきた。
『いま ジジイの生気食い終わった 死にかけでも美味しかった! もう食べられないと思うと悲しくて、ちょっとだけ瓶に入れちゃった。明日いっしょに食べようね♥』
ほどなくして、メッセージは消去された。
『ごめん さっき間違えて送信しちゃったからすぐに消した 見てないよね?』
どう返事をして良いか、わからなかった。
駅に着いてからも、ホームのベンチに腰掛けたまま動けなかった。
あの直後から無数のLINEが届き、何度も電話の呼び出し音が鳴った。
すべて無視した。
妻と話すのが、恐ろしかった。
あのメッセージは、誰に──。
誤送信 がしゃむくろ @ydrago
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