苅山島の掟

 人口130名ほどの苅山かりやま島。

 最低限のインフラが整備されているだけで娯楽のたぐいは一切存在しない。全て自給自足で補っているが、家畜などの数も少なく島民は質素な生活を強いられていた。

 しかし限界集落に指定される島から人が出ていくことはない。

 故郷への恩返しなどという素敵な理由ではなく、島民はこの地で一生暮らすことを強制的に誓わせられるのだ。

 誓いの言葉として用いられるのは、誰もが一度は聞いたことのある指切りの文言。


『指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます』


 江戸時代に遊女が愛を誓うために小指を切って送ったことが起源とされる指切り。文献によると苅山島は遊女が客と共に駆け落ちした地とされている。

 苅山島にとっての指切りは子供が行う表面上の軽い約束ではなく、言葉通りの意味として捉えられる。

 裕也の父親は本土の病院を受診したいと長老に相談した。しかし島の医者に仮病と診断されて、掟に則って拳で一万回殴られてから針を千本飲まされた。

「お父さんはね、家族全員で本土に逃げようとしていたのよ」

 父親が亡くなった翌日、寂しそうな目をした母親からそう聞かされた。

 苅山島のしきたりと洗脳された島民からの脱出は父親の夢だったと……。

 そしてその夜、母親は自宅で首を吊った。

 残された裕也と妹の楓は現実を受け止めきれずにいた。身寄りのない17歳と14歳が生き抜くには余りにも辛く厳しい環境である。

「お母さんお父さん、すぐいくから待っててね」

 母親の遺体が回収された後、梁に引っかけられたままのロープを眺めて楓がポツリと呟く。

 一歩前に踏み出したのを見て裕也が肩を掴んだ。

「それだけは駄目だ」

「人殺しに囲まれて暮らすなんて耐えられないよ」

「だから俺は決めた」

「……え?」


「長老を殺す」


「お、お兄ちゃん何言ってるの!?」

 声が大きくなりすぎたと楓は両手で口を塞ぐ。

「表に出さないだけで俺たち以外にも島の掟に疑問を抱いている人はいるはずだ。長老を殺せばきっと島の人も目を覚ましてくれる」

 裕也が至って真剣だと感じた楓は姿勢を正した。

「長老は青年団の人に警護されてるから近づくのは難しいんじゃない?」

「だから長老を直接襲うことはしない。俺の目的は長老の家にある指切りの制裁の記録映像だ」

 楓は難解になりつつある話に眉根を寄せる。

「長老が指切りの制裁をする時に青年団に撮らせてる記録映像があるだろ。実はあれ、ネット上で売りさばいてるらしい」

 それは裕也が父親から聞かされた情報だった。

「ろくに食べ物もない島で長老と青年団だけ太ってるのはそれが理由だ。長老が通院で本土に渡ってるのも嘘で、本当は儲けた金で豪遊三昧してる」

「まさか長老の家に忍び込むつもり? そんなことしたらお兄ちゃんも殺されちゃうよ」

「誰もいない日を狙うから大丈夫だ」

 裕也は楓を心配させないように笑顔を作る。

「決行は島民全員が一堂に会する日──"指切りの誓い"だ」

 指切りの誓いとは正式に島民として認められるための行事で、15歳の誕生日に長老と指切りをかわすことで完了となる。

 そして直近に迫る対象者は二日後に15歳の誕生日を迎える楓だ。

「俺は体調不良ってことにして行事には参加しない」

「その間に忍び込むのはわかるけど……時間が足りないんじゃない?」

 指切りの誓いとは銘打っているが実際には大それたことはなく、せいぜい20分程度で終わってそのまま現地解散となる。

 長老の家に忍び込む。

 記録映像のデータを見つける。

 痕跡を消して脱出。

 スムーズに進んでも20分は難しい。

「すぐに終わらせるから大丈夫だ。楓は俺が体調不良で来れないことを長老に伝えてくれ」

 不安げな表情を浮かべる楓の肩を叩いて安心安全をアピールするが、実際計画が成功するかは運否天賦だ。

「俺たちで父さんと母さんの仇を取ろう」

 その言葉が迷っていた楓の気持ちを後押しする。

 兄妹は見つめ合い、そして無言でうなずいた。

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