エピローグ
「それじゃあ、全員大学に合格したことを祝って、乾杯!」
瑠璃が乾杯の音頭をとると、皆がグラスを合わせた。
3月某日。卒業式よりも先に私たちはファミレスに集まって、卒業パーティをしていた。
瑠璃の友達も来ているから、かなりの大人数になっている。その中で人見知りをしているのは私だけらしい。
あんまり話したことがないような人とも前から友達です、みたいな感じで皆話をしていて、私は正直置いてけぼりだった。
強い。強すぎる。
私は必死に話に参加してみるものの、気疲れしてしまって楽しむどころではなかった。一旦外の空気でも浴びて気分転換しないと干からびてしまう。
「はぁ……」
もしや私は高校一年の時から成長していないのでは?
いやいや。そんなわけなかろう。ただ私は受験にちょっと疲れてしまって、本当の力を出せていないだけだ。
私が本気になれば今日来ている全員と友達になるだけじゃなく、親友になることも可能である。多分。
「心望」
「ひゅっ」
急に後ろから声をかけられて、体をびくりと跳ねさせる。
ゆっくり振り向くと、そこには瑠璃が立っていた。
「よ、よく私が抜け出したことに気づいたね」
「そりゃあ、ずっと見てるわけだし」
「……む」
さらっと言うなぁ、ほんと。
私も瑠璃のことはずっと見ているけれど、こう面と向かって言われると照れる。
「相変わらず人見知りだねー、心望は。借りてきた猫だ」
「だって、何話せばいいのかわからないし」
「いや、別に適当でいいと思うけど」
「えー……。皆キラキラしてるから、変なこと言ったら処刑されそうで怖いです」
「いや、私の友達のことなんだと思ってるの。蛮族じゃないんだから」
二人で顔を見合わせて、笑う。
「相変わらず、ほんと心望は心望だ。お子ちゃま」
「そういう意地悪言うところは、瑠璃も変わってない」
「あはは、そうかも」
一度会話が止まると、彼女は私の手を握ってきた。
その顔は珍しく、緊張しているように見える。
私は首を傾げた。
「あの、さ。私たちの関係って、ずっとこのまま?」
私たちの関係。
今は期間限定で本物の恋人になっているけれど、一年だけという約束を守るのだとしたら、大学生になったら恋人ではなくなるということで。
同じ大学に行って、これからも一緒に過ごすと決めた今。私は期間限定ではなく、ずっと彼女の恋人でありたいと思うようになっている。
彼女の気持ちはどうなんだろう。
前に大好きと言ってくれたことはあるけれど、恋愛感情はあるんだろうか。
「私は、このままがいい。今年も来年も、瑠璃と恋人のままが、いい」
「……どうして?」
ここまで言えばわかると思うけど。
よほど鈍感なのか、私に言ってほしい言葉があるのか。
口にするのは恥ずかしくて、でも、私の心はずっと前から決まっている。言葉に出そうと出すまいと、この心が変わることはない。
なら、言ってしまおう。
「そんなの、決まってるじゃん。瑠璃のことが、好きだから。意地悪で、優しくて、やることなすこと唐突で、めちゃくちゃな瑠璃のことが、好き」
「褒められてる気はしないけど」
「半分褒めてるけど、半分貶してる」
「私のこと好きなのに?」
「瑠璃のことが好きだからって、瑠璃の全部が好きなわけじゃないし。私のこと馬鹿にするところは嫌い。舐めるのも許さないから」
彼女はいつものように、くすくす笑う。
余裕の様子だ。私はかなり勇気を振り絞って告白したというのに、ここまでいつも通りだとちょっと面白くない。
「……で? 私の告白をお聞きなさった国光様はいかがなさるつもりで?」
「ん? んー。じゃあ、返事するから目を瞑って?」
「いいけど……」
「それで、ちょっと顎上げて」
「……ん」
最初にキスされた時も、こんな感じだったよなと思い出す。あの頃は友達同士ならノーカンだなんて思っていたけれど、今は違う。
心臓がばくばくうるさくて、緊張する。
早くキスしてくれないだろうかと思って待っていると、何か柔らかいものが触れた。思わず目を開けると、彼女の指が私に触れているのがわかった。
「瑠璃?」
「ふふ、キスされると思った?」
……。
……この女。
「こ、こういう時にからかってくる!? 何、なんなの! 結局どっち!? 私のこと好きなの? 好きじゃないの!?」
「好きだよ」
まだ喚こうとしていた私の唇を、彼女の唇が塞ぐ。
静かで短い触れ合いが終わると、瑠璃はそのまま私を抱きしめてくる。
「好きだから、つい意地悪したくなって」
「最低。変態」
「……あはは、ごめんごめん」
「何笑ってんの。反省してないでしょ」
私はため息をついた。
小学生じゃないんだから、好きだからって意地悪なんてしないでほしい。
別に、嫌ってほどじゃないけど。
「してるよ。だからこれからは、たくさん好きって言う。……愛してるよ、心望」
「あっ……あいっ……!?」
「照れすぎ。ほら、心望からも言ってよ」
「え、あっ……愛し——」
「おーい、お二人さん。料理来てるけど」
雪凪がふらりと呼びに来る。
私は瑠璃から離れようとしたけれど、ぎゅっと抱きしめられているせいで身動きが取れない。
「ちょっ、瑠璃! 離れ……」
「無理。張りついちゃって離れないから」
「いや、絶対嘘でしょ! このっ……!」
「いいじゃん。私たち、仲良しなんだし。見せつけちゃおうよ」
「お熱いねー」
そんなのんびりした調子で言われても困る。
「仲がいいのは結構だけど、早く来ないと料理売り切れるよ。じゃあね」
雪凪はそう言って踵を返したかと思えば、私の耳元に顔を寄せてくる。
「おめでとう、心望」
「え」
私が何かを言う前に、雪凪は店の中に戻っていく。
え、いつから?
ていうか、なんで?
もしかして私、そんなにわかりやすいのか。
思考がぐるぐると頭を回るけれど、結局雪凪に直接聞くことができないまま、私と瑠璃はその場に取り残された。
私たちはしばらく抱き合っていたが、私のお腹が鳴ったのを合図にして、離れることになった。
相変わらず締まらないというか、なんとも言えない感じになってしまったけれど。
でも瑠璃は今日も楽しそうだから、いいのかなと思った。
「心望、早く! 電車もう出ちゃうよー!」
「待って! まだ髪型が決まってなくて!」
「そんなのいいから早くしなよ!」
私は大量の荷物を入れたキャリーバッグを引いて、玄関まで歩いた。
バタバタしている私とは真逆で、瑠璃はいつものように悠然と立っている。今日から地元を離れるというのに、随分と余裕そうだ。
「ほら、行くよ」
「あ、うん。その前に最後の確認を——」
「大丈夫。少しくらい抜けがあっても、向こうで買えばいいでしょ」
「そ、そうだね。じゃあ、えーっと、行ってきます!」
瑠璃と一緒に家を出て、見慣れた道を歩く。
今日でこの通ともお別れと考えると感慨深いものがあるけれど、瑠璃が早足で歩いてしまうから浸る余裕がない。
「瑠璃、どうしてそんなに急いでるの? 電車なんてたくさん出てるじゃん!」
「それはそうだけど、できる限り早く行きたいし」
「なんで?」
「向こうでゆっくり過ごしたいし。荷物出すのとか早く行って済ませた方が、ゆっくりできる時間が増えるでしょ」
「……確かに」
私たちは同じ部屋に住むわけではないのだが、同じマンションで、隣同士の部屋を借りている。
ちゃんと好きだと言い合ってからまだ日が浅いということで、同居にまでは踏み切らなかったのだ。
お互い一人でゆっくりする時間も必要だろうし。
「わかったらほら、きびきび歩く!」
いつもよりせっかちになっているなぁ。
さっきまでいつも通りだったのに。
やっぱり彼女も新しい生活が始まることにテンションが上がっているのかもしれない。
私もそうだ。色々不安はあるものの、瑠璃と一緒ならきっと今までと同じように……いや。今まで以上に楽しい毎日を過ごせると、信じている。だからいつもよりテンションが高くはなっているのだと思う。
「ねえ、瑠璃!」
「なに、心望」
「私も瑠璃のこと、愛してる!」
「……」
今なら言えそうだったから言ってみるけれど、瑠璃は眉を顰めるのみだった。
あれ、駄目だった?
「それ、今言う?」
「今なら言えそうだったから……」
「もっと然るべき時に言ってほしかったんだけどね。……まあ、心望らしいっちゃらしいか」
彼女は呆れたように言ってから、ふっと笑った。
「私も愛してる。向こう着いたら、もっとちゃんと言ってもらうからね」
「うん。じゃ、急ごっか!」
私は軽やかに歩いて、彼女の前に立った。
「二列になったら危ないよ」
「瑠璃が私の後ろを歩けばいいんだよ。私の方がお姉さんなわけだし!」
「いや、誕生日私の方が先でしょ。何年上ぶってるの」
「心は誰よりお姉さんだからいいんですー!」
「そういうところがお子ちゃまなんだって」
「あーあー聞こえない! とにかく私が前だから!」
「……しょうがないなぁ」
彼女と友達になったばかりの頃は、愛していると言い合うような関係になるなんて思ってもいなかった。
だけど今ここにいる私たちは確かに愛し合っていて、愛していると言うことにも抵抗がない。
これからは、どう変わっていくんだろう。
きっと今の私たちには想像できない私たちになって、想像もできないようなことを言い合ったりもしているんだろう。
それでも。
私たちが私たちであり続ける限りは、きっと大丈夫だ。
何せ私は誰よりも可愛くて明るくて前向きで、人を楽しませるのが得意で。何より、瑠璃のことを誰よりも愛している。
そして、それは瑠璃も同じのはずだ。
これからも私たちは愛を叫び合う。それが偽物ではなく、本物の恋人同士である私たちの日常なのだから。
三番目に仲がいい友達と偽カップルになったらめちゃくちゃグイグイきます 犬甘あんず(ぽめぞーん) @mofuzo
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