第39話
これはもはや、おめかしというより過剰装飾と言った方がいいだろう。
莉果には無駄にキラキラしたメイクをされて、雪凪にはどう考えても私には似合っていない服を着せられた。
いつか私がキラキラ女子になったら履こうと思っていたグリッターパンプスまで取り出す始末だ。
今の私はキラキラというよりギラギラしてしまっている。
こんな格好で瑠璃に会うのは忍びないけれど、格好を直している時間もない。
夜の八時ちょっと前。彼女はすでに校門の前で待っていた。
「やっときた。……って、何その格好」
「莉果たちにやられた。ゴテゴテすぎて可愛くないでしょ」
「あはは、まあちょっとやりすぎだけど、可愛いよ。心望は素材がいいから」
「……む」
そう言われると、それはそれでちょっと複雑だ。
いつも私は瑠璃と会う時、ちゃんと自分に合った格好をしている。一番可愛く見えるようなメイクと洋服を選んでいるから、可愛いと言われても素直に喜べるんだけど。
この格好でも可愛いと言われてしまったら、頑張っていつもおしゃれしているのが無駄みたいではないか。
でも、瑠璃に褒められるのは嬉しい。
だから私は何も言えなくなった。
「もちろん、いつもの格好の方が可愛いよ。拗ねるな拗ねるな」
「……むむ」
別に、拗ねていたわけではない。ただちょっともやっとしただけで。
「……ね、ちょっと学校の中、歩かない?」
瑠璃はそう言って、私に手を差し出してきた。
私はその手を握って、彼女を見上げた。相変わらずの笑顔。夜の闇の中にあっても綺麗なその笑顔に、目を奪われる。
「いいけど、この時間に入って大丈夫なの?」
「まだ門開いてるし。どうにかなるでしょ」
「む、適当な」
「もう手、握っちゃったからね。逃げられないよ」
彼女は私の手をぎゅっと握って、そのまま歩き出す。
私たちはゆっくりと歩いて、校舎の前に立った。校門はまだ閉まっていなかったものの、校舎の扉はすでに閉まっているようだった。
「あらら、ここまでか」
「そうみたいだね」
久しぶりに二人で会ったせいか、かける言葉が見つからない。会話の種なんて、いくらでもあるのに。
今日あったこととか、最近あった楽しいこととか、色々。
でも本当に話したいのはそんなことじゃなくて。
一緒にいたいならいたいでいいじゃん。
昼に雪凪から言われた言葉を思い出す。
瑠璃に恋愛感情を抱いていなくて、ただ単純に友達としての気持ちしかないのであれば、一緒に行きたいと言っていただろう。
でも、今は違う。私は瑠璃に恋していて、だからこそ行動の一つ一つに、もし嫌われたらどうしようという不安がつきまとう。
確かにこれは、私らしくないかもしれない。今まで私はここまで人との関係に不安を抱いたことがない。
それなりに自分に自信があったし、友達を楽しませるのは得意だったし。
だけど。
「ねえ、瑠璃」
「なあに、心望」
「私——」
「おーい、君たち。もう閉門の時間だから、出なさい」
今極めて重要な話をしようとしていたのだが、どこかからやってきた先生に遮られる。
間が悪すぎる。
いや、こんな夜間に学校に入ってきたのは私たちで、先生は仕事なんだから仕方ないんだけど。
ああもう、どうしてこうなるんだ。
「……追い出されちゃったね。あーあ、夜の校舎、見て回りたかったんだけど」
学校から追い出された私たちは、ふらふらとその辺を歩き始める。
どうしよう。
さっき私は、彼女に一緒にいさせてほしいと頼むつもりだった。
結局不安に思っても、怯えていたって仕方ないのだ。後悔したくないなら、今まで通り猪突猛進で行くしかない。
それが私の一番の長所で、本質だから。
でも出鼻をくじかれるともう一度勇気を出すのは結構大変で。
また今度でいいかなんて、弱気な自分が顔を出す。
馬鹿。そんなんじゃ、いつまで経っても前に進めないのに。
「まあ、あと半年あるから機会なんていくらでもあるかな。文化祭の時にでも回ってみようよ。多分、楽しいと思うし」
「……うん」
履き慣れていない靴で歩いていると、段々と足に違和感が出始める。
そうだ、と思う。
私は一度立ち止まって、彼女をじっと見つめた。
「ねえ、瑠璃。おんぶしてよ。私、足痛くなってきちゃった」
「うん? ……ああ、見慣れない靴履いてるもんね。はい、どーぞ」
彼女はしゃがんで、背中を私に向けてくる。私は彼女の背中に乗っかって、そのままぎゅっと抱きしめた。
「どこまで運ぶ?」
「……どこまでも、って言ったら?」
「いいよ。心望がそれを望むなら」
「……冗談だよ。それじゃ瑠璃の負担がすごいことになるでしょ」
「大丈夫だよ、心望軽いし。それに、心望になら何を言われても、何されても、負担だなんて思わないから」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。前にも言ったじゃん。本音が知りたいし、本当が聞きたいって」
「……じゃあ、さ」
彼女の背中から見る景色は、やっぱりいつもと違う。私一人じゃ絶対に見ることができない景色だ。
「……瑠璃。私ね、本当は瑠璃が遠くの大学に行くって言った時、すごい嫌だった」
「うん」
「私は瑠璃みたいに頭も良くないし、夢もないし、大した取り柄もない。でも、それでも瑠璃と一緒にいたい」
「……うん」
「やっぱり。やっぱりお別れは、やだ。来年も、その先も、瑠璃が隣にいないとやだ。……だから。瑠璃についていっても、いい?」
返事が怖い。
駄目と言われたらもうそれまでで、明日からも本物の恋人として過ごす、なんてできそうにない。
今の思い出を、キラキラしたものとして明日に残すなら。一歩も彼女に踏み込まず、返事が怖くなるような言葉は言うべきじゃないんだろうけど。
でも、やっぱり、私が一番怖いのは、このまま彼女を見送ってしまうことで。
今の私の願いは、瑠璃と一緒にいることだから。
彼女に届かせてしまった言葉は、もう引っ込められない。あとはただ、泣きそうな気持ちを抑えて、目を閉じて彼女の返事を待つだけだ。
「いいよ。……ううん、違うな。むしろ私の方から、お願いしたい。私についてきてくださいって」
「……うん。ついてく。ついてって、瑠璃の夢を誰より近くで応援したい」
「それは、嬉しいかも。心望が傍で応援してくれたら、きっとなんでもできるよ」
胸にじんわりと安堵が広がる。
私のお願いを受け入れてもらえた。
それだけでこれまでの不安が弾け飛んで、ただただ幸せだった。
「……まあ、まずは二人ともちゃんと大学に合格しないと仕方ないんだけど」
「うっ」
「二人とも目標の大学落ちてやっぱこの辺の大学行きますーとかなったら目も当てられないよ」
「急に現実的なこと言わないでよ! 怖くなるじゃん!」
「あはは、ごめんごめん。でも、きっと私たちなら大丈夫だよ。心望も最近、すごい成績いいじゃん」
「優秀な誰かさんが勉強をつきっきりで教えてくれてたからね」
「そんな誰かさんの信頼に応えるためにも、ちゃんと合格してついてきてね」
「……うん、頑張る」
私が呟くと、瑠璃は突然速度を上げた。
「ちょっと、瑠璃?」
「今日はこのまま、行けるとこまで行っちゃおっか! 補導されるまで!」
「え、ちょ……」
「ちゃんと掴まってなよ。振り落とされないように!」
スニーカーが地面に擦れる音が、夜の街に響く。
いつもよりももっと、ずっと高らかに響く彼女の足音は、これから先の未来を示してくれているみたいで。
私は少しだけ笑顔になって、彼女に強く掴まった。
上からじゃ彼女の表情を見ることは叶わないけれど、きっと彼女も笑顔を浮かべてくれているだろうと思った。
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