第28話
二つ結びで子供っぽくない髪型って、どんなものがあるだろう。
私は昨日からそればかり考えていた。
ツインテールは子供っぽいし、おさげっていうのも私がすると子供っぽい印象を与えそうで。
結局色々考えた末にハーフツインにしてみたけれど、結局鏡に映る自分はどこか子供っぽくて、どうなんだろうってなる。
「……はぁ」
そもそもこんなにも髪型に悩んでいるのは、瑠璃のせいだ。昨日の夜電話した時に、私は前に借りたヘアゴムを返すと言った。
瑠璃の返答はこうである。
『返さなくていいよ。でもその代わり、ヘアゴム使ってなんか可愛い髪型にしてきてよ』
ヘアゴムが欲しいと言った覚えはないのだが、押されるままに可愛い髪型なんてものを考える羽目になってしまったのである。
家の鏡と睨めっこすること一時間。
そして、誰よりも早く学校に来て、学校のトイレの鏡と睨めっこすること数十分。いい加減他のクラスメイトたちも登校してきた時分だろう。
そもそもである。
可愛い髪型ってなんなんだ。私は普段髪を下ろしているけれど、普段は可愛くないってことはないと思う。
私はそこにいるだけで可愛いのだから、可愛い髪型も何もあったものではない。
ファッションの最先端をいく人が流行に乗るのではなく流行を作るように、可愛い髪型を私が研究せずとも、私の髪型が即ち可愛い髪型になるのでは?
そう。
私は可愛い。なら、どんな髪型だって可愛いのだ。万事解決。終了。
よし。見せてやろう、可愛い私を。驚いて慄いて感謝と感動に咽び泣くがいいわ。
「ふっふっふ」
瑠璃の驚く顔が目に浮かぶようだ。
肩で風を切ってトイレから出ると、背後から誰かに肩を叩かれた。
「心望、おはよう」
「ひゅっ」
突然の襲来に、私は言葉を失った。
声をかけてきた相手が瑠璃だということはすぐにわかったけれど、振り返る勇気がない。
私なりに色々考えて今の髪型にしてきたけど、可愛くないと思われたらどうしよう。
いやいや、弱気になっちゃ駄目だ。
私はいつだって可愛いのだから、瑠璃だって褒めてくれる……はず。はず、なんだけど。
なんでこんなに不安になるんだろう。
別に瑠璃に何を言われたって、私は私なのに。
「あ、お、おはよう。本日はお日柄もよく……」
「いや、何それ。どうしたの?」
正面に回り込まれる。
瑠璃はしゃがみ込んできたと思えば、私の前髪を持ち上げて、そのままおでこをくっつけてきた。
背中がぴりぴりした。
突然のことに、感情が追いついていない。
「熱はないみたいだけど、調子悪い?」
「や、え、別に。今日も元気だよ、うん」
「そっか。私は心望みたいに顔色の変化とかあんまよくわからないから、調子が悪かったら言ってね」
「う、うん」
なんか、いやに優しい気がする。
こういう時は大体後で馬鹿にしてくるパターンが多いから、油断はできない。そうわかっているんだけど、優しい調子で声をかけられると胸がぽかぽかするのは確かで。
最近私の中で、瑠璃の立ち位置がよくわからなくなってきている。
仲がいい友達なのは確かなんだけど、なんか、変だ。
一緒にいたら楽しい。離れ離れになると思うと、ちょっと気分が重くなる。全身を触られても、別に嫌じゃない。
でも、他の友達とどう違うのって言われると、うーんってなる。
莉果にも雪凪にも何かと触られることが多いし、二人ともずっと仲良い友達でいたいと思う。
二人とも、胸とかは触ってこないけど。触られたら、どうなんだろう。嫌なのか、そうじゃないのか。
「……心望。今日の髪型、可愛いよ。でも、飾りが見えにくくなってる」
瑠璃はそう言って、私の髪に触れてくる。
胸の辺りが変だ。教壇に立たされたときの緊張とちょっと似た、ぴりっとくる感じがある。
私は今緊張しているのか。瑠璃相手に?
友達相手に緊張って、どうなんだろう。
うーん。
「この前は笑ってきたのに、今日は普通の褒めてくれるんだ」
「心望が私のために選んだ髪型だからね。いいと思うよ。似合ってる」
「これが似合っているって言われるのも複雑だけど……」
「無理に大人っぽい髪型にしなくてもいいと思うけどね。似合う髪型が一番だよ」
「……じゃあ聞くけど、瑠璃の好きな髪型ってどんなの?」
「心望の髪ならなんでも好き……かもね」
「む、適当な。もういい。教室戻るよ」
絶対からかってくる流れになるのだ。
さあ、こい。
来ればいい。そして存分に私のことをからかえばいい。馬鹿にすればいい。そうしてくれれば、全部いつも通りになる。
そう思ったのに、こういう時に限って何も言ってこない。
私は瑠璃と一緒に教室に戻って、いつも通り世間話をした。
馬鹿にされないと落ち着かないってなんか変態みたいでやだな。そう思うのは、何かを誤魔化そうとしているせいかもしれないけれど。
「莉果。雪凪。折り入って頼みがあるんだけど」
昼休み、いつも通り二人とお昼を済ませた私は、背筋を正して言った。
私のただならぬ様子に気づいたのか、二人は真面目な顔で私を見てくる。
「どした? なんか重い頼み事?」
「5万までなら貸す」
真面目な顔で、雪凪は変なことを言う。
私がお金を貸してくださいと言うとでも思っているのか。
「お金のことじゃなくて! もっと大事なこと!」
「大事なこと?」
「そう。まどろっこしいのもアレだからもう言うけど……私に触って欲しいの!」
「……は?」
「莉果。莉果がおもちゃにしすぎるから心望がおかしくなっちゃった」
「雪凪が頭撫ですぎたせいで脳みそツルツルになったんじゃないの」
「どっちも違いますけど!?」
まあ、友達がいきなりこんなことを言い出したら私も正気を疑うが。
でもこれには深い、それはもう海より深い理由があるのだ。
「……別に変になったわけじゃなくて。ただ、友達に触られるのとそれ以外の人に触られるので、どんな違いがあるのか確かめたいだけで」
「なんでそんなの確かめんの?」
莉果が言う。
「それは、えっと。彼氏に触られた時、嫌じゃなかったんだけど、本当に自分が受け入れてるのかちょっとわからなくて。だから、確かめたいの」
「……ふーん? 私はまあ、別にいいけど」
「心望の頼みとあれば、仕方ない。触ってあげるよ。全身くまなく」
「莉果……! 雪凪……! ありがとう!」
「じゃ、莉果。腕は任せた」
「りょ」
「……? あの、なんで腕を押さえ込んでるの?」
「ただ触るだけじゃ、面白くないし」
「面白さ求めてないんですけど!?」
「私たちは求めてるから。頼み聞いてあげるんだし、我慢してね」
雪凪は平然とそう言い放つ。
凄まじく嫌な予感がした。こういう時のこやつらは絶対碌なことしない。やっぱやめますと言おうとした瞬間、脇の下に手が這い回った。
「ちょっ、ふ、くふ、あはは! やめ、この、変態!」
「変態は触ってって言ってくる方だと思いまーす」
おい、これはいじめというやつではないか?
確かに触って欲しいと頼んだのは私だけど。
ていうか雪凪の手つきが微妙にやらしい。瑠璃よりよっぽどやらしいぞ。
全身を触られると、服越しでもくすぐったくて変になりそうだった。でも瑠璃に触られた時とはやっぱりちょっと違う気がする。
「馬鹿! もうわかったから、離して!」
「意外に触り心地がいいね、心望」
今褒められても全く嬉しくないし。
雪凪はブレザーのボタンを外して、ブラウスの上から私の体を責めてくる。
そろそろ死ぬんじゃないかと思っていると、瑠璃が教室に入ってきているのが見えた。
「……何してんの?」
瑠璃が呆れたように言う。
「心望に触ってって言われたから、触ってる」
「……。ふーん?」
微妙な間があったな、今。
これは助けてくれるような感じじゃない。
むしろ怒ってる?
勉学に励むための神聖な教室で何やってんだこら、みたいな感じだろうか。許してほしい。私もこうなるとは思ってなかったから。
「瑠璃も触る?」
「私はいい。いつも触ってるから」
瑠璃はそれだけ言い残して、自分の席に帰っていく。
薄情者。
「なんだ、折り入ってとか言う割に、普段から瑠璃に触らせてるんだ。これはもう、お仕置きだね」
「なんでそうなるの! あっ、瑠璃ぃ! 助け……」
瑠璃は完全にそっぽを向いている。
さっきまでの優しさは一体なんだったんだ。
おい、こっちを見ろ。
今まさに私は調子が悪いぞ。さっきの言葉は嘘なのか。それとも、言うだけ言うのは勝手だけど私は別に何もしないよ、の意だったのか。
私は絶望的な気分のまま、二人が飽きるまで全身をくまなく触られることになった。
私は今日、また教訓を得た。
面白いこと好きの友人への頼み事は、吟味すべし。
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