第23話

 デートプランは完璧だった。神社やお寺は国光の趣味に合っていたみたいで、なんとか時代のなんとかって人が建てただのなんだの言ってて楽しそうだったし。


 途中で寄ったカフェでは彼女好みのコーヒーが出てきて、テンションが上がっていた。


 偶然見つけたカフェに入った風を装ったけれど、実は入念に調べて行くことを決めていたのだ。


 国光が好きな感じのコーヒーを出す店をネットの口コミで探す作業は中々骨が折れた。


 でも、誰かのために計画を練るのはやっぱり楽しくて、思わず練る間も惜しんでやってしまったのである。


 さて、そんなパーフェクトなデートだったが、一つだけ私はミスを犯していた。

 それは、履いてくる靴を間違えたことである。


「まだ日が沈むまで時間ありそうだし、もう一個だけ神社とか寄ってこうよ」


 踵が凄まじく痛い。

 私の持っている中で一番可愛い靴を選んだんだけど、最近買ったばかりだから、一日中歩いたら駄目なやつだったらしい。


 デートだから気合いを入れたのが裏目に出た。

 国光みたいに自然なコーデにしておけば、こうはならなかったものを。

 こんなんじゃ国光に馬鹿にされること間違いなしである。


「あ、でも国光が寄りたいとこあるならそこでもいいよ。帰りのこと考えると、一個が限界だろうけど」


 踵が痛すぎて泣きそうだ。

 でもデートが変な思い出になるのは嫌だし、国光にお子ちゃまと馬鹿にされるのも癪だ。

 だから笑顔で国光に話しかけているのだが、彼女は眉を顰めていた。


「ねえ。私って、そんなに頼りない?」


 彼女は低い声で呟く。

 えっと?


「私たち、一応は恋人なわけじゃん。私、これまで小日向には色々弱音を吐いてきたつもりだけど、小日向からは全然だよね」


 何か怒ってらっしゃる?

 えぇ、ほんとに心当たりがない。


 さっきまで普通に楽しそうだったのに、なんで?

 デートプランは完璧だったはずだが。


 むむむ。もしやさっき寄ったカフェで私が思ったより食べ方汚かったとかそういうのだろうか。


 いや、どんな食べ方だそれは。ショートケーキを食べるのに作法も何もないはずだけど。


「私、何かした?」

「何もしてないし、何も言ってこないからこうやって言ってるの。……もういい、はい」


 国光はそう言って、私の前でしゃがみ込む。


「乗って」

「え、なんで? 今日も花火とかあるの?」

「そういうのいいから。足、痛いんでしょ」

「……」


 見抜かれていたのか。

 おかしいな。私の笑顔はいつも通りパーフェクトに可愛いはずなんだけど、歪んでいたのだろうか。

 いや、それよりも。


「早く乗って。乗らないとひどいから」

「……わかった」


 私はゆっくりと国光の背中に乗った。

 彼女はそのまま立ち上がって、歩き出す。

 いつもより視点が高くなったせいか、夕日がやけに眩しかった。


「ごめん。……せっかくのデートなのに」

「いいよ、楽しかったから。最後がこうなるのって、小日向らしいしね」

「……う。私、そんなに詰めが甘い感じに見えてるの?」

「実際そうじゃん」


 そう言われるとぐうの音も出ない。

 この前は本屋デートで妙なことになったし、もしかすると私は人とデートするのに向いていないのかもしれない。


 デートの才能がないのか。

 なんだ、デートの才能って。


「……なんで言わないの? 痛いなら痛いって言えばいいじゃん」


 やっぱり怒ってる。

 いつもより言い方が刺々しいし。


「……だって。言ったら絶対馬鹿にするでしょ。子供だーって。それに、デートがこんな終わり方するの、やじゃん。楽しい一日は、楽しいまま終わらせた方がいいでしょ」

「もし私が小日向の痛みに気づかないまま、楽しいまま一日終えたとしても。小日向は楽しいまま終われないじゃん。私だけが楽しかったってなっても意味ない」

「それは、そうかもだけど」

「それに、馬鹿になんてしないよ。小日向が痛がってるのに、それを馬鹿にするなんて無法者じゃん」

「最後がこうなるのが私らしいって、馬鹿にしてるでしょ」

「してない。ただ、可愛いと思ってただけで」

「……む」


 彼女はゆっくりと歩きながら言う。

 この状況で可愛いなんて言われても、複雑だ。


「本気で辛い時とか、困ってるときは言ってよ。絶対馬鹿になんてしない。小日向だって、私が不安な時は馬鹿にしなかったでしょ」

「……うん」

「見栄なんて、張らないでよ。元々私の前じゃ、もう見栄なんて意味ないんだから。無理しないでいいじゃん」


 確かに、そうかもしれない。

 莉果たちに嘘をついて、それで国光に泣きついて。その時点で彼女には私の情けないところとか、色々見せてしまっているのだから。


 デートを楽しい思い出にしたいのは、見栄のためではないけれど。

 ただ、お出かけするときは相手を最大限楽しませたいと思っているだけだ。でも、ちょっとくらいは本音とか弱みを語ってもいいのかもしれない。

 無理しなくても、国光が受け入れてくれるなら。


「無理、しなかったら。美味しくないものは美味しくないって言うし、体調悪かったら悪いって言うよ。……いいの? 雰囲気、悪くなっちゃうかもだけど」

「いいよ。私は小日向の本音が知りたい。小日向の本当が聞きたい。私には、気遣わなくていい。ありのままの小日向でいてよ」

「……」


 ありのままかぁ。

 考えてみれば、莉果にも雪凪にもありのままは見せたことがないかもしれない。


 楽しく生活するためには、色々と気を遣ったり考えたりしなきゃいけないわけで。


 見栄とか、性格の問題とか、そういうのがあるし。

 私は人が楽しんでいるところを見るのが好きだ。それを見たら私も楽しいから、私自身の楽しみを優先することはあんまりない。


 でも、うん。

 国光が望むなら、少しだけ。

 少しだけわがままになってみよう。


「……足、泣きそうなくらい痛い。ほんとは一歩も歩きたくない」

「……やっと言った。ほら、そのままどうして欲しいかも言ってみなよ。叶えたげる」

「家まで運んでほしい」

「よし。じゃ、しっかり捕まってなよ。私が責任持って、小日向を運んであげるから」


 国光はそう言って、少し駆け足になった。

 これは少し、恥ずかしいかもしれない。


 だけど、同時に。ちょっと楽しくて、ほんのり嬉しくて、心が満たされるような感じもする。

 だから私は国光に体を任せて、そのまま運んでもらうことにした。





 そして。

 国光のおかげで、それ以上足を負傷することなく家まで辿り着くことができた。でもその代わりに国光はひどく疲れていて、汗もかなりかいてしまっていた。

 私は家の前で下ろしてもらって、国光の汗をハンカチで拭いた。


「大丈夫? うちでシャワー浴びていきなよ。なんだったら泊まってく? なんて——」

「泊まる」


 即答である。

 いくら夏休みとはいえ、そんな簡単に外泊できるんだろうか。


 いや、私がいきなり泊まることになった時も、国光の両親は歓迎してくれていた。そう考えると、彼女の両親もうちと同じであんまり厳しくない人たちなのかもしれない。


 半分冗談ではあったけれど、泊まるなら泊まるでいい。

 いいんだけど、でも、ちょっと待て。


 部屋ってちゃんと掃除したっけ。見せちゃいけないものとか落ちてないよな。いや、多分大丈夫なんだろうけど、うーん。


 まあ、いいか。

 相手は国光だし。


「そっか。じゃあ、上がって」

「ん」

「……ほんと、お疲れ様。ありがとね、ここまで運んでくれて」

「どういたしまして。まあ、お礼は後でたっぷりしてもらうから、いいよ」


 彼女は平然と言う。

 話が違くない?


 お礼しなくてもいいとは確かに言われてない。

 でも、お礼してとも言われてませんけど。そもそもお礼の言葉はもう言ってますが。


「え?」

「お邪魔しまーす」

「ちょっと? お礼って? ていうか赤点回避したお礼とかも私まだできてないよね。あれもなんなの? ちょ、国光? 待って。私より先に家に入ってかないで?」

「あ、いたたた。誰かさんのせいで腰がとっても痛いなー」

「む……」

「こんなに頑張ったのに、お礼がないのは悲しいなー」

「むむむ……!」

「小日向は言葉だけでお礼が済んだと思っちゃうタイプなのかなー」

「むむむむむ……! あーもう! わかった! なんでも言えばいいじゃん! キスでもハグでも裸踊りでもしてあげる! ありがとうございました!」

「やけになるかありがとうって言うかどっちかにしなよ」

「うるさいし! ただいまー!」


 やられた。

 確かに馬鹿にはされなかったけれど、お礼って一体何を要求されるんだろう。

 正直怖い。国光はいつもかなり唐突だから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る