第20話

 いつもより長いキスだと思った。舌と舌を絡ませるキスにももう慣れてはいるけれど、ここまで長い時間キスしているのは初めてかもしれない。


 じっと、彼女の瞳を見つめてみる。

 彼女も私を見つめていて、視線が交わると途端に恥ずかしくなるような気がする。だけど彼女はいつも通りで、私の舌を貪るようにキスをしてきた。


 うーん、と思う。

 こういうの、慣れていいのかなぁ。


 いざ恋人ができた時に物足りなくなったりとか、しないよな。男の人の唇と女の人の唇は多分柔らかさとか色々と違うだろうから、大丈夫だと思うけど。


「私ばっかり、キスしてるじゃん。小日向からもしてよ」

「こんなところで、何度も何度もキスするのは——」

「どうでもいいじゃん、そんなこと。小日向キスへったくそなんだから、ちゃんと勉強しないと駄目だよ」


 国光はそう言って、目を瞑る。

 誰がキス下手くそじゃい、と思うけど、実際国光よりはきっと下手だからなんとも言えない。


 キスが下手だからって恋人に幻滅されるとか、そういうのあるのかな。

 でも、今はせっかく国光が恋人っぽいことを受け入れてくれているんだから、練習するのも手なのかもしれない。

 キスがもっと上手になったら、経験豊富な大人になれるのでは。


「ほら、そっちからして」

「……いいけど。見られて追い出されても知らないからね」

「大丈夫。私の方からは、入口の方がよく見えるから。人来たらわかるよ」


 正直言って何も大丈夫じゃないと思う。

 そもそも外でそんなにキスするのって変だと思うし、世間のカップルだって外では控えるのでは、と思う。


 でも私は彼女に言われるがままに、その柔らかな唇にキスしてしまう。

 やっぱりこれは、相手が友達だからっていう意識が影響しているのかもしれない。


 恋人同士がするようなことをしているのは確かなんだけど、国光が相手だと、友達同士のじゃれあいにも思えてしまって。


 結局どうもストッパーが外れるというか、倫理感的なものが狂うっていうか。

 大丈夫か、私。


「ん……」


 見よう見まねというか、さっきされたみたいな感じでキスをしてみる。

 国光は抵抗しないから、私の好きなようにはできるんだけど、あんまり嬉しくはない。


 ていうかこれ、やらしくない?

 自分を受け入れてくれている相手に、キスの練習って。しかもこんな公共の場所で、深い方のキスときた。


 真面目なのが私の取り柄なのだが、これじゃ不良みたいじゃないか。

 まあ、授業をサボったことがある時点でもう、真面目ではないんだろうけど。

 思えば。


 私の生活は国光のせいで変わりつつある。国光とこんな関係にならなければ私の日常はきっと、去年と変わらないものだったはずだ。

 どうなんだろうな、今の状況って。


「やっぱり、へたっぴだ」


 彼女は舌を見せて笑った。

 む、と思う。

 そんなに私のキスが下手なのが面白いのか。


「私のキスが下手なんじゃなくて、むしろ国光が……」


 いや、国光の方がうまいって言ったら、まるで私が国光とのキスで気持ち良くなってるみたいになってしまわないか?

 いや、まあ、気持ちいいっちゃそうなんだけど。


「やっぱなんでもない」

「……ふふ。そんなに私とのキス、気持ちいい?」


 ほら、やっぱりこういうこと言ってくる。

 ニヤニヤするんじゃない、変態め。

 傍から見れば私も大概変態だろうけど。


「いいよ、もっと気持ち良くなっても。そっちの方が、色々莉果たちに話せるようになるでしょ」


 いや、キスして気持ちよかったですーとか、どんなキスをしたーとか、そういう話は生々しいから友達とはしなくない?


 するのかな。

 莉果と雪凪だったらしそうだけど、私はちょっと。


 そんな話をしたら私の清楚なイメージが台無しだ。清楚で真面目で純真無垢で可愛い。それが私のイメージなわけで。


「今日はもう駄目」

「今日は、なんだ。じゃあ明日はどれくらいしていいの?」

「明日も会いにくるつもりなんだ」

「そりゃ、恋人だしね。私が恋人としたいこと、してもいいんでしょ?」

「む。確かに、そういう話だったけど」

「じゃあ決まりだ。明日も明後日も、小日向の時間は私のものね」


 別に、嫌ではない。嫌ではないんだけど、

 もしかすると、国光って恋人に対しては独占欲的なものが強いのかもしれない。ずっと一緒じゃないと不安になる、とか。


 不安、不安かぁ。

 そういえば、彼女の家で勉強会した日、そんなことを言っていたっけ。

 ……しょうがないか。


 ここは私が一肌脱いでやろう。私の方がお姉さんなわけだし。寂しがっている友達を放っておけるほど薄情でもないし。


 ふふふ、しょうがない妹分だ。

 これを機に私のことを尊敬すればいい。不安な時も寂しい時も、私が国光を楽しませてやろう。





「はい、これで今日の勉強は終わりね。お疲れ様、頑張ったね」


 国光は私の頭を撫でてくる。

 うぐぐ。


 私の方が絶対強いのに、舐められてる。まあ成績は国光より悪いし、身長も低いし、力も弱いのは確かだけど。


 でも私の方が絶対メンタルは強いし!

 悲しくなってきた。


 メンタルだけで国光より優れていると思い込もうにも、国光が二物三物を持ちすぎていてそれも難しい。


 私はみじんこ未満です。生きててごめんなさい。

 ……んなわけあるか。私が最強じゃ。


「お疲れ……」

「ん、明日もこの調子で頑張ろうね」


 おい、明日も勉強の時間に充てるつもりか。

 待て待て。私の脳みそは漫画の内容を理解するためにあるのであって、勉学に励むためにあるのではない。


「国光って、いつもこんな調子なの?」

「こんな調子って?」

「こうやって一日中勉強してるのかなーって」

「友達と遊んでない日は、そうだね」

「そっかー……」


 まあ、趣味ってそういうものだよね。

 私も暇さえあれば漫画読んでるし。

 趣味。私の趣味かぁ。……そうだ。


「勉強って、国光の趣味なんだよね?」

「そうだけど」

「私は今日国光の趣味に付き合わされたわけだ」

「来年受験だし、私の趣味に付き合うとか関係なく小日向も勉強した方がいいと思うけど」

「うるさい。……で、これは不公平だと思うわけですよ」

「……はぁ。結論をどうぞ」

「私の趣味にも付き合ってもらいます! これはもう決定事項だから!」

「……よく決定事項なんて言葉知ってたねー。偉い偉い」

「ははは、撫でるな撫でるな。殴るよ」


 ここらで国光のこの舐め腐った態度を変えてやりたいところだ。

 国光がもっとドキドキしている様を見たい。私にもっと驚かされて、やきもきすればいい。

 そのにやけ面を驚きで染めてやるからな、絶対に。


「別に、付き合ってもいいよ。小日向の趣味、興味あるしね」

「ならよし。じゃ、帰ろっか」

「待って。まだ、ご褒美あげてないでしょ」


 そういえば、そんな話もあったっけ。

 勉強が終わったらご褒美をあげるとは言われたけれど、なんなんだろう。お菓子でもくれるんだろうか。


「ついてきなよ。小日向が喜ぶもの、見せたげる」

「……?」


 私が喜ぶもの?

 首を傾げてみると、彼女は笑った。

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