第7話
国光と偽の恋人になってから早くも一ヶ月以上が経っている。その間私たちはキスしたり手を繋いだりなんだりしてきたけれど、まだまだ恋人っぽくないのは確かだった。
いや、まあ、別に。
私たちは恋人っぽいことをするためだけに偽の恋人になったんだから、恋人っぽくならなくたっていいんだけど。
……でも。
「心望、最近彼氏とはどう?」
「どうって?」
「いや、どこまで進んだのかなーって思ってさ。もうキスした? デートは何回くらいした?」
莉果は人喰いピラニアかってくらい食いつきがすごい。私も人の恋愛話を聞くのは大好きだけど、莉果には多分負けると思う。
本当は、莉果と雪凪の恋愛話を聞いてドキドキしたりキャーキャー言ったりするのが私の望みだった。
そりゃあ、私だって恋愛には興味あるけれど、人を好きになるっていまいちよくわからないし。
皆普通に恋人なんて作っているけれど、恋ってなんなんだろう。
友達への好きと具体的にどう違うのか。恋愛漫画はたくさん見るけれど、初恋もまだだから私は恋ってやつがよくわからない。
こんなこと莉果たちに言ったら、絶対馬鹿にされると思う。
「キスはもうしたけど、デートはそんなに。一回くらい?」
「デート一回でキスしたんだ。どういうシチュエーションで?」
「んー」
ファーストキスはファストフードでした。
でも流石に素直にそう言ったら風情がないと思われそう。ここはお家デートの時にファーストキスを済ませたと言うべきだろう。
「お家デートしたときに、こう、ちゅっと……」
「初デートがお家デートなの?」
「そうだけど」
「……心望。変なことされてない? 騙されたりもしてないよね? 大丈夫?」
莉果は楽しげな表情から一転して、いきなり真面目な顔で私を見てくる。
私は少し気圧された。
「だ、大丈夫だよ。彼氏、いい人だし」
「いい人がいきなり家誘うかねぇ。ほんとに騙されてないよね? 今度私が面接したげるわ」
「面接て」
「心望にふさわしいかチェックするのは大事でしょ。うちの大事な末っ子を傷物にされたら……ねぇ?」
「確かにねー」
背後から雪凪の声がした。
同時に、頭に腕を置かれる。
私の頭は肘掛けじゃないんですけど。
「変なことされそうになったら言いなよ。ぶん殴ってあげるから」
物騒すぎる。なんだろう、友達甲斐があるといえばそうなのかもだけど、どっちかっていうとこれは私の反応を見て楽しもうとしている気がする。
「雪凪じゃ返り討ちに遭うだけだと思うけど。腕、こんな細いし」
私は頭の上に置かれた雪凪の腕に触れた。
例によって身長は私よりも高いけれど、腕は細い。
国光の腕は、どうだっけ。
「いけるよ。私、最近格闘技の動画とか見てるし」
「見てるだけ?」
「だけ。でも、強くなった気がするし」
えぇ。
それ、漫画を見ただけで恋愛をわかったような気になっているのと同じじゃないだろうか。私も漫画を見て恋愛をマスターした気になっていたから、人のこと言えないけど。
いや、待てよ。
もしかしたら、本当にマスターしているのでは?
だって、勉強も同じだ。頭の中に情報を詰め込めるだけ詰め込んで、テストで放出するだけだし。情報が詰まっているってことは、それだけ強いってことだ。
今の私はもしかしたら莉果たちよりよっぽど恋愛経験値が上かもしれない。
全能感に酔いしれそうだ。私は強くなりすぎたのだろうか。
「……ふ、ふふ、そうかもね」
「どしたん、心望。ついに壊れた?」
「いい角度で頭叩いてあげようか?」
「昔の家電か! ていうか、壊れてもない! ちょっと自分が怖くなっただけ!」
「……やめときなよ」
「何が!?」
「そういう状態の時って、絶対変なことするじゃん。去年スキー行った時のこと、もう忘れたわけ?」
確かに去年、私は初めてなのに上級者コースに挑戦しようとして死にそうになった覚えがある。
あの時は動画で予習したからいけると思ったのだ。
実際は、無理だったけれど。でもそれとこれはまた別問題だ。生まれてこの方恋愛漫画を百万冊は読んできた私に死角はない。
パーフェクトな恋愛術を見せてやろう。
「昔は昔。今は今。今から二人に見せてあげるよ。私の完璧な恋愛術」
私はゆっくりと立ち上がった。
昼休みの教室にはかなりの数の生徒がいて、その中には国光の姿もあった。国光はクラスの中でも目立つグループの子たちと一緒にお昼を食べている。
正直、ちょっと怖い。
友達の友達と顔合わせる時ってなんか気まずいし。
莉果も明るい子ではあるのだが、国光の友達とはオーラが違う。莉果も雪凪も割と緩めの雰囲気だけど、国光の友達はすごいキラキラしている。
目が潰れそう。
キラキラしたものは好きだけど、これはなんか違う気がする。
いやいや。
しかし私は恋愛マスター。この場で国光に声をかけて、ドキドキさせるくらいどうってことはない。
「く、くにゅっ……!」
舌を盛大に噛んだ。
幸いお喋りに夢中になっているらしい国光たちには聞こえてないらしく、変な目で見られることはなかった。
しかし、背中に視線が突き刺さるのを感じる。
莉果と雪凪に見られている。
「わ、私ちょっとお手洗いに行ってくる!」
「あ、逃げた」
「やっぱ駄目じゃん」
なんとでも言うがいい。今日はたまたま調子が悪かっただけだ。全部梅雨の湿気のせいなのだ。
私はバタバタとトイレに行って、鏡の前でため息をついた。
鏡の中の瞳と、視線がぶつかる。ケアはしっかりしているから、髪だって肌だって艶やかだ。客観的に見れば間違いなく可愛い部類に入る顔だし、その自負もある。
惜しむらくは、ちょーっとキラキラ系の人に弱いのだ。
それさえ除けば私は完璧。パーフェクト美少女! 槍でも鉄砲でももってこいってなもんだ。
ふん、私は強いのだ。
「小日向」
「ひゅっ」
唐突に背後から声をかけられて、心臓が止まるような心地がした。
振り返ると、いつの間にか国光がそこに立っていた。
「く、国光? どうしたの?」
「くにゅみつって言わないの?」
国光はニヤニヤしながら問うてくる。
さっきの、聞こえていたのか。
底意地が悪い。さっきスルーしたんだから、わざわざ蒸し返さなくたっていいじゃないか。
「ふ、ふふふ……くにゅっ、だって。可愛いね」
顔が熱くなるのを感じる。
ちょっと噛んだだけでここまで言ってくるか、普通。今度国光が少しでも噛むことがあったら、全力で馬鹿にしてやる。
覚えてろよ。
「馬鹿にするために来たの? 最低、変態、馬鹿」
「変態ではなくない?」
「変態だし」
「あはは、そういうところが……やっぱりなんでもない」
子供っぽいとでも言いたいのか。いいとも、なんとでも言えばいい。いつか絶対百倍にして返してやるから、今のうちに笑っていればいいさ。
「小日向を追ってきたのは、別に馬鹿にするためじゃないよ。ちょっと心配になって。思いっきり舌噛んでたし」
「……む」
そういえば、彼女はこの前お茶を溢した時も結構心配していた。意外と心配性というか、優しかったりするんだと思う。
思うけど、うーん。
だとしても、馬鹿にしてくるのと合わせてプラマイゼロ……というよりマイナスだ。点数で言えばマイナス百点だ。
「ほら、見せてみてよ」
「え」
国光は私の顎に手を当てて、じっと見つめてくる。歯科検診じゃあるまいに、なぜ見せなければならないのか。
でもあまりにも彼女が真剣な顔をしているから、無理って言うのも変だと思って、静かに口を開ける。
その瞬間、彼女の顔が近づいてきた。
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