レイラの受難 後編
「れ、レイラお姉様!?」
急に膝から崩れ落ちたレイラに慌てたイマルが何をすれば良いのかわからず周りを回る。
レイラはそんなイマルの肩に落ち着かせるように優しく手を置き、はた女優かと言わんばかりの演技で男に振られた女のように切なげに首を振る。
「良いのよイマルちゃん、私気持ち悪かったのね..無理して優しくしなくても良いのよ」
さめざめという擬音がぴったりなほどに肩を落とし悲しむレイラに、イマルは手を振り急いで訂正を入れる
「レイラお姉様がきもち悪いじゃないです!」
イマルが口から出した言葉に肩をガックリと落としていたレイラはその姿のままぴたりと石のように止まる。
レイラの嘘っぽい泣き声が止まったことに気づいたイマルは言葉を続ける。
「レイラお姉様優しいです!いいひと?です!でも、でも、その気持ち?が私の肌を裏からこすられてるみたいで気持ち悪くて..」
尻窄みに弁明を続けるイマルは段々と視線を下に向け、指をもじもじと捏ねて顔を赤くしていく。
優しさが嬉しいと暗に言っていることにも気づかず、ただその喜びを初めて経験すると照れながら言ってくるイマルはなんともいじらしく、レイラの無い母性をくすぐってくる。
レイラの視界は先ほどまではマグマ膨らむ地獄の底だったのが、天井の花畑にいるかのようにキラキラと輝きを放つ。
「イマルちゃん!」
イマルの発言から行動から全てに感無量というべきか、目の前で打ち上げ花火が華開いたような感情に襲われたレイラは、思わずイマルに抱きつく。
「レ、レイラお姉様どうされたのですか!?」
「あ〜何にもわかってないところも可愛い!」
「あの、あの!」
レイラの力強いハグにイマルの腹に一抹の苦しさが刺さる。
急な苦しさに悶えたイマルは、遠慮しつつそっと自分を抱いてくる腕をそっと拒絶する。
猫のように、優しく確実な拒絶にレイラは正気に戻って急いで離れる。
「あぁ〜!ごめんなさいつい嬉しくて!気持ち悪いわよね!ごめんなさいね..」
恥ずかしそうに顔を覆うレイラの顔は髪の毛と同じように真っ赤になっていて、自分の行動にありえないと小声につぶやく。
暫く朝の爽やかな空気にずっしりとした湿度が2人の間に漂う。
無言の時間が漂いきった後、同じく顔を赤くしたイマルが口を開く。
「あの、ご飯食べませんか?」
「そう、しましょうか」
――――――――――
イマルが昨日夕飯を食べた椅子に座ると、レイラがキッチンから朝食が乗ったトレーを持ってくる。
レイラがキッチンから持ってきた朝食はみずみずしい葉と焼いたベーコンが挟まれたサンドイッチだった。
レイラは目を輝かせるイマルを微笑ましく見ると、トレーの横に水の入ったガラスピッチャーを置く。
「イマルちゃん、好きなように食べていいからね?」
レイラは小首を傾げると、そのままイマルを置いて部屋から出ていく。
レイラに置いて行かれたイマルはおずおずと目の前に置かれたサンドイッチを観察する。
周りに昨日の丸いのが付いた棒やギザギザの棒はない。
(手で食べていいやつ?)
イマルは薄く肉の付いた指でサンドイッチを掴むと、ふんわりと指をパンが包む。
ウキウキしながらイマルがパンな口を近づけると、ベーコンの匂いが香り、思わず大口に頬張る。
口の中に葉の青い味と肉の香ばしい風味が空腹に刺さり、イマルの目が大きく見開かれる。
夢中で半分ほどまで急いで食べ進めると、いつのまにか帰ってきていたレイラがイマルの横で手を後ろに組んでイマルを見つめている。
「イマル〜レイラお姉様特製サンドイッチはどう?美味しい?」
「美味しい、です!」
薄い頬を膨らませながら食べてイマルは、質問に急いで口の中を空にして答える。
さっきの赤面を忘却の彼方に持って行ったレイラは、返事にまぁ嬉しい!と笑うと、後ろ手にしていた腕を胸の前に持ってくる。
「イマル、この服をあなたの仕事着にしようと思うのだけれど..良い?」
「んむ?」
イマルはほとんど消えたサンドイッチを片手に、レイラが手に持った服を見る。
レイラの手に掴まれていたのは、昨日衣装室で見た覚えの無いメイド服。
長く黒い裾と同じぐらいに長いエプロン、レイラの服とは違い袖などにヒラヒラとした飾りはなく、シンプルなカットなそれは、イマルの目には激しく魅力的に見えた。
(こんな服を私が着ても良いのかな..?)
イマルの頭に1番に思い浮かんだのはその言葉だった。
今までは、最低限体調を崩さないように渡されていたボロのワンピースしか着てきていない。今自分がきている白いワンピースさえ死装束と思わなければあまりにも贅沢なものだ。
「これって、」
私がきてもいいものなのですか?とレイラに聞こうとして、今朝言われた言葉を思い出す。
『我慢せずに思ったことは言っていい』
その言葉がレイラの中でどれだけの深い意味を持ったものかはわからない。
でも、イマルの短絡的で純粋な頭はこの短い時間で、レイラのことを信じたいと思ってしまっていた。
サンドイッチを皿に置いて、レイラの方に体を向ける。
「着たい、です。とても」
その言葉の返事は、レイラの満面の笑みで十分だった。
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