私が..抱き枕..?


 レイラがいなくなり、不慣れに食事をするイマルと優雅に食事をするウィズが、部屋に残される。

 静かな空気ながら、人間屋の個室のように重々しく滞っている感覚は無い。

むしろ花が咲くように華々しく賑やかである。

 暫くそんな時間が過ぎて、ウィズの食事が終わり、イマルの食事もあとサラダの葉一枚になった時だった。

 グラスの水を一口飲むと、ウィズがまっすぐ前を向きながら、眠そうにイマルに問いかける。


「イマル、ここはどこだと思う?」


 葉に刺そうとしていたフォークを止めて、イマルが困り眉で首を傾げる。


「別に地名を当てろって言ってるわけじゃない、ここはどこのように思う?」


イマルは、しばし何と答えれば..と困り眉のまま頭を動かしていたが、みかねたウィズの好きに言って、という言葉に目を輝かせておずおずと発言する。


「天国...です」


 天国、という返答にウィズは何を思ったのか、ククッと喉を鳴らし、前を向いていた視線をイマルの方へ動かす。


「残念だが、まだ君は死んでいない」


 その言葉にイマルの目の輝きが消える。


「ここは鬼喰い屋敷、偉大な食人鬼ウィズの屋敷だよ」


 急に出てきた目の前の男の名前に、イマルの目が怪訝なものになる。


(この人が、食人鬼?)


自分を食べるわけでもなく、逆に自分に食事を食べさせているこの男が?

イマル自身は自分の顔が動いていないと思っているが、イマルの顔はウィズを怪しむ気持ちが全面に出てしまっている。

 そんな顔を見たウィズがまた一口水を飲んで、やれやれと首を小さく振る。


「レイラも食人鬼だよ...本当に気づかなかったの?」


イマルはこくこくと首を縦に振る。

 この優しい2人が食人鬼かもしれないなんて、欠片も考えていなかった。

 ずっと肉屋に解体されて、天国に行っているとばかり思っていたが、肉を太らせてから食べる鬼の元に送られるとは..


(ということはこの人は敵?)


 食人鬼は敵、これは人間のDNAに染みついた本能としての感覚である。

 なら逃げた方が?と考えたところではっと目の前に広がっていた天国の送り主を思い出す。

味覚を思い出すようなこの素敵な食事...

でも食人鬼は人間の敵...

 一つの究極の天秤に、暫くその小さい頭を捻って考える。


(美味しいご飯くれる人に悪い人はいない!)


 天敵に対する恐怖と食に対する愛情を天秤にかけ、愛情が勝ったようだ。

 結論が出たイマルは目をキラキラさせながら、ウィズの顔を見つめる。

 予想外の目を背けたくなるほどに輝く視線に、ウィズはあっけに取られて、眠そうに半分だけ開かれていた目を見開く


「箱の中でも寝ていたし、僕に抱かれても起きないし、君は...少し危機感を学んだ方が良いと思うよ」


レイラの後ろにいた時からずっと変わらないイマルの間抜けさに、ずっと下向きに落ちていた口角が軽く上向く。

この場にレイラが居れば、また世界の終わりのような顔で後退りをすることで、イマルにこの顔の異常さを伝えていてくれただろう。

 だが、幸か不幸かそのことを伝えてくれる存在など無いイマルがその顔を見ても、無意識に目線が泳ぐ眼でウィズを見つめるだけだった。

 その泳ぎ続ける視線を暫く見つめていたウィズは、何を思ったのかそっとイマルを包むようにハグをする


「イマル、この世界は歪んでいる」


その声は先ほどまで出していた声から、触れているイマルの体の芯も震えそうなほどに低かった


「人間は餌と人に分けられ、約束を破る食人鬼に震えることしかできない。なのに、それらを引く糸は僕らの後ろで結ばれている」


 難しい言葉を急に並べ始めたウィズに、イマルは頭にはてなを浮かべながらも大人しくハグをし続けられる。

 ずっとギュウギュウと何かからイマルを守るように強く抱きしめ続けていたウィズが、急に腕から力を抜いてイマルの肩を持つ。


「君は、そんな世界の糸を切る存在になれるかもしれない」


 なんとなくで話を聞いていたイマルは、突然自分が出てきて驚いてしまう。


「な、なんでわたしが..?」


イマルはあまりの驚きに無口の仮面を剥いで、ウィズの方へ前のめりになってしまう

腑に落ちないという感情を全面に出したイマルを見て、ウィズは少し考えるようにイマルの肩をピアノの鍵盤のようにカタカタと叩く。


「君みたいな人間の子供は、いないからだよ」

「わたしみたいな?」

「そう..君みたいに天敵の前でも間抜けに眠っていられて、食事を共にしていても恐怖のかけらもなく完食して、こんなに触れられていても震えない子供なんて滅多にいない」

「あ、ありがとう..ございます」


言葉の裏を読むなんてことは分からないイマルは、律儀にお礼を言う。

 褒められたと思って少し顔が和らいだイマルの顔を見て、ウィズはそんな溶けている顔を下から両手で少し力を込めて包む。

急に顔に触れられて目を丸くしているイマルの口はタコのように潰されていて、そんな顔にした本人に何を言うでもなく、なんでもしろとでも言うかのように堂々と均整のとれた肉付きの顔を晒す。

 顔を包んだまま暫く複雑そうな顔をしていたウィズは、何故か拗ねた子供のようにイマルの顔を少し上に上げて自分と視線を無理やり合わせる。


「イマル、君は今日から僕の抱き枕兼メイドだ」

「うぇ?」


たこのようになっている口から出た潰れた声が部屋にこだました。

 ウィズは変な顔をして固まってしまったイマルの肩をポンと叩くと、さっきまでの拗ねた顔から打って変わって、心底面白そうな笑顔をみせる。


「まぁ、日中はレイラの言うこと聞いて、夜に僕の部屋に来てくれれば良いから」


 ウィズは困惑し続けるイマルにじゃあね、と手を振ると、食器を置いたまま部屋を出て行こうと立ち上がる。


「あ、あの..私は..」

「詳しくはレイラに聞いてね」


 手を捏ねながら視線を泳がせるイマルに目の前でシャッターを閉めるように重い扉を閉めかけた時、イマルが口の中で転がすように音を鳴らす。


「食べないでくれて、ありがとうございます」


 言葉から少し遅れて、ほとんど閉められた扉の隙間から細く骨ばった手が振られた。

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