ここが...天国...(違います)


 目が覚めたらふかふかのお布団の海で寝ていた

 こんなに大きなふかふかのお布団に包まれているなんて...ここは天国だろうか?

きっと出荷先は肉屋で、私が寝ている間に屠殺まで済ませてくれたのだろう

 なんてありがたい店主だろうか、と心の中で見たこともない店主を拝みながら、105は布団を満喫しようと寝返りを打とうとして気づく


(誰かに捕まっている)


 それは捕まっているのではなくハグというが、生まれてこの方ハグなどされたこともなく、本を読み聞かされたこともない105の乏しい語彙力の中にはハグという言葉は入っていない

 暫く腕の輪を抜けようともがくも、なかなか筋肉が付いている者が捕まえているのか体をよじることもできない

抜けるのは無理だろうと105はしばし手を止め、自分が寝ている部屋を見る

 ゴシック調の部屋の壁には所狭しと本棚が置かれ、納まりきらない本が壁際に積まれている

 よく手入れをされ、ベッド横にある窓からの月明かりを反射する家具は黒で纏められていて、有識者が見れば腰が抜けるような高級なものもあるが、105にそんな知識はないので(家具が光ってる...)としか思っていないだろう

 早々に部屋の観察に飽きた105は部屋に視線を送るのをやめ、自分の後ろにいる人間のことを考え始める


(この人は誰だろう)


 もしかして...天国のルームメイトというやつだろうか

もしかして!この人と死後一緒に過ごすのか!

 人生で初めての『お友達』ができるかもしれない...と、もう死んだつもりでいる105はウキウキしながらふかふかお布団を堪能する

 人間屋では10何年1人部屋で、運動の時間に人と話したことはあるものの、友達なんてできたことない...そのチャンスが死後出来るとは!

 ふんふんと笑顔になっている105の思考を邪魔するように、急にゴンゴンと大きな音で重厚な扉が叩かれる


「ウィズ〜!夕飯だけど〜?」


 向こうから聞こえた気の強そうな声は男...女...おそらく男の声だった

声は男のような声なのだが声の上がり方が女のようで、性別がどちらか声を聞くだけではぱっと分からない

 現に105は性別を考えるのをすぐにやめ、言葉の中身の意味を考え始めた

 ウィズ、とはルームメイト(仮)の名前だろう

良い名前だな、と自分の名前がないのに105は心の中で、上から目線に評価している

 扉の奥の男?に起こされているウィズとやらを起こしてみようと腕を上げようとすると、腕もウィズに捕まっていることに気づく

 しばらくウィズの腕と戦ってからまぁいいか、とふかふかの上に落ちると、ガチャリと音がして部屋の扉が開く

 急に入って来た得体の知れない人に、105はつい目を瞑って寝たふりをする


「ねぇウィズ〜起きてちょうだいよ」


 声が目の前で聞こえ、細く目を開け侵入者を見ると入って来た人はやはり男のようだ

 男は背が高く、赤い髪を低く結んで肩に流している様子が扇情的な雰囲気を漂わせいる

服は首元や手元にフリルをつけられた黒い執事服をネクタイを付けず緩く着て、大きな黄色い石が付いたネックレスを付けている

 男は人を選ぶデザインを華麗に着こなしていて、服を変えればモデルだと間違えられるだろう

 めんどくさそうに髪の毛をガシガシと掻いた男は、垂れた深い紅色の目を105の後ろに向けると、後ろにいたウィズを手で大きく揺らし始める


「ウィズ〜!夕飯だったら!」


 ウィズが揺らされたことで、捕まっていた自分も急に揺れ始め、小さく間抜け声が出てしまう

まずい!と細く開けていた目をそろそろと男の方へ向ける


「あら、アンタ起きてたの」


目が合った男は予想外にも少し微笑んで声をかけてくる


「...はい」


 想像していなかった反応にどう返事をしたらいいか分からず、適当な返事になってしまったことを咎めもせずに、赤髪はまたウィズを叩き始める


「ウィズ〜抱き枕ちゃんもお腹空いちゃうわよ〜」


抱き枕、という言葉に反応したのか腹に回されている腕の力が少し緩まる

んー、と後ろで細い伸びをする柔らかい男の声が後ろから聞こえて、105を抱いたまま後ろの男...ウィズが会話を始める


「レイラ、イマルのもある?」

「イマルって誰よ」


質問に怪訝な声をあげるレイラに、当然という顔をしてウィズが返す


「抱き枕の名前」


 商品番号である105の1と0をもじっただけの簡単な名前である

あまりにも安直な名前にレイラは大きなため息をつき、105の顔を軽く突きながら答える


「あるわよ...」

「じゃあ、イマルも連れてって」


 またレイラが大きくため息を吐き、イマル行くわよと105に手を差し伸べる

手を差し伸べられても、イマルが自分の名前だと気づかない105はぽかんとした顔でレイラの顔を見つめる


「イ!マ!ル!アンタの名前よ!」


 ようやく自分の名前なのかと気づいた105もといイマルはいつのまにか離され、上に載せられるだけになっていた腕を退けてレイラの手を取る

 返事ぐらいしなさいよね!とぷりぷり怒りながら、レイラは手を取ったイマルの体を器用に持ち上げ、床に立たせる


「ほら、ご飯行きましょ」


 床に立たされたことで、ふかふかのお布団に名残惜しさが残っていたイマルは『ご飯』の単語に目を輝かせて、レイラの手を強く握る

現金ね、と苦笑しながらも、手を強く握ったことを咎めず、そのままレイラは部屋を出るため歩き始める

 それがまたくすぐったくて、イマルはここが天国なのかと涙を流しそうになった

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