「買ってないわよ...」


 鬼喰い屋敷の執事いやメイド...執事のレイラは、使用人用のボロい扉の前に置かれたひとつの荷物の前で、そのポニーテールに結われた長い赤髪を自慢の長い爪でくるくると遊びながら悩んでいた。


「この肉...なにかしら...」


 先ほど人間屋から渡された"ナニカ"が入ったダンボールの前で、その持ち前の頭脳を動かす。

 まずこの家の家主は私が渡した飯以外は口に入れないだろう。

あのナマケモノのような主人のことだから買うようなこともないはず。

 私も人間の肉ではなく、人工的な人肉しか食べない食人鬼界のベジタリアンである。

 まず買わないし食べないだろう。

この屋敷には私と主人しかいない上に、2人ともそんな心配して肉を送ってくるような優しい家族を持っていない。

主人は知らないけれど、100年近くそんな人を見ていないので多分いないだろう。

 じゃあ他の鬼からの嫌がらせだろうか。

いや、鬼喰い屋敷となぜか怖がられているこの屋敷に悪戯しようとする者はいない。

 こうして考えている間にも時間が経っていく。

中身の人間は流石に空気穴が空いているとはいえ、このままだと死んでしまうかもしれない。

でも人間でなかったら...


「えぇい!女は度胸よ!」


長い爪を刃の代わりにして封を開き、そろそろと中身を見る。

中に入っていたのはおそらく15、6歳位の人間の少女。

黒い髪は肩の辺りで切りそろえられており、目鼻立ちを見るとくりくりと可愛らしい顔をしていた。

身長は150cmほどに見え、平均よりも小さいような気がする。

なによりも特徴なのが..


「寝てやがる...」


 天敵に送られるのにも関わらず、呑気に丸まって寝息を立てている。

 自分自身食人鬼である以上こうして送られてきた人間は多く見てきたが、ここまで呑気な人間は初めて見る。

 はぁ、とため息をついてこのまま寝かせておくのも忍びないので、一応ダンボールから出してそこら辺にあった椅子を並べて上に寝かせてみるも、少女は全くもって起き上がる気配がない。

 ここまで動かしているのに身動ぎ1つしない少女に溜息をつきながら、髪を退かして首の裏を見るとバーコードが印刷されていた。

 食用の人間には必ずここにバーコードが付いているので、間抜けな店員が中で居眠りをしていた訳ではなく、本当に人間屋から商品として送られてきたのだろう。


「どうしたものかしら」


 きっとこのまま返品をすれば、この少女はまた違う所に送られていくだろう。

 だがベジタリアンとして殺されていく少女を見過ごす訳には行かない。

 でも支払いなんかもあるしなぁ...と椅子の上の少女の絹のようなスベスベの腕をを撫でながらふと思う。

 なぜ白のワンピースなのか。

食肉をまるまる買う時、お金を払って服を着せて送らせることがある。

 何かと間違えて送って来たのだとしてもとしても、白いワンピース云々と人間屋で話した覚えがない。


(昨日なんの話したっけ...)


 人間屋には昨日、ベジタリアン食人鬼用の肉を買いに行ったのが一番最近の話だ。

 いつもありがとうございます〜とか新しい商品が増えましてね〜みたいな話をして...

あと...あと...


『レイラ、抱き枕、欲しい』


あ、と思い出す

 そういえば、家のナマケモノが白の抱き枕が欲しいと言っていた話をした気がする。


「どんな枕って言ってたかしら」


たしか

白、スベスベ、あまり大きくないもの...だったはず。

 ちろりと手の下にある人間を見る。

白いワンピース、手入れのされていてスベスベの肌、そして150程度の身長...

思わず撫でていた手がぴしっと止まる。


(待て、待ってちょうだい)


 ナマケモノは抱き枕について何か言っていただろうか。

今日の朝は...朝食食べに出てきて、静かに食べて、食べ終わって...


『抱き枕、楽しみにしてる』


 久しぶりに楽しそうな顔をしてこちらを見てきてたな...

 あまりにも楽しそうな顔をした主人が目の裏に浮かんだことに、思わず頭を抱える。

 あの背丈に合わない無邪気さを持っている人だ、絶対に抱き枕を抱いて寝ることを楽しみに今日も部屋で寝ているだろう。

 しかも私はお昼ごろには届くみたいよ、とか返事をした気がする。

 執事であること以前に子供好きのレイラは、この葛藤も知らずに眠り続ける少女と目の裏の子供のような主人を見比べて口からぼそりと言葉が溢れる。


「買ってないわよ...」


二重の意味で買っていない。

 時計を見るともう17時頃でナマケモノがお昼寝の時間を終わらせて、またがたがたと降りてくる時間だ。

 返品して抱き枕を買うには時間がない。

きっと抱き枕が無いと聞いたら、しょぼんとして帰って行くだろう。

 そして何より、目の前の少女を殺したく無いという気持ちが強くある。


「なんて謝ればいいのよ...」


 間抜けな顔をして眠る椅子の上の少女の頬をぷにぷにと押すと、なんだか元気が出てきた気がする。

 元気も出たし、お昼ご飯の用意でもしようと気合を入れて立ち上がる。

 段ボールを片付けて、キッチンにつながる大きな木の扉を鼻歌歌いながら引くと

目の前に当の主人が立っていた。


「ウィ、ウィズ!?」


思わず素っ頓狂な声が喉から絞り出される。

相変わらず無表情なウィズは、私を通り抜けて扉の奥に見える少女の姿を見つけたらしく、その白髪の頭をこてんと倒してじっとアーモンドのような金の瞳でこちらを見つめる。


「レイラ、人間買ったの?」

「か、買ってないわよ」

「でもそこに...」

「あれは...」

「あれは?」

「新しい...抱き枕よ...」


 全てを透かすような金の瞳に嘘をついたことへの罪悪感が心に刺さり、思わず目を瞑る

 しばらくしてちろりと目を開くと、いつもの無表情が崩され、ぱっと目を大きく開いて嬉しそうにゆっくりと口で小さな弧を作っていた。


「じゃあ、部屋に入れてね」


 驚きに驚きが重なり、体が固まる私はウィズの「お昼」という言葉が部屋に響くまでぴくりとも動けなかった

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