第192話 疾風迅雷 その2

「誰だ? 貴様……角もたてがみも翼も生やした人間……アリコーンの聖霊使いでもないようだが……」


「ロドリゲスさんよォ……とぼけてんじゃねえぜ……聖霊と聖霊の一時的な融合、かつ人間化、すなわちブレンドッ! お前が知らねぇはずもねぇだろうが!」


 ユウヤとヒビキ。それぞれの聖霊、ペガサスとユニコーンが織り成す究極の奥義、ブレンド。「彼」が放つオーラはかなりのもので、見ているだけで魂を奪われそうなほどに神々しく、これこそ神と呼ぶに相応しい見た目であった。


「す、すごい……これが2人が生み出したそんざ……い……」


「カ、カエデ! 大丈夫か!?」


 力を振り絞ってロドリゲスの足止めをしていたカエデはついに力尽き、気を失ってしまった。それを見たヒビキはユウヤの耳元で囁く。


「……おい、できるだけ離れたところにそいつを寝かしておいてやれ。この存在……かなり諸刃の剣かもしれん」


「諸刃の剣? どういうことだ?」


「説明は後だ! まずはオレだけで、何とかこいつを操縦してみせる! いいから1秒でも早く帰ってきやがれ、ほら行った行った!」


「……おう。頼むぞ」


 ユウヤはヒビキに促され、カエデを抱えて一旦戦場から離れる。強い言葉でユウヤに指示を出したヒビキだが、内心は上手くいくことを願うばかりであった。


(くそっ……! 良いのか悪いのか、こいつの力は明らかに桁違いだ……! カナとのブレンドの時でさえ生意気な野郎が誕生したんだ、こいつは一体どんなクセモノなんだ……? 頼むから言うこと聞いてくれよ、マジで!)


「……おい、お前。聞こえるか? 今からオレの言う通りに動いてもらう……いいな? それが約束だ」


「……フン。最初に名前をつけてくれねぇか? じゃないと気分が乗らねぇんだよ」


 ブレンドにより生まれた戦士は準備運動と言わんばかりにエアボクシングを始める。1発のジャブはソニックブームを起こし、1発のストレートは空の雲に大きな風穴を開ける。水玉模様の雲の下で、ヒビキは咄嗟に思いついた名前を付けることにした。


「そのパンチの鋭さ、そして速さッ! オレの雷とアイツの風から……疾風迅雷、そう名付けよう!」


「しっぷーじんらい、ね。安直すぎるけど……気に入った。あのヤローをぶっ潰せばいいんだろ? 余裕だよ、余裕!」


「ああ、さあ行け、疾風迅雷ッ!」


「フンッ……オラアアアアアアアアアッ!」


 疾風迅雷は駆け出した。いや、瞬間移動した、と表現すべきだろうか? そのあまりの速さに脳がうまく処理しきれない。0.00001秒すらかからずロドリゲスまで間合いを詰めた疾風迅雷は、目の前でパンチを繰り出すと見せかけて両手の中指を立ててみせる。


「ほらほら! まずは貴様の攻撃を見せてくれよ、オレ様は相手が強くないと燃えないタイプなんでねぇ」


「チッ、この野郎……! ならばお望み通り燃やして消滅させてやろう。輝脚、1000連発インファイトだ! ゴロロロロロロロロアアアアアアッ……!」


「おおー、静電気がほとばしるぜぇ」


 生身の人間、いや錬力術の達人だろうと1発喰らえば大ダメージを喰らうであろう、ロドリゲスの「輝脚」。その連続攻撃を、疾風迅雷はむしろ気持ちよさそうに受け続ける。まるで真夏の炎天下から帰宅し、冷たいシャワーを浴びているかのように心地よさそうな表情である。


「ゴロロロロアアアアアアッ! どうだどうだ! あまりの苦しさにもう後戻りできなくなっちまったか、もしくは既にくたばっちまったのか、アァ!?」


「……」


「ほらほら、ほらほらほらぁ! さっきまでのビッグマウスはどうしたんだァ? 見せてみろよ、その闘志を!」


「……いいのか?」


「……は?」


「3700、3800、3900、今で4000発目! 宣言通りの10000にはまだまだ程遠いじゃないかぁ……オレなりの礼儀なんだけどねぇ、相手が納得いくまでやらせるってのは……」


「こ、この野郎……許さねぇぞ、もう許さねぇからなあああああああああ!」


「ロ、ロドリゲスのヤツ……さらに威力を高めただと!?」


 激昂。神は激昂した。ロドリゲスの顔からはもはや狂気すら感じ取れる。それでもなお、疾風迅雷の表情はほとんど変わらない。むしろ、「この程度かよ」と落胆しているようにすら見える。


「ハァ、ハァ、ハァ……どうだ聖霊、そろそろしんどくなってきただろ? だがこれからの3000発、お前は地獄を前借りすることに――」


「……もういいや、飽きた。1発だけやらせてもらうからな……"∣雷網颱禍弾らいもうたいかだん"ッ!」


(い、いきなりやべぇ! オレは必殺技で攻撃する指示など全く出していないぞ!?)


「おい、疾風迅雷! そ、そんな技で攻撃していいと誰が言った! 街全体、いやこの国ごとぶち壊す気か!」


「分かってる、分かってるってぇ! 出力は5%、いや……0.1%も出さねぇからよぉ」


 そう言うと疾風迅雷は左腕を天にかざし、右腕を心臓のあたりに構えた。そして目を閉じ、一度深呼吸をして目をカッと開いた瞬間。雷鳴と暴風が辺り一面で暴れ始め、光と気流が疾風迅雷の身体を包むように集まってきた。


(これは……! オレの億雷鉄砲と、ユウヤのあの技を足して2で割ったかのような……!)


「へへへへ。ヒビキさんよォ……中々勘が冴えてるじゃねえか。ここで一発決めてやんよォ! 出力0.01%、オレ様の得意技をよぉッ!」


「0.01%だと!? フ、フハ、フフハハハハ! 調子に乗らないほうがいいッ! 生き物とは、慢心した者から淘汰されるモノなのだからなァァ! それもたかが聖霊如きが、身の程をわきまえろッ!」


「"自称"神様さんよぉ……身の程って言葉、そのまま返してやるさ……喰らえ、雷網颱禍弾を!」

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